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無限のそら  作者: 猫小判
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第一話 奴隷の少年と海賊少女

第一話と言いますが、相対時間についての説明も宇宙旅行もありません。プロローグみたいなものです。

「リック、早く食器を洗いなさい! 次は掃除をしなければならないのだからね!」

「はい……、奥様」

煌びやかな装飾に彩られた、まるで中世ヨーロッパの貴族の屋敷のような家、その厨房で精一杯の速さで食器を洗う少年、リックにこの家の奥方である中年女性の叱責が降り注ぐ。明らかに不可能といえる要求に、リックは愛想笑いで返すことしかできない。


 リックと呼ばれた少年は背が低く痩せ型、黒い瞳はいつも不安そうに揺れ、栄養が足りていないような色素が薄い長髪を後ろでひとつにまとめている。身にまとっている服はつぎはぎだらけのよれよれで、靴は原型が残っていないほどに穴だらけだ。リックはこの星で最下層の身分である奉公人であった。それは中世で言う奴隷となんら変わらない。


 リックは食器を洗い終え、女性の前に跪く。女性は見るのも汚らわしいといった様子で目を逸らしながら次の仕事内容を告げた。

「次はこの屋敷全ての場所の掃除よ。それで今日のおまえの仕事は終わり」

「はい、奥様」

リックは床に額がつきそうなほどに頭を下げてからたちあがり、掃除に取り掛かった。城のように広い屋敷を一人で黙々と掃除する。床をほうきで掃き、水葺きする。置物や壁は乾いた布で丹念に磨いていった。リックは手を抜くということを知らない少年であった。



 リックがようやく掃除を終えるころには屋敷の人間はとっくに夢の世界に旅立った後だったが、リックはそれでも無言で頭を下げ、家路に着いた。

 リックの家はスラムの中でも一番治安の悪いところにある。麻薬が半ば合法化され、道の端には中毒者が転がっているのが普通の、異常な世界だった。

 今日も道端には浮浪者となり果てたぼろぼろの女が転がっていたが、リックは無視して真っ直ぐ進む。いつもの光景だからだ。路地裏に入り、角を曲がり、五階建ての今にも崩れそうなぼろぼろのビルに入っていく。階段を上り五階の一番端の部屋の扉を開けた。そこがリックの家だ。

 小奇麗に片付けられていて窓際にベッドがひとつあるだけある、狭い簡素な部屋だった。リックはそのベッドの中に飛び込んで深くため息をついた。

「今日も疲れたなぁ……」

リックは窓から二つ寄り添うようにして浮かんでいる月を見上げ、それをつかもうとするかのように右腕を伸ばす。

「僕もあの広い宇宙の向こうに旅立って、そして地球に行ってみたいよ……」


 今はもういない両親からいつも聞いていた人類の故郷、そして望むものが全て手に入るといわれている理想郷、地球。それはもう夢物語に近い話。それでもリックはその夢物語を信じていた。それでもリックはその夢物語を信じていた。


「どんな人でもいい、僕を宇宙船に乗せてくれないかな……」

リックは切に願う。しかし、それはありえない話だ。雑用以外に何の技能も持たない自分を乗せてくれる宇宙船なんて無いことをリックはしっている。それでもリックは、明日目が覚めたら宇宙をまたにかける海賊船がこの島に訪れていることを願いながら眠りにつくのだった。

 翌日、リックはいつものように目を覚ました。しかし、夜明けの筈のその時間の窓の外は薄闇に包まれていた。

「何か、あったのかな……?」

リックは寝ぼけ眼で窓の外の空を見上げ、大きく目を見開く。そこには、木で組まれたようなデザインの、大航海時代の船が優雅に空を滑るように飛んでいた。今の時代としては多少いかれたデザインだが、船底に付けられている垂直推進装置を見れば一目で何なのかがわかる。

「宇宙船……!」

リックの胸は高鳴る。この星に訪れる船というのは大体旅客船ばかりでリックのような奉公人が乗る方法はない。しかし、今回現れたのは宇宙をまたにかける海賊船だろう。それならばクルーになれる可能性もある。

 リックは部屋を飛び出し、階段を駆け下り、船を追いかけて駆け出していく。自分の未来を切り開くために……。




「あぁ、おいしいご飯が食べたい……」

髪と同じ真っ赤なロングコートを身にまとい腰にはなぜか湾刀をぶら下げている。この一見海賊にしか見えない少女、レナはこの船、ジュリエッタ号の船長である。

 レナはさっと立ち上がり、癇癪でも起こしたかのように叫んだ。

「ロベルト!早く船を降ろしてシェフを攫ってきなさい!」

「レナ様、このような街中で船を降ろすことはできませんよ」

レナより一段低いところに座っているロベルトと呼ばれた老人は、柔らかい物腰でレナをなだめる。ロベルトのもっともな言葉にレナは言葉を返せず、どっかりと椅子に腰を下ろした。

「もぉ! なんでフェイ姉さん、やめちゃったのよぉ!!」


 事は二週間前。そのときに立ち寄っていた星で、それまでシェフを勤めていた女性、フェイが身ごもっていることを理由に船を下りると言い出した。

フェイはレナの姉のような存在だったが、レナは素直に彼女を祝福し、あまり世話になっているのも迷惑だといって何も考えずに星を出発した。

しかし、それが間違いだった。ジュリエッタ号には料理のできる人間がフェイしかいなかったのだ。一度あの星に戻ることも考えたが、あれだけ格好よく星を後にしたのに、のこのこと戻るのも格好が付かない。結局、そのまま次の星を目指すことに。それから二週間、彼女らは旧時代の宇宙食のような食事しかとっていないのだった。


