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婚約破棄された私は裏切りの証拠を手に、隣国王子の溺愛を受けながら全てを奪い返します

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/03/28

 夜会の空気が、嫌に重かった。

 ――来る。

 そう確信した瞬間、あの男は口を開いた。

「リゼリア・フォン・アルヴェイン。君との婚約は、本日をもって破棄する」

 ざわり、と貴族達が揺れる。

 私は、微笑んだ。

「……理由を、お聞かせ願えますか? 殿下」

 婚約者――第一王子ルークは、まるで正義を気取るかのように顎を上げる。

「君は傲慢で、嫉妬深く、淑女として相応しくない。……それに」

 彼は、隣に立つ女の肩を抱いた。

「私は、彼女――セレナを愛している」

 ああ、やっぱり。

 私は心の中でため息を吐いた。

 セレナ・リーファ。平民出身ながら王子に取り入り、ここまで上り詰めた女。

 そして――

「殿下。まさか、その女性と既に関係を持っているわけではありませんよね?」

 私がそう言うと、セレナの肩がびくりと震えた。

「な、何を言っているのよ!」

「事実確認ですわ」

 静かに返す。

 ルークは苛立ったように舌打ちした。

「関係ない! 私は彼女を選んだ、それだけだ!」

 ――いいえ、関係ありますわ。

 だって。

 私は、知っているのだから。

「では」

 私はゆっくりと一歩前へ出た。

「こちらをご覧ください」

 取り出したのは、一通の手紙。

 そして――数枚の記録。

「これは、殿下とセレナ様が密会していた日時と場所の記録。そして……」

 私は、会場中に聞こえるように告げた。

「既に肉体関係を持っていた証拠ですわ」

 静寂。

 次の瞬間、爆発した。

「なっ――!?」

「そ、それは捏造よ!!」

 セレナが叫ぶ。

 だが、私は冷ややかに笑った。

「では、証人を呼びましょうか?」

 控えていた侍女が前に出る。

「全て、事実にございます」

 終わりだ。

 空気が一瞬で反転した。

 貴族達の視線が、ルークとセレナに突き刺さる。

「王族としての品位に欠ける……」

「婚約中の不貞とは……」

 ざわめきは、非難へと変わる。

 ルークの顔が歪む。

「リゼリア……貴様……!」

「婚約破棄は受け入れますわ」

 私は静かに言った。

「ですが、不義を働いた側が被害者のように振る舞うのは、おやめくださいませ」

 その時だった。

「……見事だ」

 低く、よく通る声。

 振り向くと、そこには一人の男がいた。

 銀髪に蒼い瞳――隣国の第二王子、アレス・ディルヴァルト。

「ここまで鮮やかに盤面をひっくり返すとはな」

 彼は楽しげに笑う。

「リゼリア嬢。君は、実に面白い」

 ……面白い、ですって?

