表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/43

第33話 昨日の敵は今日のストーカー

 月曜日。

 昨日のS級昇格試験という名の「公開処刑」から一夜が明けた。


 世間では、俺、鈴木悠作がS級探索者に昇格したというニュースよりも、最強の剣士「雷帝」ジーク・ヴァイスの勝負パンツが「ファンシーなクマさん柄」だったという話題で持ちきりだった。

 ネットニュースのトップには、『雷帝、敗北! クマさんに癒やされる視聴者続出』『あのパンツはどこで売っているのか? 特定班が始動』といった見出しが踊っている。


 俺としては、彼には同情する。

 だが、それ以上に「これでやっと平穏な日常が戻ってくる」という安堵感の方が強かった。


 午前7時。

 俺はいつものように起床し、ポチの散歩と朝食の準備を済ませ、アパート『ひまわり荘』を出た。

 今日は協会の呼び出しもない。久しぶりに自分のペースで、近場の浅層ダンジョンで食材集めでもしよう。

 そう思って、補強された鋼鉄製のドアを開けた瞬間だった。


「…………」


 目の前に、土下座をしている男がいた。


 場所は、アパートの共用廊下。

 築40年の古びたモルタルの床に、額を擦り付けんばかりに平伏している金髪の男。

 昨日、俺と戦った「雷帝」ジーク・ヴァイスだ。


 彼は昨日のボロボロの状態とは違い、仕立ての良さそうな真新しい高級スーツに身を包んでいた。髪も整えられている。

 だが、その背中からは、昨日の傲慢さは消え失せ、代わりに悲壮感と、何かに取り憑かれたような異様なオーラが漂っている。


「……おい、何してる」

「はっ! おはようございます、師匠!」


 俺が声をかけると、男はバネ仕掛けのように顔を上げた。

 整った顔立ち。鋭い碧眼。

 しかしその目は充血し、隈ができている。一睡もしていない顔だ。


「……お前、昨日あれだけ恥かいて、よく顔を出せたな」

「恥? ……ええ、かきましたとも!」


 ジークは立ち上がり、胸を張って叫んだ。

 近所迷惑な声量だ。


「全世界に趣味を晒し、プライドをへし折られた! だが、それ以上の衝撃だったのです! 貴方のあの技術! 既存の武術理論を覆す、神域の体捌き!」

「……声がでかい」

「一晩考えましたが、どうしても解法が見つからない! 恥も外聞も捨てて参りました! どうか私に、その極意をご教示願いたい!」


 ジークがジリジリと詰め寄ってくる。

 昨日の敵対心はどこへやら、完全に「狂信者」の目になっていた。

 エリートが一度折れると、反動でこうなるのか。むしろ昨日より厄介だ。


「教えることなんてない。あれはただの……家事の延長だ」

「家事!? まさか、あの神速のベルト切断が、家事スキルだと言うのですか!?」

「ああ。魚を三枚におろす時の手首のスナップと一緒だ」

「なんと……! 料理とは、そこまで深淵なものだったのか……!」


 勝手に納得して震えている。

 面倒くさい。とにかく面倒くさい。

 俺はため息をつき、彼を無視して階段を降りようとした。

 だが、ジークは俺の行く手をサイドステップで塞いだ。速い。無駄にS級の動きだ。


「どけ。仕事に行くんだ」

「なら私も同行します! カバン持ちでも靴磨きでも何でもする!」


 グゥゥゥゥ……。


 その時、ジークの腹から雷鳴のような音が響いた。

 昨日から何も食わずに考え込んでいたのだろう。


「……はぁ」


 俺は足を止めた。

 空腹の人間を放っておくのは、料理人の矜持に反する。

 それに、このまま外で騒がれて警察沙汰になるよりはマシだ。


「……入れよ。残り物でいいなら食わせてやる。食ったらすぐ帰れよ」

「! かたじけない、マスター!」


 部屋に入ると、ポチが「うわ、変なのが来た」と露骨に嫌な顔をして、五右衛門の中に潜り込んだ。

 俺はジークをちゃぶ台の前に座らせ、キッチンに立った。


 冷蔵庫にあるのは、昨日の残りの豚ロース薄切り肉と、使いかけの玉ねぎ。

 パパッと作れるものといえば、これしかない。


「『生姜焼き』でいいか?」

「ショウガヤキ……? 東方の島国の料理ですか。頂いたことはありませんが、毒でなければ何でも」


 俺はフライパンを火にかけ、豚肉を広げて焼く。

 脂身から出た油で、薄切りにした玉ねぎもしんなりするまで炒める。

 肉の色が変わったら、合わせておいたタレを一気に流し込む。


 醤油、酒、みりん、砂糖。そしてたっぷりのすりおろし生姜。


 ジュワアァァァァッ!!


