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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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第47話 捕食者 vs 料理人

 東京大迷宮、最下層。地下100階層に広がる黒曜石の空間は、今や巨大な「厨房」と化していた。


「……信じられん。なんだ、あの動きは」


 S級剣士であるジーク・ヴァイスが、剣を握る手を震わせながら呆然と呟いた。

 彼の視線の先では、俺、鈴木悠作の解体ショーが続いていた。


 相手は『終焉の捕食者』。

 あらゆる魔物の特徴を継ぎ接ぎした、全長50メートルを超える災害級のキメラ。

 その巨体が、俺の振るうサバイバルナイフによって、みるみるうちに「パーツ」へと分解されていく。


『グガァァァァァッ!!』


 巨獣が断末魔のような咆哮を上げ、無数の触手と甲殻に覆われた尾を乱れ打つ。

 だが、俺の目にはその攻撃軌道が、まるでスローモーションの「点線」のように見えていた。


 ――スキル【虚空殺】・奥義【無尽解体】。


 俺の体は、物理的な法則から半ば切り離されている。

 風の抵抗も、重力による束縛も感じない。

 ただ、まな板の上の魚を捌くように、対象の「継ぎ目」へと刃を滑り込ませるだけだ。


「甲羅が硬いなら、その下の関節膜を断てばいい」


 ヒュンッ。


 俺が巨獣の背中を駆け抜けながらナイフを振るうと、S級の魔法すら弾き返した分厚い甲殻が、固定具を失ってボトボトと剥がれ落ちていく。

 装甲の下から現れたのは、脈打つ巨大な筋肉の塊だった。


「ほら、見えてきたぞ。一番美味そうな部位が」


 巨大な魔力回路が集中する、巨獣の中心部。

 そこにあるのは、魔素の過剰供給によって極限まで肥大化し、美しい霜降りのサシが入った「極上肉」だ。


『や、やめろォォォッ!! 私の、私の神が……! こんな、ただの料理人風情にィィッ!』


 巨獣の頭部で『蛇の目』のリーダーが絶叫する。

 だが、彼の操作魔導具はすでに巨獣の神経系とのリンクを絶たれていた。俺が、巨獣の魔力伝達経路を的確に切断してしまったからだ。


「神じゃない。ただのデカい肉だ」


 俺は巨獣の心臓部――その周囲を覆う霜降り肉の塊に向かって、最後の一撃を放つべく跳躍した。

 足元から、脱皮して新品になったポチが「ワォォォンッ!!」と援護の遠吠えを上げ、巨獣の注意を引く。


「……ここだ」


 俺は空中で体を反転させ、刃渡り15センチのナイフを、霜降り肉の根元へと深々と突き立てた。

 そして、手首のスナップを利かせ、筋繊維に沿って一気に引き裂く。


 ズパァァァァァァァンッ!!


