婚約破棄された私は裏切りの証拠を手に、隣国王子の溺愛を受けながら全てを奪い返します
夜会の空気が、嫌に重かった。
――来る。
そう確信した瞬間、あの男は口を開いた。
「リゼリア・フォン・アルヴェイン。君との婚約は、本日をもって破棄する」
ざわり、と貴族達が揺れる。
私は、微笑んだ。
「……理由を、お聞かせ願えますか? 殿下」
婚約者――第一王子ルークは、まるで正義を気取るかのように顎を上げる。
「君は傲慢で、嫉妬深く、淑女として相応しくない。……それに」
彼は、隣に立つ女の肩を抱いた。
「私は、彼女――セレナを愛している」
ああ、やっぱり。
私は心の中でため息を吐いた。
セレナ・リーファ。平民出身ながら王子に取り入り、ここまで上り詰めた女。
そして――
「殿下。まさか、その女性と既に関係を持っているわけではありませんよね?」
私がそう言うと、セレナの肩がびくりと震えた。
「な、何を言っているのよ!」
「事実確認ですわ」
静かに返す。
ルークは苛立ったように舌打ちした。
「関係ない! 私は彼女を選んだ、それだけだ!」
――いいえ、関係ありますわ。
だって。
私は、知っているのだから。
「では」
私はゆっくりと一歩前へ出た。
「こちらをご覧ください」
取り出したのは、一通の手紙。
そして――数枚の記録。
「これは、殿下とセレナ様が密会していた日時と場所の記録。そして……」
私は、会場中に聞こえるように告げた。
「既に肉体関係を持っていた証拠ですわ」
静寂。
次の瞬間、爆発した。
「なっ――!?」
「そ、それは捏造よ!!」
セレナが叫ぶ。
だが、私は冷ややかに笑った。
「では、証人を呼びましょうか?」
控えていた侍女が前に出る。
「全て、事実にございます」
終わりだ。
空気が一瞬で反転した。
貴族達の視線が、ルークとセレナに突き刺さる。
「王族としての品位に欠ける……」
「婚約中の不貞とは……」
ざわめきは、非難へと変わる。
ルークの顔が歪む。
「リゼリア……貴様……!」
「婚約破棄は受け入れますわ」
私は静かに言った。
「ですが、不義を働いた側が被害者のように振る舞うのは、おやめくださいませ」
その時だった。
「……見事だ」
低く、よく通る声。
振り向くと、そこには一人の男がいた。
銀髪に蒼い瞳――隣国の第二王子、アレス・ディルヴァルト。
「ここまで鮮やかに盤面をひっくり返すとはな」
彼は楽しげに笑う。
「リゼリア嬢。君は、実に面白い」
……面白い、ですって?
「恐れ入ります」
「単刀直入に言おう」
アレスは、私の手を取った。
「私の国へ来ないか?」
「……は?」
思わず素の声が出た。
「君のような女は、この国には狭すぎる。どうせなら――」
ぐっと引き寄せられる。
「私が、全力で甘やかしてやろう」
……何を言っているの、この人は。
だが。
悪くない提案だった。
私は、微笑む。
「条件があります」
「ほう?」
「私の復讐に、最後まで付き合っていただきます」
一瞬の沈黙。
そして――
「もちろんだ」
彼は即答した。
「むしろ、そのために口説いている」
この男、頭がおかしい。
でも。
「では、契約成立ですわ」
私はその手を取った。
それからの展開は、早かった。
王家は不祥事を隠しきれず、ルークは王位継承権を剥奪。
セレナは貴族社会から追放。
そして私は――
「今日も可愛いな、リゼリア」
「毎日言わないでください、うるさいです」
隣国で、やたら距離の近い王子に溺愛されていた。
「だが事実だ」
「はいはい」
書類をめくりながら流す。
……平和だ。
あの夜会が嘘のように。
「それにしても」
アレスがぽつりと呟く。
「復讐はこれで終わりか?」
「ええ」
私は頷いた。
「社会的に抹殺すれば十分ですもの」
「甘いな」
「殿下が過激すぎるだけです」
くすり、と笑う。
すると、彼は不意に真面目な顔になった。
「なら、次は」
「次?」
「君を幸せにする番だ」
……。
心臓が、わずかに跳ねる。
「もう十分幸せですけれど」
「足りない」
即答だった。
