第44話 S級たちの狂宴
東京大迷宮、地下91階層。
ここは、人類が未だかつて足を踏み入れたことのない領域、『深淵』の深奥部。
出現する魔物は、地上なら一匹で街を壊滅させる災害級ばかり。
常識的に考えれば、一歩進むのに数日を要する死地だ。
だが、今の俺たちにとって、そこは単なる「通勤路」でしかなかった。
「邪魔だァッ!!」
轟音と共に、紫電が走る。
S級探索者、ジーク・ヴァイス。
彼が愛剣『雷切』を一閃させると、行く手を阻んでいた『アダマンタイト・ゴーレム』の群れが、紙細工のように両断され、断面から溶解して崩れ落ちた。
「硬いですね。……でも、私の剣よりは脆いです」
続いて舞うのは、A級筆頭、高橋すず。
彼女の『氷剣』が振るわれるたび、襲いかかる『フレイム・ワイバーン』たちが空中で凍結し、氷像となって地面に砕け散る。
炎を吐く暇さえ与えない、絶対零度の制圧。
「ふんっ! どきなさい!」
そして、S級ポーター、山田しずか。
彼女は武器を持っていない。
ただ、道端にあった家ほどの大きさの岩盤を引き剥がし、それを砲丸投げの要領でブン投げた。
ズドオオオオォォォッ!!
岩塊がボウリングの球となり、迫りくるオーク・キングの大軍をまとめて彼方へと吹き飛ばす。
「ヒャッハー! アタシのステップについてこれる!?」
戦場の隙間を縫うように駆けるのは、B級ダンサー・山本ゆき子。
彼女は攻撃力こそ彼らに及ばないが、その変則的な動きで魔物を翻弄し、同士討ちを誘発させている。
そして、その中心を突き進む白銀の巨影。
巨大化したフェンリル、ポチだ。
その背中には俺が乗っている。
「……ひどいな」
俺、鈴木悠作は、仲間たちの暴れっぷりに半ば呆れていた。
これは攻略ではない。災害が災害を蹴散らして進んでいるだけだ。
だが、俺には俺の仕事がある。
「五右衛門、回収モードだ。取りこぼすなよ」
『合点でヤンス、旦那! 食材の墓場でヤンスねぇ!』
俺はポチの背中から飛び降り、戦場を滑るように駆け抜けた。
俺の役割は戦闘ではない。「後始末」だ。
ジークが切り裂いたゴーレムの残骸。
その中心核である『魔導コア』が地面に落ちる前に、俺はスライディングで接近し、素手でキャッチして五右衛門に放り込む。
すずが凍らせたワイバーン。
氷が砕ける一瞬の隙に、ナイフを振るい、最も美味な『尾の肉』と、素材価値の高い『火炎袋』だけを外科手術のような精度で切り出す。
しずかが吹き飛ばしたオーク・キング。
空中に舞う武器や防具を、五右衛門が展開した「捕食アーム」が次々と絡め取っていく。
「……よし。全部拾った」
俺は再びポチの背中に飛び乗った。
所要時間、コンマ数秒。
俺たちが通り過ぎた後には、塵一つ残らない。
完璧なSDGsだ。
95階層、96階層、97階層……。
階層を下るごとに、魔物の密度と強度は増していく。
だが、S級たちの勢いは止まらない。むしろ、深層の濃密な魔力を浴びて活性化しているようだ。
「ははは! 楽しいですねマスター! これぞ修羅の道!」
「悠作さん、私、新しい魔法を思いつきました!」
「いい負荷ね。プロテインが欲しくなってきたわ」
戦闘狂たちの狂宴。
だが、さすがに99階層に到達した頃には、全員の肩で息をする音が大きくなっていた。
99階層、『冥府の門』。
最下層への入り口を守る、広大な広場だ。
そこには魔物の姿はない。ただ、圧倒的な威圧感を放つ巨大な黒い扉がそびえ立っているだけだ。
「……着いたか」
俺はポチを止めた。
扉の向こうからは、禍々しい気配――スタンピードの元凶であり、師匠が挑んだであろう「何か」の気配が漏れ出している。
「突入しますか、マスター」
ジークが剣の血を振り払いながら問う。
「いや」
俺は首を横に振った。
「その前に休憩だ。……お前ら、腹が鳴ってるぞ」
俺の指摘通り、静寂に包まれた広場に、グゥゥゥ……という音が四重奏で響いた。
S級といえど人間だ。これだけの激戦を連戦すれば、エネルギーは枯渇する。
特に、脳と筋肉への糖分供給が限界に来ているはずだ。
「最後の戦いだ。万全の状態で挑む」
俺は五右衛門を下ろし、簡易キッチンを展開した。
「今日はガッツリ系で行くぞ。……カロリーの暴力だ」
俺が取り出したのは、巨大な豚の肩ロース肉の塊。
『レッド・ボア』の上質な赤身と脂身が層になった、3キログラム級のブロック肉だ。
「『バーベキューポーク』を作る」
本来なら時間をかけて低温調理するものだが、今は時間がない。
そこで、俺は魔法を使う。
「しずか、この肉を叩け。繊維を壊して柔らかくするんだ」
「任せて。……ふんッ!」
しずかの掌底が肉に炸裂する。
衝撃が内部に浸透し、一瞬で肉質が柔らかくなる。S級マッサージだ。
次に、フォークで無数に穴を開け、タレに漬け込む。
タレは、ケチャップ、ウスターソース、蜂蜜、醤油、そしてたっぷりのニンニクと、燻製パプリカパウダーを混ぜた特製BBQソース。
これを五右衛門の「時間加速・圧力鍋モード」に放り込む。
数分後。
味が中心まで染み込んだ肉を、高温のフライパンで焼き上げる。
ジュワアァァァァァッ!!
