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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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第50話 定時で帰りたいので、英雄は辞退します

 世界を揺るがした東京大迷宮の『スタンピード』が終息してから、数日が経過した。


 空はどこまでも青く、澄み渡っている。

 魔物の大群が押し寄せた練馬の街も、協会と自衛隊、そして魔法建築士たちの昼夜を問わない復旧作業により、驚異的なスピードで元の姿を取り戻しつつあった。

 テレビをつければ、未曾有の危機から日本を救った「名もなき英雄たち」の特番が、連日連夜放送されている。

 

 だが、そんな世間の熱狂など、俺には一切関係のないことだった。


「……ちょっと悠作。あんた、それ本気でやってるの?」


 アパート『ひまわり荘』203号室。

 リビングのちゃぶ台の上で、伊藤みのりがこめかみを押さえながら、ワナワナと震える声で指摘した。


「ん? 何がだ」

「何が、じゃないわよ! あんたが今、熱々の鉄鍋を乗せたその『鍋敷き』! よく見なさいよ!」


 みのりの視線の先。

 俺が今しがた火から下ろした、コンソメスープの入った鍋。

 その下敷きになっているのは、重厚な漆塗りの額縁と、そこに収められた立派な賞状だった。

 金色の箔押しで『特級英雄功労賞』とデカデカと書かれている。


「ああ、これか。ちょうどいいサイズと厚みだったからな。漆塗りのおかげで熱にも強い」

「総理大臣と協会長から直々に贈られた、国宝級の表彰状よ!? 授賞式を『今日は特売日だから』ってすっぽかした挙句、郵送されてきたそれを鍋敷きにする奴がどこにいるのよ!」

「ここにいるぞ」


 俺はコンソメスープの味見をしながら、平然と答えた。


「俺はただのポーターだ。英雄なんて柄じゃないし、目立てば目立つほど面倒事が増えるだけだ。それに、一番の報酬はもう手に入れたからな。紙切れより、実用的な鍋敷きの方がありがたい」

