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実力S級の俺、配信切り忘れで「虚無顔でボスを瞬殺する姿」が全国放送されてた件。今さら「ただの荷物持ち」とは言えない 〜定時で帰りたいので、追放してくれてありがとう〜  作者: U3
第3章:S級昇格・ライバル対決編

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第30話 開戦前夜ならぬ開戦当日の憂鬱

 日曜日。決戦の朝。

 S級昇格試験の当日だというのに、俺、鈴木悠作はアパートのキッチンで、甘い香りに包まれていた。


「……仕込みは完璧だ」


 冷蔵庫から取り出したのは、バットに並べられた厚切りのバゲット。

 昨夜のうちに、卵、牛乳、生クリーム、砂糖、そして風味付けのバニラエッセンスと少量のラム酒を混ぜ合わせた「アパレイユ」に浸しておいたものだ。

 一晩じっくりと寝かせたことで、バゲットの中心部まで黄金色の液が染み込み、ずっしりと重くなっている。

 パンというよりは、もはやプリンに近い状態だ。


「今日は長丁場になる。糖分補給は必須だ」


 俺はフライパンを弱火にかける。

 ここでのポイントは、焦らずじっくりと火を通すことだ。

 バターを溶かし、泡が細かくなってきたところに、バゲットを静かに置く。


 ジュワァ……。


 控えめな音と共に、バターとバニラの芳醇な香りが立ち上る。

 蓋をして蒸し焼きにする。こうすることで、中までふっくらと火が通り、スフレのような食感になる。

 片面がきつね色になったら裏返す。

 さらにバターを追加入し、表面をカリッとキャラメリゼさせるように焼き上げる。


 焼き上がるのを待つ間に、ドリンクを用意する。

 これから「雷帝」とかいう暑苦しい男と顔を合わせるのだ。気分だけでも爽やかにいきたい。


 グラスに、たっぷりのフレッシュミントとライムのくし切りを入れる。

 そこにきび砂糖を加え、ペストルで優しく潰す。

 力を入れすぎてはいけない。ミントの苦味が出ないよう、香りだけを引き出すように。

 クラッシュアイスを山盛りにし、ソーダを注ぐ。

 本来ならホワイトラムを入れるところだが、試験前なのでノンアルコールだ。


 『ヴァージン・モヒート』。


 ミントのグリーンとライムのイエローが、目にも涼しい一杯。


「……よし、焼けた」


 俺は熱々のフレンチトーストを皿に盛り付けた。

 表面はカリッカリ、中はトロトロ。

 仕上げに粉糖を振りかけ、メープルシロップをたっぷりとかける。

 さらに、酸味のアクセントとしてイチゴとブルーベリーを添える。


「いただきます」


 ナイフを入れる。

 サクッ、という音の直後に、抵抗なく沈んでいく柔らかさ。

 口に運ぶと、バターの塩気とシロップの甘み、そして卵の濃厚なコクが渾然一体となって広がる。


「……美味い」


 咀嚼する必要すらない。舌の上で溶けていく。

 そこにモヒートを流し込む。

 ミントの清涼感とライムの酸味が、口の中の甘さを洗い流し、鮮烈なリフレッシュ感を与えてくれる。

 濃厚な甘さと、突き抜ける爽快感。

 完璧な朝のスタートだ。


「ワフッ!(俺にもよこせ!)」


 足元でポチが騒いでいる。

 俺はシロップ控えめの端っこを切り分けてやった。

 ポチはそれを一瞬で吸い込み、「もっと!」と尻尾を振る。


 平和だ。

 このまま一日中、ここでポチとダラダラしていたい。

 だが、現実は非情だ。


 ピンポーン。


 先日しずかが鋼鉄プレートで補強修理した、要塞のような玄関ドアのチャイムが鳴った。

 お迎えの時間だ。


「悠作さーん! お迎えに上がりましたー! 遅刻しますよー!」


 すずの声だ。

 俺は最後の一切れを口に放り込み、ため息をついて立ち上がった。

 行きたくない。

 だが、行かねば借金も返せないし、この平穏も守れない。


「……行くか、ポチ」

「ワフン!(散歩か!?)」


 俺は作業着の上着を羽織り、腰に安物のナイフを差した。

 背中には五右衛門。

 完全装備で、俺は戦場へと向かった。


 探索者協会本部、第3演習場。

 最大収容人数5万人を誇る巨大なドーム型アリーナは、異常な熱気に包まれていた。


 本来、昇格試験は関係者のみで行われる厳粛なものだ。

 だが今回は違う。


 「パジャマの英雄」こと鈴木悠作と、「帰ってきた雷帝」ジーク・ヴァイスの激突。

 この世紀のカードを見逃すまいと、マスコミ各社や一般の観覧希望者が殺到し、チケットは即日完売。


 闇チケットが高値で取引されるほどの騒ぎになっていた。


「……人、多すぎだろ」


 選手入場口の袖で、俺は客席を見上げてげんなりした。

 フラッシュの嵐。怒号のような歓声。

 俺は静かに暮らしたいだけなのに、どうしてこうなった。


「あら、悠作様。緊張なさっています?」


 横から声をかけてきたのは、加藤茜だ。

 彼女は首から「運営スタッフ」のパスを下げ、手には分厚い札束(売上金)が入ったポーチを抱えている。


「茜……お前、ここで何してるんだ」

「商売ですわ。この『S級昇格試験・特別観覧席』のチケット販売と、グッズ販売の元締めをさせていただいております」

「……また勝手なことを」

「悠作様の人気は凄まじいですわよ? 『パジャマおじさんタオル』と『虚無顔アイマスク』が飛ぶように売れております」


