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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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第31話 見えざる弾丸と虚空の一閃

 日曜日、午前。

 探索者協会本部、第3演習場。

 満員の観客が見守る中、S級昇格試験という名の「公開処刑」の幕が上がった。


 ブォォォォォォン!!


 試合開始のブザーが鳴り響くと同時に、世界が白く染まった。


「消えろォッ!」


 S級探索者、「雷帝」ジーク・ヴァイスが動いた。

 その全身から放たれる高電圧の魔力が、空気をイオン化させ、爆発的な推進力を生む。


 『雷瞬』。


 雷のような速度で間合いを詰め、不可避の一撃を叩き込む、彼の代名詞とも言える高速移動術だ。


 10メートルの距離が、ゼロになる。

 観客の目には、ジークが瞬間移動したように見えただろう。

 目の前に現れた雷の化身が、魔剣『雷切』を横薙ぎに振るう。

 触れれば炭化必至の、致死の一撃。


 だが。


「……眩しいな」


 俺、鈴木悠作は、目を細めて半歩下がった。

 回避行動ですらない。

 ただ、満員電車で隣のおっさんが新聞を広げた時に、少し体を引くような、そんな日常的な動作。


 ブンッ!


 雷切の刃が、俺の鼻先数センチを通過する。

 放電による火花が睫毛を焦がすが、それだけだ。

 直撃はしていない。


「……あ?」


 ジークの顔が驚愕に歪む。

 必殺の間合い、必殺のタイミングだったはずだ。

 それを、まるで散歩中の野良猫を避けるような気軽さで躱されたのだから、無理もない。


「逃げるな! このドブネズミが!」


 ジークが追撃に移る。

 上段からの唐竹割り。突き。逆袈裟。

 嵐のような連撃が俺を襲う。

 一撃ごとに雷鳴が轟き、アリーナの床が砕け散る。


 しかし、当たらない。

 俺は最小限の動きで、その全てを「処理」していた。

 剣が振り下ろされる軌道予測線。魔力の流れる予備動作。筋肉の収縮。

 それら全ての情報が、長年のポーター経験によって、無意識のうちに脳内で処理されていく。


(……うるさいし、煙たいな。早く終わらせて帰りたい)


 俺の思考は、目の前の強敵よりも、昨夜のフレンチトーストの残りのことや、ポチの散歩のことに向いていた。

 スキル【虚空殺】の応用。

 殺気や闘気を完全に消すことで、相手に「的」としての認識をさせない。

 ジークからすれば、暖簾に腕押し、あるいは幻影と戦っているような感覚だろう。


 その異様な光景に、最前列のVIP席で観戦していた女性陣が息を呑む。


「……凄いです。ジークさんの剣速は、通常のカメラでは捉えきれないレベルです。でも……」


 高橋すずが、手作り団扇を握りしめて呟く。

 彼女の動体視力をもってしても、二人の攻防は残像にしか見えない。

 だが、結果だけははっきりと分かる。

 悠作は、一歩も下がっていない。そして、一度も剣に触れていない。


「悠作、あえて受け流しているわね」


 隣で腕を組んでいたS級ポーター、山田しずかが冷静に分析する。


「ジークの剣は速いけれど、殺気が先行しすぎているわ。悠作は、その殺気の『重心』を読んで、自分の重心をコンマ数ミリずらしているだけ。……まるで、重い荷物を背負ったまま人混みを歩く時のような、完璧な身体制御よ」

「わかる! 師匠のリズム、マジ神懸かってる!」


 山本ゆき子がメガホンを叩いて同意する。


「……エネルギー効率の差が歴然です」


 中村瞳は、タブレットに表示される数値を凝視していた。

 画面上のジークの魔力消費グラフは乱高下を繰り返しているが、悠作のグラフはほぼフラットだ。


「ジークは一撃ごとに膨大な魔力を浪費しています。対して鈴木さんは、必要最小限の筋出力しか使っていません。燃費で言えば、ジェット戦闘機とハイブリッドカーほどの差があります。……論理的に見て、ジークに勝ち目はありません」