 空間が割れるような音。

 巨獣の核を包んでいた極上の肉塊が、綺麗に切り出され、空を舞った。


「五右衛門! 受け取れ!」

『合点でヤンスゥゥゥッ!!』


 巨大な風呂敷が空中に広がり、数トンはある極上肉を、血の一滴もこぼさずに亜空間へと収納した。


 同時に、核を失った『終焉の捕食者』の巨体が、ビキビキと音を立てて硬直する。

 生命活動の完全停止。

 圧倒的な質量が、黒曜石の床へと崩れ落ち、地響きと共に動かなくなった。


『あ……ああ……』


 肉の山から転げ落ちたリーダーが、へたり込みながら虚空を見つめている。

 俺は彼を一瞥もせず、ナイフについた脂を布で拭き取り、鞘に収めた。


「……解体終了」


 俺の言葉と共に、戦場に静寂が訪れた。


「……対象の生体反応、完全に消失しました。……素晴らしい。究極の解体芸術です」


 俺の背中から降りた瞳が、タブレット端末を見つめながら熱っぽい吐息を漏らす。


「嘘でしょ。あのバケモノを……たった一人で、しかも本当に『捌いた』だけ……」


 しずかが信じられないという顔で、崩れ落ちた巨獣の残骸を見上げている。


「鈴木さん……すごいです。やっぱり私の目に狂いはありませんでした!」


 すずが目を輝かせ、ゆき子は「師匠マジ神!」と飛び跳ねている。


「マスター。あの無礼な小悪党は、私が切り捨てましょうか?」


 ジークが雷を纏った剣を、へたり込むリーダーの首元へと向ける。だが、俺は手でそれを制した。


「いや、生け捕りにして協会に突き出す。その方が慰謝料をたくさん毟り取れるからな。こいつの組織の資金、全部吐き出させてやる」


 俺の言葉に、ジークは「なるほど、社会的な制裁! さすがはマスター!」と納得して剣を収めた。


「さて」


 俺は大きく息を吐き、首の骨を鳴らした。

 敵は倒した。極上の肉も手に入れた。

 だが、最大の問題が一つ残っている。


「……夕飯の弁当が、潰れちまった」


 俺の言葉に、全員がハッとして、岩陰で泥まみれになった弁当箱を見た。

 ポチも「クゥーン……」と悲しそうに鳴いている。


「鈴木さん……。気にしないでください。帰ったら、また美味しいものをみんなで食べましょう?」


 すずが俺を気遣うように、優しく微笑みかけてくる。


「いや、俺の腹はもう限界だ。今ここには、これだけ腹をすかせた連中がいる」


 俺は瞳のナビゲートで消費したカロリーや、先ほどの『虚空殺』の反動で、急激な空腹感に襲われていた。

 みんなも同じはずだ。

 こんな最下層の、死体の転がる横で。だが、俺は料理人だ。


「ここで食うぞ」


 俺は五右衛門を開き、携帯用魔導コンロと、特大の丸い鉄板を取り出した。


「今日は南インドの定食、『マサラドーサ』だ」


 マサラドーサ。

 米と豆を発酵させた生地を薄くクレープ状に焼き、スパイシーなジャガイモ炒めを包んだ、南インドのソウルフードだ。

 本当なら生地の発酵に一晩かかるが、そこは五右衛門の「時間加速・発酵モード」で事前に仕込んでおいた。


 俺はボウルに入った真っ白な生地を取り出した。

 バスマティライスと、ウラド豆、少量のフェネグリークシードをペースト状にし、発酵させたものだ。

 ほのかに酸味のある、ヨーグルトのような香りがする。


「まずは中身の『マサラ』を作る」


 フライパンに油を熱し、黒い粒――マスタードシードを投入する。


 パチッ、パチパチパチッ!


 種が弾ける小気味よい音が響く。これがスパイスの香りを引き出す合図だ。

 そこに、ウラド豆、千切りの生姜、青唐辛子、そしてたっぷりの『カレーリーフ』を入れる。

 カレーリーフの柑橘系にも似た香ばしい香りが、血生臭い地下空間の空気を一変させる。


「うわ……! すごくスパイシーないい匂い!」


 ゆき子が鼻をヒクヒクさせる。


 玉ねぎの薄切りを加え、しんなりするまで炒めたら、ターメリックパウダーを振る。

 フライパンの中が鮮やかな黄色に染まる。

 最後に、あらかじめ茹でて潰しておいたジャガイモを投入し、塩で味を調えながら全体を混ぜ合わせる。

 ホクホクのジャガイモに、スパイスの香りと玉ねぎの甘みが絡みついた『ポテトマサラ』の完成だ。


「次は生地を焼くぞ」


 魔導コンロの火力を上げ、巨大な鉄板を熱する。

 お玉で発酵生地をすくい、鉄板の中央に落とす。

 そして、お玉の背を使って、中心から外側へ向かって、螺旋を描くように生地を薄く薄く広げていく。


 ジュウゥゥゥゥッ……!