 勝手にグッズ化するな。肖像権の侵害だ。

 茜はホクホク顔で客席の一角を指差した。


「あちらが、皆様のお席ですわ」


 最前列のVIP席。

 そこに、見慣れた顔ぶれが並んでいた。


 高橋すずは「悠作さん頑張ってー!」と書かれた手作り団扇を振っている。

 山本ゆき子は「師匠ー! ぶちかませー!」とメガホンで叫んでいる。

 中村瞳は双眼鏡とタブレットを構え、データ収集の準備に余念がない。

 山田しずかは腕を組み、仁王像のように鎮座している。

 そして伊藤みのりは、運営側の席で頭を抱えている。


 ポチも「介助犬」という名目で、すずの隣にちょこんと座っている。

 首には「応援団長」というタスキがかけられていた。


「……やりづらい」


 俺が天を仰いでいると、会場の照明が一斉に落ちた。

 ドォォォォン!!

 重低音が響き渡り、アリーナの中央にスポットライトが集中する。


「Ladies and Gentlemen!!」


 アナウンサーの絶叫と共に、天井から稲妻が落ちた。

 バリバリバリッ!!

 青白い閃光の中から、一人の男が姿を現す。


 金髪を逆立て、全身を最新鋭の魔導アーマーで固めた男。

 背中には雷神の太鼓のようなリングを背負い、手にはスパークを纏った長剣『雷切』。

 S級探索者、ジーク・ヴァイスだ。


「待たせたな、日本の諸君!」


 ジークが手を掲げると、会場が揺れるほどの歓声が上がった。

 ド派手な演出。過剰な自己主張。

 俺とは対極にいる人種だ。


「本日の試験官を務める、雷帝ジークだ。……さて」


 ジークはマイクを握り、ニヤリと笑った。


「本来なら、ここで基礎体力測定や筆記試験を行う予定だったが……そんなもん、退屈だよな?」


 会場が「おおお?」とどよめく。


「俺がルールだ。面倒な前座は全てキャンセルする! 俺が見たいのは、コイツの実力だけだ!」


 ジークが俺の方を指差した。

 スポットライトが俺に当たる。

 眩しい。


「試験内容はただ一つ! 俺と戦って、3分間立っていられたら合格! シンプルでいいだろ?」


 会場が爆発した。

 S級同士(片方はF級だが)のガチンコバトル。

 観客が求めていた展開そのものだ。


「……はぁ」


 俺は深いため息をついた。

 筆記試験のために徹夜した努力はどうなる。

 それに、3分間もあの雷男の相手をするなんて、面倒くさいにも程がある。


「……帰っていいか?」


 俺はボソリと呟き、踵を返そうとした。

 試験放棄。不合格で構わない。

 こんな茶番に付き合っていられるか。


 だが、その退路を塞ぐように、茜が笑顔で立ちはだかった。


「お待ちなさい、悠作様」

「どけ、茜。俺は帰る」

「逃げるのは構いませんが……その場合、契約不履行となりますわよ?」


 茜がスマホの画面を見せてきた。

 そこには、みのりからのメッセージが表示されていた。


『逃げたら借金一括返済よ』


「……は?」

「今回の試験は、多額の放映権料とスポンサー契約が絡んでおります。もし悠作様が逃亡してイベントが中止になった場合、その損害賠償は全て悠作様に……。試算しますと、今の借金の3倍にはなりますわね」

「さ、3倍……!?」


 3000万円。

 俺の脳裏に、一生ダンジョンで馬車馬のように働き続ける未来予想図が浮かんだ。

 定時退社? 夢のまた夢だ。


「……くっ」


 逃げ道はない。

 やるしかない。

 俺は覚悟を決めて、アリーナの中央へと歩き出した。


 アリーナの中央。

 ジークと対峙する。

 距離は10メートル。


「へっ、逃げずに来たか。偉いぞ、おっさん」


 ジークが嘲笑う。

 間近で見ると、その装備の豪華さがよくわかる。

 全身を覆うアーマーは、ミスリルとオリハルコンの合金製。

 剣は魔力を増幅する魔石が埋め込まれた特注品。

 全身これ、金と技術の塊だ。


 対する俺は、ヨレヨレの作業着に、腰のベルトに差した錆びかけたナイフ一本。

 そして背中には風呂敷。

 あまりの装備差に、観客席から失笑が漏れる。


「ハンデはやらねえぞ? 死にたくなければ本気で来い」

「……さっさと始めろ。俺は忙しいんだ」


 俺はナイフを抜いた。

 刃渡り15センチ。野菜を切るにも頼りない、ただの鉄の板。

 だが、俺にとってはこれで十分だ。


「強がりもそこまでだ。……行くぜ!」


 ジークが構える。

 全身から放電される魔力が、空気を焦がす。

 パチパチという音が、マイクを通して会場全体に響き渡る。


 審判の協会職員が、震える手で開始の合図となるブザーのスイッチに指をかけた。


 会場のボルテージが最高潮に達する。

 すずたちが固唾を呑んで見守る。

 ポチが「やっちまえ!」と吠える。


 そして。


 ブォォォォォォン!!


 試合開始のブザーが、高らかに鳴り響いた。

 同時に、ジークの姿が雷光と共に消えた。

 高速移動。

 瞬きする間に間合いを詰め、必殺の一撃を放つ構え。


 だが、俺には見えていた。

 その軌道も、タイミングも、そして「隙」も。


「……うるさい奴だ」


 俺は静かに、最初の一歩を踏み出した。

 開戦。

 俺のS級への昇格をかけた、最後の戦いが始まった。

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