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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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49/50

第49話 帰還、そして日常へ

 ズドオオオオォォォォンッ!!


 凄まじい爆発音と共に、東京大迷宮の巨大なゲートから白銀の流星が飛び出した。

 夕暮れの空を切り裂き、美しい放物線を描いて地上のアスファルトへと舞い降りたのは、巨大化したフェンリル――ポチと、その背中に合体したメカニカルな防護ドームだ。


「……帰ってきたぞ」


 俺は、ドーム越しにオレンジ色に染まる練馬の街並みを見下ろして、深く安堵の息を吐いた。


 その直後、ダンジョンの入り口から噴き出していた黒い瘴気が、まるで嘘のように霧散し始めた。

 地上に溢れ出ようとしていた魔物たちも、統率者である『終焉の捕食者』の死とダンジョンの「核」の消滅を感じ取ったのか、蜘蛛の子を散らすように迷宮の奥深くへと逃げ帰っていく。


 スタンピードは、完全に終息したのだ。


「終わった……終わったわよ!」

「見なさい! 魔物が引いていくわ!」


 防衛線を張っていた探索者や自衛隊員たちから、割れんばかりの歓声が上がった。

 ポチが静かに着地すると、五右衛門の防護ドームがスルスルと解除され、元の唐草模様の風呂敷へと戻っていく。

 俺たちがポチの背中から降り立った瞬間、防衛部隊の後方から、見慣れた顔ぶれが駆け寄ってきた。


「悠作!!」


 一番乗りで飛び込んできたのは、伊藤みのりだった。

 彼女は泥だらけのスーツも気にせず、俺の胸ぐらを両手で掴み、その顔を真っ赤にして怒鳴った。


「あんた……! あんたって奴は、本当に心臓に悪いわよ! 通信が途絶えた時はどうしようかと……ッ!」

「悪い。ちょっと地下でメキシカンを食っててな」

「どんな状況よそれは! ……でも、無事で……本当によかったわ」


 みのりの目から、ポロリと涙がこぼれた。彼女は慌てて乱暴に目をこする。

 その後ろからは、いつもの和装姿の加藤茜と、ライフルを背負った山口純子が安堵の表情で近づいてきた。


「悠作様。見事な仕事ぶりでしたわ。……もちろん、極上の素材はたっぷりと仕入れてきましたわよね?」


 茜は涙よりも利益を確認するように扇子で口元を隠しているが、その声は少し震えていた。


「悠作さん……! お帰りなさい! もう、私がスコープで援護できない場所に行くのは禁止ですよ?」


 純子が俺の腕に抱きつき、その温もりを確かめるように頬を擦り付けてくる。


「ああ、ただいま。……ほら、お土産だ。処理を頼む」


 俺は五右衛門から、氷の枷で簀巻きにされた『蛇の目』のリーダーを転がした。

 白目を剥いて完全に気絶している。


「こいつが今回の元凶だ。協会に突き出して、ふんだんに慰謝料を請求してくれ」

「……ええ、任せなさい。徹底的に搾り取ってやるわ」

 みのりが恐ろしい笑顔でリーダーを見下ろした。


 そんな感動の再会もつかの間、周囲の空気が一変した。


「い、いたぞ! 鈴木悠作だ!」

「彼がスタンピードを止めたんだ! カメラ回せ!」

「S級の皆様、一言お願いします!」


 防衛線の外側で待機していたマスコミの群れが、バリケードを突破して一斉にこちらへ殺到してきたのだ。

 無数のカメラのフラッシュが瞬き、マイクが突きつけられる。


「鈴木さん! 未曾有の危機から東京を、いや日本を救った『英雄』として、今の率直なお気持ちをお聞かせください!」

「ダンジョンの最深部で何があったのですか!?」

「一部では、S級探索者だけで魔王を倒したとの噂ですが!」


 英雄。魔王。

 俺の最も嫌いな、面倒くさいワードのオンパレードだ。


「……おいおい、冗談だろ。俺はただの荷物持ちだぞ。英雄なんて柄じゃない」

「またまた! ご謙遜を!」


 俺が顔を引き攣らせていると、ジークやゆき子が前に出てマスコミの対応を始めた。


「はっはっは! 師匠の偉大さは語り尽くせません! いずれ私が伝記にまとめます!」

「ウチらのライブ、最高だったっしょ! 動画上がるの待っててね!」


 彼らが時間を稼いでくれている隙に、俺はこっそりとスマホを取り出し、時間を確認した。


 時刻は、18時50分。


「…………ッ!!」


 俺は心臓が止まるかと思った。

 英雄の称号? マスコミのインタビュー?

