第八章 浄潮炉――海の心臓
半年後、海底都市の水質が変わり始めた。
変わったのは汚染そのものではない。“浄化の流れ”が弱った。
《オルド》が報告する。
「浄化流量、低下。地球由来の毒性パターン、微量検出」
その言葉で全員が理解した。
地球の毒は、距離では消えない。人が持ち歩く。文明の癖として滲み出る。
つまり、陸人間が来た時点で、海はすでに影響を受けていた。
シオが二人を案内したのは、都市のさらに下――海溝の底だった。
そこにあったのは巨大な構造物。半分は生体、半分は反応場。脈打つ光が、心臓の鼓動のように規則正しく明滅している。
長老ナギが低く言った。
「《浄潮炉》。我らが地球を去るとき、最後に持ち出した“海の心臓”だ」
《浄潮炉》は、毒を取り除く装置ではない。毒を“別の循環に変換する”装置だ。
微生物群が重金属を結晶化して無害化し、有機毒を分解して栄養へ変える。
鍵は反応場――海水中に張られる触媒の網。海の化学鎖を切断できる。
だが地球へ持ち帰ることに、海人間は恐れる。
救いが資源になり、資源が権力になり、権力が海を再び壊す。
ミラは提案した。
「共同管理にする。片方だけでは運用できない形にする」
リクは頷く。
「監視記録を潮汐碑に刻む。改竄した痕跡も残る仕組みにする」
同じ頃、地球の茶色い海岸線で、少年ナオが“光”を見た。
評議会は結論を下す。浄化技術は国家管理――つまり独占。
「制御できない希望は革命になる」
救いでさえ鎖にする意思が、密室で固まった。