脂が爆ぜる音。
肉の焼ける香ばしい匂いと、ソースの甘辛い香りが広場に充満する。
表面をカリッと焼き固めたら、蓋をして蒸し焼きにし、余熱で火を通す。
焼き上がった肉塊を、厚切りにする。
断面から透明な肉汁が溢れ出し、ピンク色の肉が顔を出す。
その上から、煮詰めたソースをたっぷりとかける。
「飲み物はこれだ」
俺はミキサーを取り出した。
疲れた脳には、即効性のある糖分が必要だ。
バニラアイスクリーム、牛乳、そして板チョコを割り入れる。
さらに、隠し味にピーナッツバターをスプーン一杯。
ガガガガッ!
ドロリとした褐色の液体が出来上がる。
グラスに注ぎ、ホイップクリームとチェリーを乗せる。
『チョコレート・ミルクシェイク』。
アメリカンダイナーの定番にして、悪魔的なカロリー爆弾だ。
「「「いただきます!!」」」
全員が肉に喰らいつく。
ナイフなどいらない。手づかみで、厚切りのポークにかぶりつく。
「……んんっ!!」
ゆき子がのけ反った。
「柔らかっ! なにこれ、噛まなくても解ける! ソースが濃くて最高!」
甘辛いBBQソースが、豚肉の脂の甘みを極限まで引き立てている。
しずかのマッサージのおかげで、筋っぽさは皆無だ。
口の中で肉がホロホロと崩れ、濃厚な旨味が広がる。
「……力が、湧いてきます」
ジークが無心で肉を貪る。
「消費した魔力が、脂と共に補填されていく……。この野性味、闘争本能が刺激されます」
すずは、シェイクをストローで吸い上げた。
ズズッ、ズズズッ。
「ん〜っ! 甘いです! 脳が痺れるくらい甘くて冷たいです!」
濃厚なチョコレートとバニラの甘み。ピーナッツバターのコク。
それが、肉の脂っこさを中和するのではなく、さらなる満足感へと昇華させる。
しょっぱい肉と、甘いシェイク。
交互に口に運べば、永久機関の完成だ。
「はぁ……。生き返るわね」
しずかも豪快にシェイクを飲み干す。
「糖質と脂質とタンパク質のコンボ……。普段なら悲鳴を上げるところだけど、これからの戦いを考えれば、これくらいが適正ね」
足元では、巨大化したままのポチが、肉塊をバリバリと骨ごと噛み砕いている。
「ガウッ!(もっとくれ!)」とシェイクのボウルにも顔を突っ込み、口の周りをチョコだらけにしている。
「……よし。食ったな」
俺は最後の肉を胃に収め、立ち上がった。
満腹感と共に、体の芯から熱が生まれる。
恐怖はない。不安もない。
あるのは、満ち足りた充足感と、それを脅かす敵への闘志だけだ。
「行くぞ。……この扉の向こうで、全てを終わらせる」
俺たちは『冥府の門』の前に立った。
ジークとすずが剣を構える。
しずかが拳を握る。
ゆき子がステップを踏む。
ポチが低く唸る。
俺は五右衛門から、一本の鍵を取り出した。
師匠のリュックに入っていた、古びた鍵。
ガチャリ。
鍵穴が回り、重厚な扉が地響きを立てて開き始める。
溢れ出す瘴気。
その奥から、何者かの嘲笑うような気配が漂ってきた。
「……お待たせしました。デリバリーの時間だ」
俺は不敵に笑い、暗闇へと足を踏み入れた。
S級たちの狂宴は、まだ終わらない。
ここからが、メインディッシュだ。