「……はぁ。もういいわ。あんたに常識を求めた私がバカだった」


 みのりは深い溜息をつき、諦めたようにソファーに深く腰を沈めた。

 相変わらずの胃痛持ちのツッコミ役だが、その顔はどこか柔らかく、リラックスしている。


 ここは、要塞化された俺のアパート。

 そして今日は、日曜日。

 俺の「平穏な日常」を象徴するように、部屋にはいつもの騒がしい面々が集結していた。


「さぁさぁ皆様! 準備はよろしいですわね?」


 部屋の中央で、加藤茜がパンッと扇子を鳴らした。

 彼女の号令で、S級の美女たちが、床にずらりと並んだ。

 今日は、ある特別な『儀式』が執り行われようとしていた。


「ポチの『フェンリル覚醒記念』……人間の赤ちゃんで言うところの『えらびとり』を始めますわよ!」


 えらびとり。

 一歳の誕生日などに、赤ちゃんの前に様々な品物を並べ、どれを手に取るかで将来の職業や才能を占うという、昔ながらの行事だ。

 なぜポチにそれをやらせるのかは謎だが、「巨大化できるようになった記念」として、ヒロインたちが結託して企画したらしい。


「よし、アタシのアイテムから紹介するっしょ! はい、これ! 最新の『パリピ用サングラス』! これを選べば、ポチもアゲアゲのダンサー犬間違いなし!」


 ゆき子が自信満々に、ど派手なサングラスを床に置いた。


「ゆき子ちゃん、フェンリルにサングラスは邪道ですよ。……ポチちゃん、これです。私の『氷の結晶』です! これを選べば、クールで知的な魔法剣士犬になれますよ!」


 すずが、キラキラと光る氷の魔石をそっと置く。


「……筋肉よ。筋肉こそが全て。ポチちゃん、この『特製プロテインシェイカー』を選びなさい。共に肉体の限界を超えましょう」


 しずかが、重厚な金属製のシェイカーをドンッと置く。


「知性こそが力です。この『小型魔力測定器』を選べば、ポチちゃんは私の優秀な助手になれます」


 瞳がメガネを押し上げながら、精密機器を並べる。


「世の中、金ですわよ。この『純金の小判』を選べば、一生食うには困りませんわ」


 茜がいやらしい笑顔で小判を置く。


「……私の手作り『スタンガン』です♡ 害虫駆除の才能が目覚めますよ」


 純子が物騒なものを置こうとした。


「純子ちゃんストップ! 危ないから! もう、ポチちゃん、この『探索者のライセンスカード』にしなさい。公務員犬が一番安定してるわよ」


 みのりがスタンガンを没収し、代わりに自分のカードを置いた。


「ふははは! 皆さん、甘いですね! マスターの愛犬たるもの、武の頂を目指すべき! さあポチよ、私の愛剣を選び、雷の牙となれ!」


 ジークが熱く語りながら木刀を差し出す。


 フローリングの床に、個性豊かなアイテムが円状に並べられた。

 その円の少し離れた場所に、ポチがちょこんと座らされている。

 サイズはいつものバレーボール大。白い毛玉モードだ。


「ワフ?(何これ?)」


 ポチは首を傾げ、パタパタと耳を動かしている。


「さあポチちゃん! おいで!」

「こっちっしょ!」

「プロテインよ!」


 全員が一斉に手招きし、ポチを呼ぶ。

 ポチは「しょうがないな」という顔をして、トテトテと短い足で歩き始めた。


 まずは、ゆき子のサングラスの匂いをクンクンと嗅ぐ。

 そして、プイッと顔を背けた。

 次に、しずかのプロテインシェイカーを前足でツンツンと叩き、興味なさそうに通り過ぎる。

 ジークの木刀には見向きもせず、すずの氷の結晶の前で少し立ち止まった。


「おっ! 鈴木さん、見ましたか!? 私の氷に興味を――」


 すずが喜んだのも束の間、ポチは氷の結晶に『ペッ』と唾を吐きかけるような仕草をして、そのまま歩き続けた。

 純子のライセンスカードも、瞳の測定器も、茜の小判も、全てスルー。


「……あれ? 全部素通りしましたわよ?」


 円陣の中心を通り抜けたポチは、そのままトコトコと真っ直ぐに歩き続けた。

 その視線の先にあるのは――キッチンの前に立っている、俺だった。


「ワフン!」


 ポチは俺の足元に駆け寄ると、俺が右手に持っていた調理器具に向かって、勢いよくジャンプした。


 カプッ!


