第七章 浮上都市という境界
浮上都市の建設は、技術の問題ではなく思想の問題だった。
陸人間は、安定と固定を好む。柱を立て、地面に打ち込み、動かないことを安全と呼ぶ。
だが海は動く。動くことが通常で、動かないことのほうが異常だ。
海に「陸の常識」を持ち込めば、都市は折れる。折れた破片が海を傷つけ、海が弱れば海人間は死ぬ。設計ミスは、そのまま殺傷に直結する。
海人間が提示した基礎材は、生体に近い素材だった。硬化させすぎると痩せてひび割れ、柔らかすぎると波に溶ける。
“適応”が必要だった。
陸の技術者は苛立った。規格化できない。均一化できない。
だがシオは淡々と言った。
「海は規格に従わない。規格が海に従う」
嵐が来た。
空は鉛色に閉じ、波は山脈のように盛り上がった。
都市の骨格は揺れ、継ぎ目が鳴った。
だが《イキソコ》は“しなった”。
折れないために硬くなるのではなく、折れないために曲がる。
嵐が過ぎたとき、都市は残った。
残ったのは、勝ったからではない。合わせたからだ。
潮汐碑は三つの場所に刻まれた。
海底には、海人間の発音と記号。
浮上都市には、陸人間の言語と拘束条文。
軌道衛星には、両方の原文と改竄検知ログ。
誰かが消せば、別の場所が告発する。
そして――同じ頃、地球の第七ドームで、監視局オペレーター葛城レンが未登録信号を検知した。
「遮断しろ。隔離しろ。政治案件だ」
上司の命令は早かった。希望は統治の敵になる。
レンは理解した。だからログを残した。
“見たまんま”を残す。盛らない。削らない。
それだけが、独占に対抗できる唯一の材料だと知っていたからだ。




