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第四話 二人の合格通知と銀色の鼓動


 数日前


「決めた。私も取る。今すぐ取る!」


 放課後のガレージ、真波が唐突に拳を突き上げた。

 紬がCL50を磨き始めてから一週間。横で「いいなぁ、渋いなぁ」と呟き続けていた真波の我慢は、ついに限界を迎えたらしい。

「真波も? でも、バイクはどうするの?」

「実はね、おじいちゃんの家に眠ってる古いスーパーカブがあるんだ。紬がCLを直してるの見てたら、私も居ても立ってもいられなくなっちゃって。……よし、二人で行こう、免許センター!」


 真波の決断は、雷のように速かった。彼女はすぐに親を説得し、紬が『アンカー』で皿を洗っている間、隣の席で猛烈な勢いで問題集を解き始めた。

「紬、ここ! 『積載の高さ制限』は地上から二メートルだよ。間違えないでね!」

「……真波、それさっき私が教えたところだよ」

 そんなやり取りを、マスターは呆れたように、けれどどこか目を細めて眺めていた。


 そして迎えた試験当日。

 二人は早朝の桐生駅から両毛線に乗り込み、前橋にある総合交通センターへと向かった。

 車窓から見える赤城山は、春の霞に包まれている。ガタンゴトンという電車の揺れに合わせて、紬の心臓も落ち着かなく跳ねた。


「ねぇ、紬。もし私だけ落ちたらどうしよう……」

 あんなに自信満々だった真波が、試験場の重苦しい空気に見舞われ、珍しく弱気な声を漏らす。

「大丈夫。真波の方が詳しいんだから。……一緒に受かって、一緒に帰るよ。そう決めてきたでしょ」

 紬は、ポケットの中で『アンカー』のマスターから貰った「お守り代わりのコーヒー飴」をぎゅっと握りしめた。


 試験室に入ると、独特の静寂とシャープペンの芯が触れる音だけが響く。

 紬は目を閉じ、ガレージにあるCL50の姿を思い浮かべた。あの冷たい金属の感触。踏み抜いたキックペダルの重み。

 (あのバイクに、乗りたい。堂々と、風を切って)

 その一心で、マークシートを埋めていく。


 一時間の試験が終わった後の、生きた心地のしない待ち時間。

 電光掲示板の前に、大勢の受験者が集まる。

「……出るよ」

 真波が紬の手を握った。その手は、少しだけ震えていた。

 ピン、という電子音と共に、掲示板に番号が灯る。

「……あった」

「紬! 私のも、私のもある!」


 二人の番号が、並んで光っていた。

 その瞬間、今まで感じたことのない「達成感」が紬の胸を突き抜けた。誰かに与えられたものではない。自分のバイト代で、自分の勉強で勝ち取った、初めての「自由の切符」だ。


 交付されたばかりの、まだ新しいプラスチックの匂いがする免許証。

 そこに映る自分は、少しだけ誇らしげな顔をしているように見えた。

 帰り道、二人は桐生駅近くのヘルメットショップに立ち寄った。


 紬が選んだのは、CL50の銀色に合わせた、シンプルなホワイトのジェットヘルメット。真波は「私はこれ!」と、鮮やかなイエローのフルフェイスを選んだ。

「よし……。じゃあ、いよいよだね」

「うん。……かけよう、エンジン」


 夕暮れ時のガレージ。源さんも様子を見に来る中、紬は新しいヘルメットを被り、顎紐を締めた。視界が少し狭まり、自分の呼吸音が耳に届く。

 CL50のシートに跨り、ガソリンコックを開く。キーを回し、ニュートラルランプの緑色の光を確認する。

「紬、いけー!」

 真波の掛け声。

 紬は全ての体重を乗せて、キックペダルを力強く踏み下ろした。


 ガツンッ――。

 ドッドッドッドッ……!


 一瞬の抵抗の後、目覚めたのは力強い鼓動だった。

 古いマフラーから吐き出される白煙が、夕陽に照らされて金色に輝く。

 ハンドルから伝わってくる振動は、自転車のそれとは全く違う、生き物の脈拍のような温かさを持っていた。


「かかった……!」

「おめでとう、紬ちゃん! いい音だ!」

 源さんが手を叩き、真波が自分のことのように飛び跳ねる。


 スロットルを少しだけ回すと、エンジンが「ブォン」と喉を鳴らした。

 ガソリンの匂い。エンジンの熱。そして、自分の手の中に広がる無限の可能性。


 藤野 紬、十六歳。


 彼女の世界は今、50ccの鼓動と共に、音を立てて動き始めた。

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