 ポチの小さな口が、俺の持っていた『木べら』の柄にしっかりと噛みついた。

 そして、得意げな顔で尻尾をちぎれんばかりに振っている。


「「「あーっ!!」」」


 全員から、落胆と納得が入り混じった声が上がった。


「……悠作さんの木べら。つまり、お料理の才能ですね。……悔しいですが、ポチちゃんらしいです」


 すずが苦笑する。


「食いしん坊のポチだもんねー。師匠の弟子入り確定っしょ!」


 俺は木べらをくわえたまま宙ぶらりんになっているポチを、左手でヒョイと抱き上げた。


「……俺の跡を継いで、料理犬になるつもりか? お前、デカくなれるんだから、もっと立派な魔獣を目指せばいいのに」


 俺が呆れたように言うと、ポチは俺の顔をザリザリと舐め回した。


「ワオォン!(パパのご飯が一番!)」


 とでも言っているかのようだ。


『へへっ、オイラの後輩でヤンスね! 荷物持ちの特訓をしてやるでヤンスよ!』


 五右衛門も背中で嬉しそうに念話を寄越す。


「……まったく。お前も、こいつらも、揃いも揃って俺の飯目当てか」


 俺はポチの頭を撫でながら、ぐるりとリビングを見回した。


 剣士、魔法使い、ダンサー、研究員、スナイパー、魔女、ギルド職員。

 世界を救う力を持った規格外の連中が、俺のアパートで、ただの腹を空かせた子供のような顔をして、夕飯を待っている。

 それが、どうしようもなく可笑しくて、そして……心地よかった。


「よし。選び取りも終わったことだし、本番にするか」

「待ってました!」

「今日のメニューは何ですか、悠作さん!」


 全員の目が輝く。

 俺は腕まくりをして、キッチンに向き直った。


「今日は、スタンピード終息と、みんなの無事を祝って……俺の最高傑作を振る舞う」


 俺が五右衛門の保冷庫から取り出したのは、大量の『コカトリスの卵』。スーパーの特売卵は先日のパスタで使い切ってしまったため、今日はダンジョン産の高級食材を惜しげもなく使う。

 そして、主役となる肉は――数日前に深層で仕留めた『エンシェント・マンモス』の極上肉の切れ端だ。


「悠作、マンモスの肉って、熟成させるのに一週間はかかるって言ってなかったっけ?」


 みのりが不思議そうに首を傾げる。


「ああ、普通ならな。だが、こいつの『内部時間加速・熟成モード』に放り込んでおいたんだ。外の世界では数日でも、五右衛門の中ではすでに一週間分の熟成が完了している。アミノ酸が極限まで引き出されて、今がまさに食べ頃だ」


『オイラの胃袋は万能でヤンスからね!』


 俺は熟成されたマンモスの赤身肉と、数日間じっくりと煮込んで仕上げた漆黒の特製ソースを並べた。


「『究極のオムライス』だ」


 歓声が上がる。

 オムライス。洋食の王道であり、大人から子供まで愛される絶対的なメニュー。

 それを、深層の食材と俺の技術で極限まで高める。


 まずはチキンライス作りだ。

 いや、今回は鶏肉ではなく、マンモスの赤身肉を使うからマンモスライスか。

 フライパンにバターを溶かし、みじん切りの玉ねぎとマッシュルーム、そしてマンモス肉を炒める。

 肉の表面が焼けたら、ここで先にトマトケチャップを投入する。

 ご飯を入れる前にケチャップを炒めることで、余分な水分と酸味が飛び、トマトの濃厚な旨味だけが凝縮されるのだ。


 ジュワアァァァァッ!!


 ケチャップが焦げる、甘酸っぱく香ばしい匂いが弾ける。

 そこに、硬めに炊いた冷やご飯を投入。

 鍋を煽り、米粒一つ一つに、バターとトマトの旨味をコーティングしていく。

 パラパラでありながら、しっとりとした赤いライスの完成だ。


 これを型に入れ、皿の中央に美しく盛り付ける。


「次は卵だ」


 一人前につき、濃厚な味わいのコカトリスの卵を3個使用する。

 ボウルに割り入れ、生クリームを少しだけ加えて、白身のコシを切るように手早く混ぜる。

 熱したフライパンにバターを落とし、卵液を一気に流し込む。


 ジューーーッ!!