 醤油が焦げる香ばしい匂いと、生姜の爽やかな刺激臭が狭い部屋に充満する。

 これぞ、日本の定食屋の香りだ。

 最後にタレを煮詰め、肉にしっかりと絡める。


 千切りキャベツを山盛りにした皿に、熱々の肉をドサッと乗せる。

 フライパンに残ったタレも、余さずにかける。キャベツがタレを吸ってしんなりするのがまた美味いのだ。

 丼飯と味噌汁を添えて、完成。


「食え」

「……これが、ショウガヤキ……」


 ジークは箸をぎこちなく持ち、肉と玉ねぎをまとめて掴んだ。

 そして、口に運ぶ。


「……っ!!」


 咀嚼した瞬間、カッ! と目を見開いた。


「なんだこれは!? 辛味と甘味、そして塩気のバランスが絶妙だ! 豚肉の脂の甘さを、この茶色いソースが極限まで引き立てている!」


「ご飯に乗せて食ってみろ」


 言われるがまま、ジークは肉を白飯にバウンドさせ、タレの染みた米ごとかき込んだ。


「美味い!! なんだこの破壊力は! 魔力が……身体の奥底から湧き上がってくるようだ!」


 ただの糖質とタンパク質と塩分だ。

 俺は冷蔵庫からマヨネーズを取り出し、彼の皿の脇にニュッと絞った。


「味変だ。つけてみろ」

「この白い物体を……?」


 ジークは恐る恐る、生姜焼きにマヨネーズを少しつけ、口に入れた。

 その瞬間、彼の背後に稲妻の幻影が見えた気がした。


「……罪の味がする」

「だろ?」

「濃厚なコクと酸味が加わり、暴力的なまでの旨味に進化しました。……マスター、貴方は天才か?」


 ジークは一心不乱に箸を動かし始めた。

 さっきまでの気取った態度はどこへやら、口の周りをタレだらけにして丼飯をかき込んでいる。

 その姿は「雷帝」ではなく、ただの食いしん坊な若者だった。


 やれやれ。

 俺がコーヒーを淹れようとした時、インターホンが鳴るより早く、ドンドンドン! とドアが叩かれた。


「ちょっと悠作! いるんでしょ! 開けなさいよ!」

「……みのりか」


 この暴力的なノックと声。間違いない、伊藤みのりだ。

 俺はドアを開けた。そこには、いつものパンツスーツ姿で、眉を吊り上げたみのりが立っていた。


「おはよう、悠作。ライセンス更新の手続きに来たんだけど……」


 言いかけて、みのりの言葉が止まった。

 彼女の視線が、部屋の中――正座して白飯をかき込む金髪の男に釘付けになる。


「……は? なんでジークがいんの? しかもなんで普通にご飯食べてんのよ!?」

「おかわり!」

「自分でよそえ」


 俺はジークを一瞥し、頭を抱えるみのりに向き直った。


「すまん、変なのが居座っててな。用事ってのは手続きだけか?」

「そうよ。……でも、この状況じゃ無理ね。私の胃が死ぬわ」

「だよな。場所を変えよう。今すぐに」


 俺はサンダルを突っ掛けた。

 このままここにいたら、ジークの「弟子入り問答」が再開してしまう。

 それに、久しぶりにみのりと話したいこともあった。


「おいジーク。食ったら食器は洗って帰れよ。絶対に帰れよ」

「ま、待ってくださいマスター! まだ修行の申し込みが!」

「五右衛門、見張ってろ!」

『合点でヤンス!』


 俺はみのりの手首を掴み、強引にアパートの外へと連れ出した。


 駅前のカフェ。

 平日の午前中ということもあり、店内は空いていた。

 俺たちは奥のボックス席に座り、とりあえずコーヒーを注文した。


「……はぁ。ほんと、あんたの周りってロクなこと起きないわよね」

「否定はしない。……餌付けされた野良犬が増えただけだと思ってくれ」


 俺は苦笑しながらコーヒーを啜った。

 みのりは「野良犬って……S級よ?」と呆れつつ、タブレットを取り出して事務的な説明を始めた。

 S級昇格に伴う報酬の増額、アクセス権限の拡大、そして協会からの専属契約のオファー。


 一通りの説明が終わると、みのりはタブレットを閉じ、大きく息を吐いた。