「もっとだ。君が呆れるくらい」
だからこの人は。
本当に。
「……ほどほどにしてください」
「断る」
即答。
思わず吹き出した。
「本当に、面倒な方ですね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
――ああ。
悪くない。
婚約破棄も、裏切りも。
全部、ここに繋がっていたのなら。
「では殿下」
「なんだ?」
「その溺愛、受けて立ちますわ」
彼は、満足げに笑った。
――復讐は終わった。
そしてこれは。
私への福音が奏でる、慈愛に満ちた日々が始まる物語。
◆ ◆ ◆ ◆
――隣国王城・朝。
「リゼリア、おはよう。今日も君は世界一可愛い」
「朝一番の業務報告それですか?」
寝起き五秒でこれである。
私はため息を吐きながら紅茶を一口。
「本日の予定は? 会議、視察、あと書類決裁――」
「全部キャンセルした」
「は???」
カップが止まった。
「なぜですか」
「今日は君と過ごす日にした」
「国家運営を何だと思ってるんですか???」
即ツッコミ。
アレスは真顔で言う。
「愛だが?」
「違います統治です!!」
「というわけで、全部戻してください」
「嫌だ」
「子供ですか!?」
「子供はこれから作る予定だが」
「話を逸らすな!!」
朝から脳が疲れる。
「いいか、リゼリア」
アレスは私の肩を掴んで真剣な顔になる。
「私は重大な決断をした」
「嫌な予感しかしませんね」
「王城の庭を、全部君の名前に変える」
「なんでですか???」
「どこを歩いても“リゼリア”だ」
「怖いわ!!」
その日の昼。
結局、会議は強制的に再開させた。
宰相が泣きそうな顔で私に感謝してくる。
いやほんと、なんで私が止め役なんですかね。
「では次、税制改革について――」
議題が進もうとした、その瞬間。
バンッ!!
扉が勢いよく開いた。
「リゼリアァァァ!!!」
「今度は何ですか!!!」
アレスが全力疾走で飛び込んできた。
「重大な問題が発生した!」
「今まさに目の前で発生してますよ!!」
「君に会えない時間が長すぎる!」
「知らんがな!!」
議場が凍りつく。
私は額を押さえた。
「殿下」
「なんだ」
「五分前に会いましたよね?」
「五分も離れていた」
「重症だこの人」
その日の夕方。
「リゼリア、見てくれ」
「今度は何ですか……」
机の上に置かれたのは――指輪。
いや、山ほどある。
「新作だ」
「何個作ったんですか」
「百」
「百!?」
「全部君用だ」
「指十本しかないんですけど!?」
「足にもある」
「履かせるな!!」
「しかも全部デザイン違う……」
「毎日変えれば百日楽しめる」
「その発想を政策に活かしてくださいよ!!」
私は一つをつまみ上げる。
「……これ、やたら豪華ですね」
「ああ、それは特別仕様だ」
「どんな?」
「君を抱きしめた時に一番輝くよう設計した」
「用途が限定的すぎる!!」
夜。
やっと一日が終わる。
「疲れました……」
ベッドに沈み込むと、隣に当然のようにアレスがいる。
「今日も頑張ったな」
「あなたのせいで八割疲れてるんですが?」
「それは光栄だ」
「褒めてないです」
はぁ、と息を吐く。
すると、不意に彼が私の髪を撫でた。
「でも」
「?」
「君がいなければ、私は多分とっくに国を滅ぼしている」
「やめてください不穏なこと言うの」
「本当だ」
珍しく真面目な声。
「君がいるから、私は王でいられる」
……。
ずるい。
こういう時だけ、まともな顔をする。
「……なら」
私は小さく笑った。
「ちゃんと働いてください」
「努力する」
「“する”じゃなくて“しろ”です」
「はい」
即答。
珍しい。
と思った次の瞬間。
「だからご褒美にキスしていいか?」
「繋がってない!!」
――こうして今日も。
溺愛暴走王子と、それを全力で止める私の戦いは続く。
国は平和だが、主に私のツッコミによって保たれている気がする。
ほんと、なんでこんな人と結婚したんでしょうね。
……まあ。
「リゼリア、愛してる」
「はいはい」
悪くないけど。




