表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/48

第46話 悠作の本気

 絶望は、唐突に、そして理不尽に降り注いだ。


 東京大迷宮、地下100階層。


 『終焉の捕食者』が背中から展開した無数の砲塔から、漆黒の極太レーザーが乱れ撃たれる。


 空間そのものを削り取る破壊の光。

 S級探索者であるジーク、しずか、すず、ゆき子、そして巨大ポチが防戦に回るが、その圧倒的な質量と物量の前に、じりじりと後退を余儀なくされていた。


「くそっ、これじゃ近づけねぇ……!」


 俺は、背負った瞳を庇いながら、飛んでくる岩盤の破片をナイフで弾き落とした。

 瞳のナビゲートシステムは、敵の魔力密度の急上昇によりダウン寸前だ。

 視界に映る赤いガイドラインはノイズまみれで、もはや役に立たない。


『ハハハハハハッ! 見ろ! これが神の力だ! 貴様らなど、塵芥に等しい!』


 肉の山の上で、『蛇の目』のリーダーが狂気の笑い声を上げる。

 彼は勝利を確信していた。

 そして、その慢心が、残酷な一手を打たせた。


『まずは、その目障りな風呂敷から消してやろうか!』


 リーダーが指を弾く。

 巨獣の脇腹から、鞭のような触手が音速で射出された。

 狙いは――俺たちが戦いの邪魔にならないよう、足元の岩陰に退避させていた『五右衛門』だ。


「……ッ!? やめろ!!」


 俺は叫んだ。

 自分の身が傷つくことなど、どうでもよかった。

 だが、あの中には。

 五右衛門の中には、師匠の形見であるノートと――そして、何より大事な「アレ」が入っている。


 ドゴォォォォォンッ!!


 間に合わなかった。

 触手の一撃が、五右衛門の置いてあった岩場を直撃した。

 岩が粉砕され、土煙が舞う。


『ギャァァァァァッ!! 痛いでヤンス!!』


 五右衛門の悲鳴が脳内に響く。

 俺は転がるように駆け寄った。

 唐草模様の風呂敷は、泥と瓦礫にまみれ、端が少し破れていた。

 だが、本体のダメージは軽微だ。S級魔道具の耐久力は伊達じゃない。


 問題は、中身だ。

 風呂敷の結び目が緩み、中からある物が転がり出ていた。


 ひしゃげた、曲げわっぱの弁当箱。

 蓋が弾け飛び、中身が泥の中に散乱している。


 ふっくらと炊き上げた白米。

 丁寧に骨を抜いた焼き鮭。

 甘い卵焼き。


 それらが、無惨にも押し潰され、泥にまみれ、原形を留めない生ゴミへと変貌していた。


「…………あ」


 俺の口から、乾いた音が漏れた。

 時間が止まったような気がした。


 これは、第90階層で食べた昼食のおにぎりではない。あれは完食した。

 これは、第99階層でみんながBBQを食べている最中、俺がこっそりと五右衛門の中で仕込んでおいた、『夕食用の特製弁当』だ。

 この戦いが終わったら、みんなで食べるはずだった。


 「今日は残業だから、夜食が必要だな」と思って用意した、俺のささやかな楽しみ。


 それが。

 ただの泥の塊になっている。


『ふん、なんだそれは。薄汚い飯か? 貴様の命より大事なものかね?』


 頭上から、嘲笑う声が降ってきた。

 リーダーは、潰れた弁当を見て鼻で笑った。


『安心しろ。すぐに貴様らも同じ肉塊に変えてやる』


 プツン。


 俺の中で、何かが焼き切れる音がした。

 それは理性のヒューズであり、長年自分に課してきた「安全第一」「事なかれ主義」というリミッターだった。


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 足元の泥まみれの米粒を、そっとハンカチで包み、ポケットに入れる。


「……おい」


 俺の声は、自分でも驚くほど低く、冷え切っていた。

 戦場の喧騒がかき消え、俺の声だけが奇妙に響き渡る。


「今何時だ」


『は? 命乞いにしては変なことを聞く――』


「答えろ。今何時だ」


 俺が顔を上げると、リーダーの言葉が詰まった。

 俺の目を見て、本能的な恐怖を感じたのだろうか。


「じ、18時……18時15分だが……」


 18時15分。

 俺の定時は、18時だ。


「……そうか。過ぎてたか」


 俺は深く、深く息を吐いた。

 肺の中の空気をすべて入れ替えるように。

 そして、腰のナイフを抜いた。

 錆びついた安物のナイフ。だが今の俺には、それが伝説の聖剣よりも頼もしく感じられた。


「定時を過ぎた。ここからは残業だ」


 俺の体から、魔力ではない、もっと根源的な「圧」が立ち昇る。


「俺は残業が嫌いだ。だから、高くつくぞ。……残業代は、てめぇらの命で払ってもらう」


 俺がナイフを構えた、その瞬間だった。


 バーンッ!!


