第三話 リックの腕前
レナ達ジュリエッタ号の面々の前に出された料理は、彼女らが一度として見たことがない料理だった。一つ一つの皿にそれぞれ少なく上品に盛られ、見た目にも気が配られているらしく、手をつけるのがもったいなく感じるほど。それに、何よりレナを困惑させたのは三本ずつ用意されたスプーンと一本のナイフだった。
レナは料理を顎でさして問う。
「ロベルト。貴方、これがなんだか分かる?」
「ええ。話に聞いただけですが、これはフレンチという種類の料理でしょうな。しかし地球時間にして1000年は経った今でも残っているとは、驚きです」
「何なの? そのふれんちってのは?」
「私も話に聞いただけですが、地球のフランスという国の宮廷料理らしいです。地球を出るときに誰もがそのレシピと技術を持ち出したのですが、材料の栽培と入手が困難なため、失われた料理だと聞いていますが……」
ロベルトは感慨深げに料理を眺めてはしきりに頷いている。レナはロベルトの調子にチッ、と舌打ちをして所在無さげに立っていたリックに抗議の視線を送る。リックははじめ、何のことかわからず首をひねったが、何かに気がついたように手を打った。
「えっと、皆さんの手元にあるナイフとフォークは好きなものを使って構いません。本当はそれぞれの皿で使うフォークやスプーンが違うのですが、絶対にそうしないとならないわけではないので……」
リックの言葉を聴いて、テーブルに着いた面々はようやく思い思いのフォークやスプーンを取る。そして、恐る恐る料理を掬って口に運んだ。
「あ、あの……。いかが、でしょうか?」
誰からも返事はない。全員停止しているのだ。リックはそんなに自分が作る料理が不味かったのかと恐怖し始める。
と、レナがもう一口料理を口に運び、阿鼻叫喚の地獄が始まった。テーブルに着く誰もが我先にと、競うように料理を口の中にかっ込みだしたのだ。
がちゃがちゃ。がちゃがちゃ。
フォークやスプーンが皿と激突する音による合奏。時折、勢いあまったフォークが皿を粉砕し料理をぶちまける。
「ちょっ、オイ! それ俺の!」
「早いもの勝ち!」
「てめっ! 返せ!!」
「いてぇ! 誰じゃわしの手ぇ刺した馬鹿もんは!!」
「ぐおっ! 皿食っちまった………」
「あー! あたしの肉!!」
「早いもん勝ちだっ!」
罵詈雑言の応酬にリックはただただ圧倒されて、呆然と見ているしかなかった。ただ一人、料理の争奪戦に参加していなかったロベルトはポンとリックの肩に手を置く。
「良かったですな、リック君。貴方の料理は皆に受け入れられたようです」
「え、えっと、これが、ですか?」
リックはテーブルの方を指し示す。そこでは既に料理の争奪戦から殴り合いに移行していた。ロベルトはにっこりと笑う。
「ええ。私はこんな活気のある食卓は今まで見たことはありませんよ」
「じゃあ……!」
「いえ、それはまだ何ともいえません。全ては船長、レナ様次第ですから」
リックはがっくりと肩を落とす。
「そうですか……」
リックは戦場の方へと目を向ける。そこでは大の男に混じったレナが、拳を振りかざし大立ち回りを演じていた。
闘争はようやく終結し、集まった全員が静かにテーブルについている。ロベルト以外は申し訳なさそうにうつむき加減になっている。テーブルの上に形を残している皿は既に無かった。
「さて、どうですかな皆さん。彼を我らが船の料理長に迎えたいと思うのですが異論がある者はいますか?」
「いいんじゃないか? むしろこっちからお願いしたいな」
「わしは歓迎じゃ」
「……拒む理由は、無い」
「………」
レナとロベルト以外の三人が口々に歓迎の意を示す。が、レナからは沈黙しかなかった。ロベルトはレナに問いかける。
「レナ様? 貴女はどう考えておりますか?」
「……あたしは反対よ」
レナは搾り出すように言った。テーブルを囲む面々から抗議の声が上がる。リックは声も上げず項垂れた。ロベルトは静かに問うた。
「どうしてですかな? 彼の料理の腕に疑いは無いでしょう?」
「船に乗るってことはここでの生活を捨てるってことよ。憧れだけじゃ乗せられないわ」
静かな調子で言うレナに、一同は黙り込んだ。
「リック。あんたにも家族とか親友とかいるでしょ? 軽い気持ちで船に乗るとか言っちゃ……」
「僕には家族も親友もいないんです! 僕はこの星での生活なんて捨て去りたい! 隣の星まででも構いません。どうか、どうか乗せてください!!」
リックはそう叫んで頭を下げる。彼が必死であることは誰の目にも明白だった。非難の目がレナに集まり、レナは居心地悪そうに咳払いをし、
「あーもー、あたしが悪者みたいじゃない」
頭をがりがりかいて湾刀を抜いて振りかざした。
「総員配置に戻れ! 補給が済み次第この星を出る!」
『了解!』
食堂に集まっていた船員達は冗談めかした掛け声をかけて食堂を後にした。残されたのはレナとリックだけ。リックは恐る恐るレナに声を掛ける。
「あの、僕は……」
「あんたは食堂の掃除が済み次第、デッキに来なさい」
「えっ、それじゃあ!」
リックは不安そうな顔から一転、ぱあっと笑顔になった。レナは気恥ずかしくなったのかくるりと背を向ける。
「あたしをレナって呼んで。それが条件よ」
「う、うん! ありがとう、レナ!」
レナはリックの感謝の言葉を背で受けて、手をひらひら振りながら廊下の向こうへと消えていった。リックは震える手をぐっと握って、この幸福をかみ締めたのだった。
初めての方は初めまして。そうでない方はお久しぶりです。274日振りの更新………。丸9ヵ月更新してなかったみたいですね。吃驚です。あぁ吃驚。
久しぶりに今まで投稿した分を見て、愕然としました。ストーリーを全く忘れていたのです! でも読み進めるうちにあの頃の記憶が戻ってきました。大筋しか決まってなくて次の話に困ってるってことも………。
兎に角! これからは心を入れ換えて頑張りそうなので、応援よろしくお願いします!