「ふぅ……。これで事務手続きは完了。お疲れ、S級探索者・鈴木悠作」

「よしてくれ。俺はただの荷物持ちだ」

「いつまで言ってんのよ。もう通用しないわよ、それ」


 みのりがニカっと笑う。

 仕事モードの険しさが抜けたその笑顔を見ると、俺も少し肩の力が抜けた。


「……なあ、みのり。この後、時間あるか?」

「え? あー……まあ、今日は直帰予定だから、このまま上がれるけど」

「なら、少し付き合ってくれないか。……美味い店、見つけたんだ」


 俺の言葉に、みのりの目が丸くなった。

 そして、みるみるうちに頬が朱に染まり、疑るような目で俺を見てくる。


「……はあ? それ、デートの誘いってことでいいわけ?」

「まあ、そうなるかな。いつも迷惑かけてるお詫びと、昇格祝いってことで」


 みのりは口元を押さえ、少し視線を泳がせた後、小さく頷いた。


「……行くわよ。タダ飯なら付き合ってあげる。……昇格祝い、期待してるから」


 俺が案内したのは、路地裏にある隠れ家的な洋食屋だった。

 ランチタイムを過ぎているので、客は俺たちだけだ。


「へえ、いい雰囲気じゃない」

「だろ? ここのデミグラスソースが絶品なんだ」


 俺たちが注文したのは、名物の『特製オムライス』。

 ふわふわの卵の上に、黒に近い濃厚なデミグラスソースがかかっている。


 みのりはスプーンで一口食べると、驚いたように目を見開いた。


「……んっ! 何これ、美味しい……! 卵トロトロじゃない」

「胃薬ばっかり飲んでる胃には、こういう優しいのが一番だろ」

「うっさいわね……。誰のせいで胃が荒れてると思ってんのよ」


 みのりは憎まれ口を叩いたが、その表情は協会で見せる疲れた顔とは別人のように明るかった。

 俺たちは、仕事の話抜きで色々な話をした。

 ポチの成長具合、ゆき子のアパート占拠問題、すずの意外な天然エピソード。


 話しているうちに、俺は改めて思った。

 彼女は、俺の周りの「規格外」な連中の中で、唯一の常識人であり、俺が一番自然体でいられる相手なのかもしれない。


「……あのさ、悠作」


 食後の紅茶を飲んでいる時、みのりが改まった様子で切り出した。


「私、担当があんたで良かったのかもね」

「そうか? 胃痛の原因だろ?」

「ま、否定はしないけど。……でも、退屈はしなかった。毎日が驚きの連続で、ハラハラして……でも、あんたが作る料理や、何気ない優しさに触れるたびに、頑張ろうって思えたのよ」


 みのりは真っ直ぐに俺を見て言った。

 その瞳は潤んでいて、揺るがない信頼の色があった。


「あんたの背中、私が守ってあげるわよ。……書類仕事と隠蔽工作でね」

「はは、頼もしいな。……よろしく頼むよ、最高のパートナー」


 俺たちはグラスを軽く合わせた。

 甘い雰囲気が漂う。

 アパートでのドタバタを忘れ、穏やかな時間が流れる――はずだった。


 その時、俺の脳内に直接、焦ったような声が響いた。

 魔法契約を結んでいる『五右衛門』からの念話だ。


『旦那! 大変でヤンス! あのクマパンツ男が「食後の運動だ」とか言って、アパートの壁をぶち抜いてトレーニングを始めやがったでヤンス!』

『あと、純子の嬢ちゃんがライフル持って屋上に陣取ったでヤンス! 戦争でヤンス! 早く帰ってきて!』


「…………」


 俺は無言で、持っていたティーカップをソーサーに戻した。

 みのりが「また?」と言いたげに首を傾げる。


「どうしたのよ?」

「いや……。どうやら俺の『日常』は、まだ遠いみたいだ」


 俺は苦笑し、伝票を掴んだ。


「行くぞ。……トラブル発生だ」


 デートはこれにて終了。

 だが、みのりと過ごした短い時間は、俺にとってS級ライセンスよりも価値のある報酬だった。


 俺たちは店を出て、戦場へと走り出した。

 夕日が、俺たちの背中を長く伸ばしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