 唐突に、戦場に似つかわしくない、風船が割れるようなコミカルな破裂音が響いた。


「……?」


 俺も、リーダーも、S級たちも動きを止める。

 音の出処は、ポチだった。

 敵の攻撃を受け止め、傷だらけになっていた巨大フェンリル。

 その体が、限界を迎えて弾け飛んだ――のではない。


 ボフゥッ! と舞い散る大量の白い毛と光の粒子。

 その煙幕の中から、スポーン! と勢いよく飛び出してきたのは――。


「キャウン!(脱げた!)」


 つるんとした、一回り小さなポチだった。

 傷ついた外側の巨大な毛皮と魔力殻を、まるで着ぐるみのように「脱ぎ捨て」、中から無傷の新品ボディが出てきたのだ。

 いわゆる「脱皮」である。いや、緊急回避のための「強制パージ」か。


 ポチは空中でくるりと回転し、スタッと俺の足元に着地した。

 そして、クリクリした瞳で俺を見上げ、首を傾げる。

 尻尾をプロペラのように振っている。


「ワフ?(パパ、怒ってる?)」


 あざとい。

 あまりにもあざとい。

 絶望的な戦場、激怒する主人、その足元で「一皮むけてスッキリしました!」という顔をする能天気な犬。

 そのあまりの空気の読めなさに、俺の怒りの沸点が逆に一周回って、氷のような冷静さへと昇華された。


「……ああ、怒ってるぞ。だが、お前にじゃない」


 俺はポチの頭を撫でた。

 ポチは嬉しそうに俺の手に頭を擦り付ける。


「ポチ。……あの肉団子、食いたいか?」

「ワフッ!(不味そう! でも食う!)」

「そうか。なら、俺が『調理』してやる。……食いやすいサイズにな」


 俺は一歩踏み出した。

 その一歩は、これまでのように気配を消すものではない。

 世界に己の存在を刻みつけるような、重く、鋭い一歩。


 ――封印解除。『虚空殺』奥義・【無尽解体】。


 俺の姿が、陽炎のように揺らぐ。

 消えたのではない。「認識の外」へ移動したのだ。


『なっ……!? 消え……どこだ!?』


 リーダーが狼狽する。

 俺はすでに、巨獣の懐に入り込んでいた。

 瞳のナビゲートはいらない。

 怒りによって研ぎ澄まされた俺の五感は、巨獣の魔力の流れ、血管の拍動、筋肉の繊維……その全てを、まるでレントゲン写真のように透過して捉えていた。


 ヒュンッ。


 ナイフを一振り。

 それだけで、巨獣の右前脚を支える腱が切断された。


 ズシンッ!


 支えを失った巨体が傾く。


『グオオオオッ!?』

『バカな! あの硬度を、魔法もなしで!?』


 リーダーの悲鳴を無視し、俺は踊るように刃を振るった。

 斬撃は見えない。

 ただ、俺が通った後に、遅れて空間に「線」が走り、物体がズレる。


 ヒュン、ヒュン、ヒュパパパパンッ!


 一秒間に数十撃。

 装甲の隙間、魔力障壁の切れ目、再生能力の核。

 あらゆる「急所」を、的確に、無慈悲に切り裂いていく。


 ボト、ボトボトッ。


 巨獣の身体から、触手が、角が、装甲板が、不要なパーツとして剥がれ落ちていく。

 それは戦闘ではない。

 巨大なマグロを解体ショーで捌くような、一方的で事務的な「作業」だった。


「すげぇ……。師匠、本気出すとあんな動きすんの……?」


 ゆき子が口を開けて呆然としている。


「速いとかそういう次元じゃないわ。……彼、対象を『敵』として見ていない。『食材』として処理しているわ」


 しずかが戦慄する。


 そう。俺にとってこいつはもう、恐怖の対象ではない。

 ただの「下処理が面倒な肉」だ。

 弁当を潰した報いだ。丁寧に、時間をかけて、絶望を味あわせてやる。


『や、やめろ! 近づくな! この化け物め!』


 リーダーが半狂乱で叫び、砲塔からレーザーを乱射する。

 だが、その射線上に俺はいない。

 俺は巨獣の背中に駆け上がり、リーダーの目の前に着地した。


「……化け物はお互い様だろ」


 俺はナイフを、リーダーの鼻先に突きつけた。

 切っ先についた青い血が、ポタリと滴る。


「言ったよな。神の力を得るって」

「ひ、ひぃっ……!」

「残念だったな。神様は、弁当を粗末にする奴には微笑まないんだよ」


 俺はナイフを振りかぶった。

 トドメは刺さない。

 まだだ。まだ「調理」は終わっていない。

 こいつには、自分の作った最高傑作が、ただの肉片へと変えられていく様を、特等席で見届けてもらわなければならない。


「……メインディッシュの時間だ。たっぷりと味わえ」


 俺の宣告と共に、巨獣の左半身が、自重に耐えきれずに崩壊を始めた。

 断面は、鏡のように滑らかだった。


 残業確定の夜。

 アパートで待つ夕飯のことを考えながら、俺は冷徹に、そして淡々と、世界を救うための「解体作業」を続行した。


 戦いはまだ終わらない。

 この巨大な食材を、完全に「料理」し尽くすまでは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