「恐れ入ります」

「単刀直入に言おう」

 アレスは、私の手を取った。

「私の国へ来ないか?」

「……は?」

 思わず素の声が出た。

「君のような女は、この国には狭すぎる。どうせなら――」

 ぐっと引き寄せられる。

「私が、全力で甘やかしてやろう」

 ……何を言っているの、この人は。

 だが。

 悪くない提案だった。

 私は、微笑む。

「条件があります」

「ほう?」

「私の復讐に、最後まで付き合っていただきます」

 一瞬の沈黙。

 そして――

「もちろんだ」

 彼は即答した。

「むしろ、そのために口説いている」

 この男、頭がおかしい。

 でも。

「では、契約成立ですわ」

 私はその手を取った。

 それからの展開は、早かった。

 王家は不祥事を隠しきれず、ルークは王位継承権を剥奪。

 セレナは貴族社会から追放。

 そして私は――

「今日も可愛いな、リゼリア」

「毎日言わないでください、うるさいです」

 隣国で、やたら距離の近い王子に溺愛されていた。

「だが事実だ」

「はいはい」

 書類をめくりながら流す。

 ……平和だ。

 あの夜会が嘘のように。

「それにしても」

 アレスがぽつりと呟く。

「復讐はこれで終わりか?」

「ええ」

 私は頷いた。

「社会的に抹殺すれば十分ですもの」

「甘いな」

「殿下が過激すぎるだけです」

 くすり、と笑う。

 すると、彼は不意に真面目な顔になった。

「なら、次は」

「次?」

「君を幸せにする番だ」

 ……。

 心臓が、わずかに跳ねる。

「もう十分幸せですけれど」

「足りない」

 即答だった。

「もっとだ。君が呆れるくらい」

 だからこの人は。

 本当に。

「……ほどほどにしてください」

「断る」

 即答。

 思わず吹き出した。

「本当に、面倒な方ですね」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 ――ああ。

 悪くない。

 婚約破棄も、裏切りも。

 全部、ここに繋がっていたのなら。

「では殿下」

「なんだ?」

「その溺愛、受けて立ちますわ」

 彼は、満足げに笑った。

 ――復讐は終わった。

 そしてこれは。

 私への福音が奏でる、慈愛に満ちた日々が始まる物語。





◆ ◆ ◆ ◆





 ――隣国王城・朝。

「リゼリア、おはよう。今日も君は世界一可愛い」

「朝一番の業務報告それですか?」

 寝起き五秒でこれである。

 私はため息を吐きながら紅茶を一口。

「本日の予定は? 会議、視察、あと書類決裁――」

「全部キャンセルした」

「は???」

 カップが止まった。

「なぜですか」

「今日は君と過ごす日にした」

「国家運営を何だと思ってるんですか???」

 即ツッコミ。

 アレスは真顔で言う。

「愛だが?」

「違います統治です!!」

「というわけで、全部戻してください」

「嫌だ」

「子供ですか!?」

「子供はこれから作る予定だが」

「話を逸らすな!!」

 朝から脳が疲れる。

「いいか、リゼリア」

 アレスは私の肩を掴んで真剣な顔になる。

「私は重大な決断をした」

「嫌な予感しかしませんね」

「王城の庭を、全部君の名前に変える」

「なんでですか???」

「どこを歩いても“リゼリア”だ」

「怖いわ!!」

 その日の昼。

 結局、会議は強制的に再開させた。

 宰相が泣きそうな顔で私に感謝してくる。

 いやほんと、なんで私が止め役なんですかね。

「では次、税制改革について――」

 議題が進もうとした、その瞬間。

 バンッ!!

 扉が勢いよく開いた。

「リゼリアァァァ!!!」

「今度は何ですか!!!」

 アレスが全力疾走で飛び込んできた。

「重大な問題が発生した!」

「今まさに目の前で発生してますよ!!」

「君に会えない時間が長すぎる!」

「知らんがな!!」

 議場が凍りつく。

 私は額を押さえた。

「殿下」

「なんだ」

「五分前に会いましたよね?」

「五分も離れていた」

「重症だこの人」

 その日の夕方。

「リゼリア、見てくれ」

「今度は何ですか……」

 机の上に置かれたのは――指輪。

 いや、山ほどある。

「新作だ」

「何個作ったんですか」

「百」

「百!?」

「全部君用だ」

「指十本しかないんですけど!?」

「足にもある」

「履かせるな!!」

「しかも全部デザイン違う……」

「毎日変えれば百日楽しめる」

「その発想を政策に活かしてくださいよ!!」

 私は一つをつまみ上げる。

「……これ、やたら豪華ですね」

「ああ、それは特別仕様だ」

「どんな?」

「君を抱きしめた時に一番輝くよう設計した」

「用途が限定的すぎる!!」

 夜。

 やっと一日が終わる。

「疲れました……」

 ベッドに沈み込むと、隣に当然のようにアレスがいる。

「今日も頑張ったな」

「あなたのせいで八割疲れてるんですが?」

「それは光栄だ」

「褒めてないです」

 はぁ、と息を吐く。

 すると、不意に彼が私の髪を撫でた。

「でも」

「?」

「君がいなければ、私は多分とっくに国を滅ぼしている」

「やめてください不穏なこと言うの」

「本当だ」

 珍しく真面目な声。

「君がいるから、私は王でいられる」

 ……。

 ずるい。

 こういう時だけ、まともな顔をする。

「……なら」

 私は小さく笑った。

「ちゃんと働いてください」

「努力する」

「“する”じゃなくて“しろ”です」

「はい」

 即答。

 珍しい。

 と思った次の瞬間。

「だからご褒美にキスしていいか?」

「繋がってない!!」

 ――こうして今日も。

 溺愛暴走王子と、それを全力で止める私の戦いは続く。

 国は平和だが、主に私のツッコミによって保たれている気がする。

 ほんと、なんでこんな人と結婚したんでしょうね。

 ……まあ。

「リゼリア、愛してる」

「はいはい」

 悪くないけど。

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