 そんなものはどうでもいい。それよりも、俺には絶対に逃せない重大なミッションが残っている。


「まずい……。木曜特売のタイムセールが終わっちまう!!」

「えっ?」


 俺の悲痛な叫びに、隣にいたすずがキョトンとした。


「鈴木さん? タイムセールって……」

「今日のアパート近くのスーパーは、19時まで特大サイズの『赤玉卵』が半額なんだよ! 先着100名限定だ! 危ない、卵が売り切れる!」


 俺は叫ぶと同時に、マスコミの波を【虚空殺】の歩法でスルリと抜け、アパートの方向へ向かって猛ダッシュを開始した。


「ちょ、悠作!? あんたこの状況でスーパー行く気!?」


 みのりの制止の声が背中に響くが、止まるわけにはいかない。

 マンモスの肉やダックもいいが、日々の食卓を支える『卵』の在庫を切らすことは、料理人として死活問題なのだ。


「師匠が走ってる! 護衛します!」

「筋肉が冷える前に、私も走るわ!」


 なぜか、ジークとしずか、そして巨大化を解いたポチが俺の後を追って走り出した。

 かくして、世界を救った英雄たちは、フラッシュの瞬く凱旋パレードを無視して、スーパーの特売へと全力疾走することになった。


 18時56分。

 大型スーパー『サトウ・ストアー』の特売コーナー。

 そこは、深層のボスラッシュよりも苛烈な戦場だった。


「あら、ごめんあそばせ!」

「そこどきなさいよ! うちの孫が卵焼き好きなのよ!」


 凄まじい熱気を放つ近所の主婦たち。彼女たちのカート捌きとポジション取りは、C級探索者すら凌駕する。

 タイムセールのワゴンに残された『特大赤玉卵』は、残りわずか3パック。


「……甘いな」


 俺は息を潜め、気配を完全に断った。

 主婦のカートが交差するほんの一瞬の隙間。

 そのコンマ数秒の死角に、俺は滑り込んだ。

 右手のスナップを効かせ、誰の目にも留まらぬ神速で、卵のパックを一つ確保する。

 卵に微小な衝撃も与えない、完璧な【解体術】の応用だ。


「よしっ。……ミッション・コンプリートだ」


 俺はレジで会計を済ませ、戦利品を抱えてスーパーを出た。


「お疲れ様です、マスター。……見事な歩法でした。あの主婦たちの包囲網を、一切の接触なくすり抜けるとは」


 外で待機していたジークが、感動したように拍手をしている。

 しずかも「体幹のブレが1ミリもなかったわ」と頷いている。


「今日一番の激戦だったな。……さあ、帰るぞ。俺たちの家に」


 特売の卵を確保したという達成感を胸に、俺たちは夜の帳が完全に下りた住宅街を歩き、要塞化された『ひまわり荘』へと帰還した。


 203号室。

 全員がシャワーを浴び終え、リビングでくつろいでいる。

 激闘の連続で疲労困憊のはずだが、みんなの顔には不思議と活気があった。


「さーて、夕飯の仕上げだ」


 俺はキッチンに立ち、腕まくりをした。

 買ってきたばかりの特売卵と、五右衛門の保冷庫から上質な食材を取り出す。


 疲れた体と脳が求めているのは、圧倒的な「炭水化物」と「脂質」、そして「塩分」だ。

 今日は小細工なしの、シンプルで暴力的なイタリアンを作る。


「今日は『フェットチーネ・アルフレード』だ」


 俺は寸胴鍋にたっぷりのお湯を沸かし、塩を入れる。

 そこに投入するのは、平打ちの生パスタ『フェットチーネ』。

 生パスタ特有のモチモチとした食感が、濃厚なソースには欠かせない。


 パスタを茹でている間に、隣のコンロで大きめのフライパンを極弱火にかける。

 そこへ、フランス産の高級発酵バターを、惜しげもなく「塊」のままドサッと投入する。


 ジュワァァァァ……。


 バターが溶け出し、ヘーゼルナッツのような甘く芳醇な香りがキッチンに広がる。

 焦がさないように、じっくりと溶かすのがポイントだ。


「うわぁ……。バターのいい匂い……。もうこれだけで美味しいのが確定してます」


 すずがうっとりとした顔でキッチンの壁から顔を出している。


 バターが完全に溶けたところで、パスタの茹で汁をお玉一杯分加え、フライパンを揺する。

 油分と水分が混ざり合い、白濁したとろみのある液体――「乳化」した状態を作る。


「茹で上がったぞ」


 少し芯が残るアルデンテの状態でフェットチーネを引き上げ、そのままバターの海へ投入する。

 フライパンを煽り、麺の表面にバターソースをしっかりとコーティングさせる。


 ここで火を止める。

 そして、この料理の主役の登場だ。


 巨大な塊の『パルミジャーノ・レッジャーノ』。

 イタリアチーズの王様。アミノ酸の結晶がジャリッとするまで熟成された、旨味の塊だ。

 これを、チーズおろし器を使って、雪のようにパスタの上に削り落としていく。


 シャカシャカ、シャカシャカシャカッ!