 生地が熱い鉄板に触れ、水分が蒸発する音。

 ここで、香りの爆弾である『ギー』を、生地の縁と表面にたっぷりと垂らす。


「バターの匂い! これだけで食欲が刺激されます!」


 すずが身を乗り出す。


 ギーの力で生地の表面がキツネ色に焼き上がり、パリパリになっていく。

 縁が自然に反り返ってきたら、焼き上がりの合図だ。

 中心に先ほどの黄色いポテトマサラを乗せ、生地をくるくると筒状に巻き上げる。


 全長40センチはあろうかという、巨大な黄金色の筒。

 これが『マサラドーサ』だ。


「付け合わせは、ココナッツチャツネと、豆と野菜の酸っぱいスープ『サンバル』だ。……さあ、食え!」


 俺は金属製のプレートに、焼き立てのドーサと小鉢を乗せて配った。

 そして、五右衛門の奥底から、一本の重厚な瓶を取り出す。


「この強烈なスパイスに合わせるペアリングは、これしかない」


 琥珀色の液体。

 スコットランド・アイラ島で作られたシングルモルト・ウイスキー『アードベッグ』だ。


 グラスに注いだ瞬間、広大な空間に、正露丸のような、あるいは海辺の焚き火のような、強烈なスモーキーな香りが充満した。

 ピートの香りだ。

 初心者には敬遠されがちなこの強烈な香りが、インド料理の複雑なスパイスと出会う時、奇跡のマリアージュを生む。


「「「いただきます!!」」」


 深層に降りてきたメンバー全員が、手づかみで巨大なドーサに挑む。

 生地を手で千切る。


 パリッ!!


 まるで極薄のお煎餅を割ったような、クリスピーな破砕音。

 だが、内側は発酵生地特有のモチモチとした弾力がある。


 千切った生地で、中のポテトマサラをすくい、さらにココナッツチャツネをたっぷりとつけて口に運ぶ。


「……んんっ!!!」


 ゆき子が目をカッと見開いた。


「美味しい! なにこれ! 生地のパリパリとモチモチの食感が最高! ジャガイモはホクホクで、カレーリーフの香ばしさとマスタードシードのプチプチ感が弾けるっしょ!」

「ココナッツの甘いソースが、スパイスの刺激を優しく包み込んでくれます! 永遠に食べられます、これ!」


 すずが感動のあまり涙ぐんでいる。


 生地の発酵由来のほのかな酸味が、ジャガイモの甘みを引き立てている。

 決して重くない。植物性の油と野菜だけの料理なのに、強烈な満足感がある。


 そこで、アイラモルトをストレートで一口含む。


「くぅぅぅぅっ!!」


 ジークが天を仰いだ。


「強烈なアルコールと、煙の香り! これが、口の中に残ったクミンのようなスパイスの香りと混ざり合い、信じられないほど甘く、フルーティーな余韻に変化したぞ! まるで、戦いの後の静寂のような……至福!」


「アルコールの熱とスパイスの熱。……血行が良くなりすぎるわね。でも、この多幸感は異常よ。筋肉の修復サイクルが加速しているのがわかるわ」


 しずかも顔を真っ赤にしてウイスキーを煽っている。


 俺もドーサを齧り、ウイスキーで流し込む。

 マスタードシードの刺激と、ピート香がぶつかり合い、口の中で爆発する。

 その直後に訪れる、米と豆の優しい甘さ。

 最高だ。これぞ、労働の後の至高の報酬。

 ポチも、自分用の巨大ドーサをバリバリと音を立てて平らげている。

 瞳も片手でタブレットを持ちながら、器用にドーサを口に運んでは「脳細胞の活性化が著しいです……!」と呟いている。


 薄暗い最深部の空間に、スパイスの香りと笑顔が溢れる。

 世界の終わりを呼ぶ魔獣の死骸の横で、俺たちは最高の食卓を囲んでいた。


「……定時は過ぎたが、いい残業だったな」


 俺がウイスキーのグラスを傾け、そう呟いた時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 突然、足元の黒曜石の床が、先ほどの戦闘とは比較にならないほど激しく揺れ始めた。

 グラスの酒がこぼれる。


「な、何!? 地震!?」


 ゆき子が悲鳴を上げる。


「悠作さん! 空間の魔素濃度が異常に低下しています! ダンジョンの『核』が消失した影響で、この階層そのものが自壊を始めています!」


 瞳が血相を変えてタブレットを突きつけた。


 見上げれば、天井の魔力結晶が次々とひび割れ、巨大な破片が降り注いできている。

 ダンジョンの崩壊だ。


「……マジかよ。食後のコーヒーも飲ませてくれないのか」


 俺は舌打ちをし、残っていたドーサを一口で胃に収めた。

 どうやら俺たちの退勤の時間は、もう少し先になりそうだった。


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