 彼女たちの分析通り、戦況は膠着しているように見えて、実は一方的だった。

 ジークが攻めれば攻めるほど、彼は消耗し、焦り、隙を晒していく。

 悠作はただ、それが致命的な隙になるのを待っているだけなのだ。


「ワフッ!(やっちまえ!)」


 ポチがすずの膝の上で、行儀よく尻尾を振っている。

 飼い主の勝利を確信している余裕の表れだった。


 一方その頃。

 会場の喧騒から遥か頭上。

 ドームの天井付近に設置された、照明用のメンテナンス用通路。

 立ち入り禁止のその場所に、一人の人影があった。


 コンビニの制服を着た少女、山口純子。

 彼女は手すりに片膝をつき、愛用の対物魔導ライフル『ブラック・ウィドウ』を構えていた。

 スコープの十字線が、眼下で暴れ回るジークの姿を捉えている。


「……あらあら。随分と元気な害虫ですね」


 純子の声は、冷房の風よりも冷たかった。

 彼女は今日、シフトが入っていると言って悠作の誘いを断ったが、それは表向きの理由だ。

 本来の目的は、この特等席からの「警備」である。


「悠作さんに怪我をさせたら、即座に脳天を撃ち抜きますが……」


 彼女の指がトリガーにかかる。

 使用弾頭は、特製の『非致死性衝撃弾』。

 殺傷能力はないが、当たれば骨が砕けるほどの衝撃を与える。

 昨夜、カイト信者を撃退したのと同じものだ。


「……ふふ、悠作さん。あの程度の相手、遊んでいらっしゃいますね?」


 スコープ越しに見る悠作の表情は、真剣勝負のそれではない。


 「夕飯何にしようかな」と考えている時の顔だ。


 純子はその横顔にうっとりと見惚れつつ、ジークの動きに注意を戻した。


「……おや?」


 ジークの動きが変わった。

 焦りからか、あるいはパフォーマンスのためか。

 彼が大きく距離を取り、剣を天に掲げたのだ。

 その刀身に、会場中の魔力が集束していく。


「見せてやるぜ……! 俺の最強の奥義をな!」


 ジークが叫ぶ。

 天井の照明が明滅し、バチバチという不快な音が会場を包む。

 広範囲殲滅魔法『トール・ハンマー』。

 アリーナ全体を雷撃で焼き尽くす、S級ならではの大技だ。


「……悠作さん、避けるのが面倒くさそうにしていますね」


 純子は悠作の眉間のしわを見逃さなかった。

 あの大技が発動すれば、回避しても余波で服が焦げたり、髪が逆立ったりする。

 悠作にとって、それは「非常に面倒な事態」なのだ。


「わかりました。……お手伝いしますね♡」


 純子は呼吸を止めた。

 風を読む。ドーム内の空調の流れ、観客の熱気による上昇気流。

 すべてを計算し、照準を修正する。

 狙うのは、ジークの頭ではない。

 彼が魔力を溜めるために踏ん張っている、右足の踵。

 そこにある、わずかな「隙」だ。


 アリーナ中央。

 ジークの周囲でプラズマが弾け、空間が歪む。


「消し飛びな! 『トール・ハンマ――』」


 詠唱が終わる。

 雷撃が放たれる直前。


「……面倒だ、終わらせるか」


 俺は小さく呟き、一歩前に出た。

 逃げるのではない。踏み込むのだ。

 雷が落ちてくるよりも速く、発生源を潰す。

 狙うのは首でも心臓でもない。

 この茶番を終わらせるための、一点。


 俺が地面を蹴った、その瞬間。


 シュッ。


 ドームの天井から、一筋の「見えない線」が走った。

 誰にも気づかれない、音速の守護。

 純子の放ったゴム弾が、寸分の狂いもなくジークの右足の踵に着弾した。


「……ッ!?」


 ジークの表情が凍りつく。

 踏ん張っていた軸足が、予期せぬ衝撃で外側に弾かれたのだ。

 魔力を放出する瞬間の、最も無防備な体勢。

 バランスが崩れる。

 溜め込まれた魔力が暴走し、狙いを外して天井へと散っていく。


「な、に……!?」


 ジークが体勢を立て直そうとする。

 だが、遅い。

 その一瞬の隙は、俺にとって十分すぎるほどの時間だった。


 俺はジークの懐に滑り込んでいた。

 手には、錆びかけた安物のナイフ。

 殺意はない。あるのは「作業」としての正確さだけ。


 ――スキル【虚空殺】・改。


 俺はすれ違いざまに、ナイフを一閃させた。

 狙いは、ジークの腰。

 魔導アーマーの継ぎ目にある、革製のベルト。


 ザンッ。


 手応えがあった。

 俺はそのまま走り抜け、ジークの背後で立ち止まり、ナイフを鞘に収めた。


 カチン。


 ナイフが収まる音が、静まり返った会場に響いた。

 ジークは呆然と立ち尽くしている。

 彼自身、何が起きたのか理解していないだろう。

 足元の衝撃と、一瞬の交錯。

 自分が斬られたのかどうかも分からずに。


「……ハッ! 外したか! この鈍間が!」


 ジークが勝ち誇ったように叫び、振り返ろうとした。

 だが、その動作が、最後の引き金となった。


 ズルッ。


 不穏な音がした。

 ジークの腰から、何かが滑り落ちていく感覚。


「……え?」


 ジークが視線を下ろす。

 そこには、切断されたベルトと、重力に従って足首まで落下したズボンがあった。

 そして、露わになったのは――。


 派手なピンク色の、クマさんのイラストがプリントされた勝負パンツ。

 S級探索者、雷帝ジークの威厳が、音を立てて崩れ去った瞬間だった。


 会場の数万人の視線が、その一点に集中する。

 静寂。

 そして次の瞬間、ドームを揺るがすほどの爆笑とどよめきが巻き起こることを、俺は確信していた。

 

 天井のキャットウォークで、純子が「任務完了♡」と小さくVサインを出していることなど、俺は知る由もなかった。

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