 遠慮はいらない。フライパンの中が真っ白なチーズの山で埋め尽くされるまで削る。

 余熱と茹で汁の水分で、極上のチーズがゆっくりと溶け出し、バターと完全に一体化していく。

 麺に絡みつく、ねっとりとした黄金色のソース。

 本場ローマのオリジナルレシピはこれだけで完成だが、今日は特別にアレンジを加える。


「仕上げだ」


 俺はパスタを皿にこんもりと高く盛り付けた。

 その頂点に窪みを作り、先ほど激戦の末に勝ち取った『特売の赤玉卵』の黄身だけを、ぽとんと落とす。

 鮮やかなオレンジ色が、黄金色のパスタに映える。


 最後に、粗挽きのブラックペッパーを、これでもかというほどたっぷりと削りかける。

 ガリッ、ガリッ! とスパイスの刺激的な香りが弾ける。


「完成だ。熱いうちに食え」


 テーブルに並んだ皿からは、チーズとバターが焦がれるような、暴力的なまでの乳製品の香りが立ち上っている。


「飲み物は、これだ」


 俺は冷蔵庫から、真っ黒な缶を取り出した。

 アイルランド生まれのスタウト・ビール『ギネス』だ。

 グラスを斜めに傾け、静かに、しかし一気に注ぎ込む。


 グラスの中で、信じられない現象が起きる。


 『サージング』だ。


 微細な窒素ガスを含んだ泡が、黒い液体の中で下へ下へと滝のように沈み込み、やがてゆっくりと上部に集まって、分厚くクリーミーな純白の泡の層を形成する。

 黒と白の完璧なコントラスト。


「泡が落ち着くまで少し待て。……よし、いいぞ」


「「「いただきます!!」」」


 全員がフォークを握りしめ、パスタの頂上にある卵黄を容赦なく崩す。

 とろりとした卵黄が、チーズたっぷりのソースと絡み合う。

 それをフェットチーネごと大きく巻き取り、口に運んだ。


「……んんんっ!!!」


 ゆき子が目を見開き、無言のままテーブルをバンバンと叩いた。


「なにこれ!? 濃っ! 旨っ! チーズとバターしか入ってないのに、なんでこんなに奥深い味になるの!?」

「……素晴らしいです。パルミジャーノの強烈な旨味と塩気が、モチモチの麺に完全に吸着しています。そこに卵黄のまろやかさが加わり、完璧なカルボナーラ以上の濃厚さ……!」


 瞳がメガネを曇らせながら、早口で分析しつつもフォークの動きが止まらない。


 俺も一口食べる。

 口の中が、乳脂肪分の旨味で満たされる。

 重い。だが、決してくどくはない。

 大量にかけたブラックペッパーのピリッとした辛味が、全体の味をキリッと引き締め、次の一口を強烈に欲させるのだ。


「……カロリーの化け物ね。でも、深層で傷ついた筋繊維が、このアミノ酸と糖質を歓喜して受け入れているわ」


 しずかも、至福の表情で麺を啜っている。


 口の中が濃厚なチーズで満たされたところで、漆黒のギネスを流し込む。


「くぅぅぅぅっ……!」


 ジークが、口の周りに白い泡のヒゲを作りながら天を仰いだ。


「なんと滑らかな口当たり! まるでシルクのようだ。そして、ローストした麦芽の焦げたような苦味と、コーヒーやチョコレートを思わせる深いコク……!」


 その通りだ。

 ギネスのクリーミーな泡と強い苦味は、チーズとバターの濃厚なパスタの油分を綺麗に洗い流し、口の中を爽やかにリセットしてくれる。

 パスタを食う。ギネスを飲む。

 このループは、もはや合法的な麻薬だ。


「ぷはぁっ! 最高ね、これ。……今日一日で寿命が十年は縮んだ気がしたけど、この一杯で二十年延びたわ」


 みのりがジョッキをテーブルに置き、豪快に笑った。


 足元では、ポチが自分用のフェットチーネを顔中ソースだらけにして平らげている。

 窓の外からは、まだ少し肌寒い春の夜風が心地よく吹き込んでくる。


「……ああ、美味い」


 俺は残りのギネスを飲み干し、小さく呟いた。


 世界を救うことなんて、俺の柄じゃない。

 でも、もしこの食卓を、この騒がしくて温かい時間を守るためなら。

 ちょっとくらいの「残業」なら、してやってもいいかもしれない。


 空になった皿を見つめながら、俺は明日もまた、定時退社を目指して働くことを心に誓うのだった。


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