第二話 ジュリエッタ号
ジュリエッタ号の中をリックはレナにつれられて進んでいく。船内は外観に違わず、所々に見え隠れするパイプや計器類以外は全て木製のようであった。リックは物珍しそうにあたりにきょろきょろと視線を彷徨わせながら歩いていく。
不意にレナはある扉の前で立ち止まった。その扉は今まで通り過ぎてきた装飾された扉と違い、装飾などどこにも見当たらず、のっぺりとした木の面にドアノブが申し訳程度に光を反射し、存在を主張しているだけだ。レナはノブに手を掛け一気に押し開いた。
「ここが厨房よ。食材も一式そろっているから」
「うわぁ……」
そこは床もテーブルも壁も、部屋中が木で囲まれていて、オーブンやコンロも中身は最新の機械なのだろうがその外観はレンガでできている。その部屋は、おとぎ話の中の世界に出てきそうで、太古の昔に海をまたにかけた船のようなデザインのこの宇宙船の中でも、一際温かみを持っていた。
レナは目を輝かせているリックを見て一つため息をこぼし、踵を返す。
「ここのものを使って私を含めた五人の審査員を満足させられたら、君をクルーとして認めてあげるわ。じゃ、五人分の料理ができたら隣の食堂によろしくね」
「はい!」
リックは返事を返しながら巨大な冷凍庫の中を覗き込み、また感嘆のため息をついた。そこにはリックが見たこともない多種多様な食材がずらりと並んでいた。
「これなら、すごいお料理ができそう……」
リックは一度冷蔵庫の扉を閉め、戸棚へと向かう。戸棚の中を確認し、下の引き出しも次々と確認し、調理道具と食器の配置を覚えていく。
「調理場を預かるものはまず調理場の全てを把握しろ。調理場全てが自分の手足のようになって初めていい料理ができる」
それがリックの師でもあった父の教えだった。例え一度しか立たない調理場でも、リックは尊敬する父の教えを守ってきたのだ。それは今日も例外ではない。
一通り調理場を確認したリックは、一番自分の手に合う包丁と使い込まれたまな板を準備し、顎に手を当て考え込む。
「さて、と……。何をつくろうかな?」
リックのレパートリーは少なくない。父に教わった分は少ないが、五年の調理場の仕事はリックに豊富な経験を与えていた。
リックはやがて決心したかのように顔を上げ包丁を構えた。
「とにかく精一杯やるしかないよね!」
その瞳に迷いは無く、調理場は軽やかな包丁の音で満たされていったのだった。
「遅いっ!!」
レナはテーブルに両手をバンとたたきつけた。テーブルにはレナのほかに四人座っているが、いつものことで慣れているのか、動じる様子はない。
「まあまあ、まだ三十分しか経っておりませんよ?」
テーブルについているクルーの一人、ロベルトのレナをなだめるように柔らかな言葉。他のクルーもロベルトの言葉に頷く。レナは八つ当たりするかのようにもう一度テーブルに拳を落とした。
「フェイ姉さんはこんなに遅くなかったわ!!」
「フェイより遅いのは当たり前だろ。フェイは十年以上も調理場で仕事してたんだ。それにな、調理場に入ったばかりの頃のあいつの料理は酷かったもんさ。それを口に入れたとたんにぶっ倒れるやつが続出したんだぜ?」
テーブルの一番端に座っている青年は、笑いをこらえながら懐かしそうに目を細めた。レナは青年をキッと睨む。
「うるさいわよ!貴方は黙ってなさい、レイニルド!!」
「分かりましたよ。あ〜、怖い怖い」
青年、レイニルドは冗談めかしたような台詞をこぼして肩をすくめた。レナは俯き、肩をわなわなと震わせる。レイニルド以外の乗組員達は、
「またか」
といった風にため息をつき、両耳を手でふさいだ。同時にレナが椅子を吹き飛ばして猛然と立ち上がり、
「レイニルドっ! 今日という今日こそ決着を着けてやるんだから!!」
「へぇ……。お前、俺に勝てると、本当に思ってんのか?」
レイニルドは椅子に腰を落ち着けたまま、不敵に笑う。レナも同じように不敵な笑みを返した。
「そうね。稽古を怠ってる、お怠けさんに負ける気はしないわ」
剣呑な雰囲気が場を支配し、レイニルドとレナはお互いに隙を伺って動かない。クルー達は半ば楽しんでいるようで、ことの成り行きを黙って見守っていた。
じわりと時が流れていく。レナもレイニルドも互いに動けぬまま。
永遠に続くかと思われた睨み合いに終止符を打ったのは、ドアの開く音だった。
「あの……、お料理ができました、けど……」
消え入りそうな小さな、しかし場を収めるには十分なきっかけとなるリックの声。
タイミングをはずされたレナは荒々しく舌打ちをついて椅子にどっかりと腰を下ろした。
「早くもって来なさい!」
「は、はいいい!!」
レナの剣幕にリックはびくりと背筋を伸ばして、あたふたと調理場の方へ引っ込んでいった。レイニルドは腕を組んでにやにやと、馬鹿にするような笑み。
「子供に八つ当たりするようじゃ、おまえもやっぱりガキだな」
「………」
レナはぎりぎりと歯を食いしばる。図星なだけに言い返すことができない。レイニルドは勝ち誇ったように小さく笑っていた。
「まったく、この方達はいつになったら大人になるのでしょうな……」
ロベルトの小さな、本当に小さな呟きにレイニルドとレナ以外のクルーはしみじみと頷いたのだった。
ようやく二話目を投稿することができました。でも、話は全然進んでないですね………。リックの料理も次回に持ち越しですし。投稿間隔は広いですし………。ま、まぁ、気長に付き合ってやってください。