 しばらくたって、ようやく船が着陸できるようなスペースのある場所にたどり着いた。

「レナ様、ようやく地上に降りられますぞ」

「ホント!? よぉ〜し、腕のいいコックを見つけるぞー!!」

 レナはブリッジを飛び出し、乗降口のほうへ駆けていった。その様子にロベルトや他の乗組員たちは小さくため息をつくのだった。


 船は街の郊外に着陸しようとしている。リックは心臓をバクバク鳴らしながらも辛うじて船に追いついていた。

「よ、よかった……。追いつけた……」

ひざに両手をついて息を何とか整えようとするが、暴れだした呼吸は中々治まらない。そうこうしているうちに船は地面にゆっくりと着陸した。

(どんな人が乗っているんだろう……)

早鐘を打つ心臓はすでに酸素を求めてのものではなくなっていた。

 重々しい音とともに甲板の前方が持ち上がり、そこから人影が宙に舞う。

「あ、あぶない!!」

その高さはゆうに十メートルはある。リックは叫び、思わず目を両手で覆った。だが、リックの予想に反して、彼の耳に入った音は軽い着地音。恐る恐る目を開けると、そこには真っ紅な少女が凛と佇んでいた。

「あ、あの……?」

紅い少女はきょろきょろと辺りを見回して、やがてリックの方に視線が行き着くと、眉を吊り上げまくし立てた。

「君ね? さっき叫んだの!? 危うく頭から落ちそうになったじゃない!! 頭から落ちて馬鹿になったら、どうやって責任とってくれるの!?」

「え……、いや。ご、ごめんなさい……」

リックは素直に頭をさげた。頭から落ちたら馬鹿になる程度では済まない気もするが、少女の剣幕に押されているリックが気付くはずもない。

「そういうことじゃなくてねぇ……」

素直に頭を下げるリックに少女は気勢を削がれて疲れたようにため息をついた。リックは頭を上げて、首をかしげた。

「どうしてそんな疲れた顔しているんですか?」

「君のせいよ、君の」

少女は再度ため息をつき、何かを思いついたように手をぽんと打った。

「そうだ! 君にお願いしたいことがあるんだけど……。まずは自己紹介。あたしはレナって言うの。君は?」

「僕はリックといいます。お願いしたいことって何ですか?」

「あたしがお願いしたいことって言うのは……」

「レナ様〜、お待ちください〜」

「ロベルト……。話の腰、折んないでよね……」

レナの言葉をさえぎったのは、甲板からロープで降りてくるロベルトと呼ばれた老人だった。ロベルトは地面に降り立ちリックとレナの傍まで歩み寄り、リックに視線を向ける。

「レナ様、こちらは?」

「あぁ、彼はリック。この星の子みたいね」

紹介されたリックはロベルトを見て何を思ったのか、いきなり跪き、地面に額をこすりつけるような平伏した。

「お願いです。僕を貴方の船に乗せてください!料理番でも、掃除担当でも、雑用でも何でもいいんです。お願いします!!」

いきなりのことにレナとロベルトは面を食らったように動けない。リックは不安そうな瞳でロベルトを見上げた。

「駄目、でしょうか……」

「そう聞かれましても……。船長は私ではなく……」

ロベルトは困ったような表情でレナのほうに視線を向ける。レナは機嫌を損ねたのか頬を思い切り膨らましていた。リックは目を見開く。

「貴女が船長だったんですか!?」

「悪かったわね、船長に見えなくて」

レナはますます機嫌を損ねて、そっぽを向く。リックは恐る恐る尋ねた。

「駄目、でしょうか……?」

「駄目」

一言で斬って捨てられたリックは、がっくりと肩を落とした。見かねたロベルトはリックに助け舟を出す。

「レナ様、彼は料理もできるようですし……」

「そういうことじゃないわ。リックは船にのるには子供過ぎるのよ」

「貴女様はそれこそ物心つく前から乗っておられましたのに……」

「だまりなさい」

 一連のやり取りをレナとロベルトの表情を交互に伺いながら見守っていたリックは、おずおずと声を上げた。

「子供って…… 僕はレナさん、船長と同い年だと思うんですが……」

「はぁ!? 何言ってるの!? あたしは17歳。もう大人よ!!」

「僕も17歳なんですが……」

「うそ!?」

これにはレナだけでなくロベルトも驚いていた。

 リックはレナよりも頭半分ほど背が低い。レナが大きいわけではなく、リックが小さすぎるからだ。

 レナはそれでも首を横に振った。

「駄目なものは駄目よ」

「そんな……」

リックはがくりとうなだれた。その姿は今にも崩れさってしまうかのよう。ロベルトはひとつ溜め息をついて、肩をすくめた。

「何をそんなに意固地にになっているのかは知りませんが……」

ロベルトはそこで言葉を切って、名案を思いついたかのような笑顔を浮かべた。

「そうだ、リック君の料理の腕前で船に乗せるかどうか決めてはどうでしょうか?」

「いいんですか!?」

リックは渡りに船とばかりに目を輝かせる。レナは苦虫でも噛みつぶしたような顔をして、渋々肯いた。

「……しょうがないわね。ロベルトに免じてテストは受けさせてあげるわ。ただし、あたしを満足させる料理じゃないと合格は出せないわよ!」

「はい! 頑張ります!」

リックは輝くような笑顔を浮かべて肯く。レナは何となくリックの笑顔が眩しく見えて、リックから背を向けたのだった。

読んで頂いてありがとうございました。いきなりですみませんが、試行錯誤しながら文章を書いているので投稿間隔は長いものになるかもしれません。最低、二週間に一回は更新するつもりですが、確約は出来ないのでどうかご容赦を……。

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