 縁が固まり始めたら、菜箸で外から内へ、素早くかき混ぜる。

 半熟のトロトロ状態を保ちながら、フライパンのカーブを利用して、ラグビーボール型に包み込んでいく。


 手首のスナップと、絶妙な火加減のコントロール。

 剣士の太刀筋よりも精密な、料理人の『虚空殺』の応用。


 トントン、クルッ。

 継ぎ目のない、美しい黄色のオムレツが完成する。

 これを、先ほどのライスの頂上に、そっと乗せる。


「仕上げだ」


 全員の皿に、黄色いオムレツの乗ったライスが配られる。

 俺はナイフを手に取り、オムレツの中央に、スーッと浅く切れ目を入れた。


 パカッ。


 薄い皮が破れ、中からマグマのようにトロトロの半熟卵が溢れ出し、ライス全体を黄金色のドレスで包み込んだ。

 『タンポポオムライス』の完成だ。


「「「おおおおおっ!!」」」

「花が……卵の花が咲きました!」


 感動の声が上がる中、俺は最後の仕上げにかかる。

 マンモスの骨と肉の端材、香味野菜を何日も煮込み、漉しては煮詰める作業を繰り返した、特製の『デミグラスソース』。

 漆黒で、鏡のようにツヤのあるそのソースを、黄金の卵の上からたっぷりと回しかける。

 黒と黄色の完璧なコントラスト。

 立ち上る、深く、重厚な赤ワインと肉の香り。


「完成だ。……冷めないうちに食え」


「「「いただきます!!」」」


 全員がスプーンを握りしめ、オムライスを掬い取った。

 卵と、ライスと、ソース。三位一体の完璧な一口を、大きく口に運ぶ。


「……ッ!!」


 ゆき子が目をカッと見開き、言葉を失った。

 ジークは天を仰ぎ、静かに涙を流している。


「美味しい……! なんですかこれ!? コカトリス卵の濃厚なコクがフワフワになって、口の中で溶けてなくなります!」


 すずが頬を押さえて悶絶する。


「ライスの酸味と、このデミグラスソースの深い旨味……。熟成されたマンモス肉の肉汁が全てソースに溶け出している。……これぞ、至高のタンパク質と糖質の融合よ……」


 しずかがスプーンを止めることなく食べ続ける。


「細胞が……喜びで震えています。五右衛門の内部時間加速によって引き出されたアミノ酸の相乗効果、私の計算式を遥かに超えている……!」


 瞳がメガネを曇らせる。


「ふふ、悠作さん……私、このオムライスを食べるためなら、もう一度世界を救ってもいいです♡」


 純子がとろけるような笑顔で俺を見る。


「悠作様。このレシピ、権利はいくらで売っていただけますの? ……一億? いえ、五億出しますわ!」


 茜が本気で小切手を取り出そうとする。


「……はぁ。本当に、あんたの料理には敵わないわ」


 みのりが、心底幸せそうな溜息をつきながら、オムライスを頬張った。


「疲れた体と胃袋に、これ以上ないくらい優しく染み渡るわ。……最高よ、悠作」


 みんなの笑顔。

 絶賛の声。

 スプーンと皿が触れ合う、賑やかな音。


 足元では、ポチが顔中をケチャップだらけにして、自分のオムライスをガツガツと平らげている。

 五右衛門も『匂いだけでご飯三杯いけるでヤンス!』と騒いでいる。


 俺も、自分の分のオムライスを一口食べた。

 卵の甘み。ソースの苦味とコク。ケチャップライスの酸味。

 完璧なバランスだ。自分で言うのもなんだが、これ以上の料理はない。


 ……世界を救った「英雄」。


 そんな大層な称号は、俺には必要ない。

 富も、名声も、権力もいらない。


 俺が欲しいのは、ただ一つ。

 定時に仕事を終え、この小さなアパートに帰り、美味い飯を作り、そして――


「おかわり! 師匠、おかわり!」

「私もです! ソース多めでお願いします!」

「悠作、私のもよろしく」


 ――この騒がしくて、面倒くさいけど、どうしようもなく愛おしい連中と、食卓を囲むこと。


 それさえ守れれば、俺の人生は完璧だ。


「……はいはい。おかわりはまだまだあるぞ。慌てて喉に詰まらせるなよ」


 俺は苦笑しながら立ち上がり、フライパンを手に取った。

 窓の外では、夕日が街を優しく照らしている。


 英雄の冒険は、これにて終了。

 ここからは、鈴木悠作の「平穏な日常」の始まりだ。


 俺はフライパンに卵を流し込みながら、心の中で、これからの騒がしい日々に――そして、美味い飯に感謝した。


「ごちそうさまでした」


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