第三章 偵察艇《シギ》帰投
偵察艇のハッチが開いた瞬間、潮の匂いが船内へ流れ込んだ。塩だけじゃない。金属と藻と、古い水の匂い。湿った空気が喉に貼りつく。
霧島ハヤトが降りてきた。
ヘルメットを乱暴に外し、濡れた髪を後ろへ撫でつける。顔色は白い。日焼けの跡が消えるほどに。
「……帰投しました」
リクは立ち上がる。
「報告」
霧島は口を開いて、閉じた。言葉が追いついていない。そんな霧島を、リクは初めて見た。
「俺、海に詳しいほうじゃないですけど」
霧島は笑おうとして、頬を引きつらせた。
「今日は……海に“目”があるってのを知りました」
「目?」ミラが眉を上げる。
「深度二千。海底に光がある。都市です」
霧島は噛み砕くように続ける。
「直線じゃない。曲がってる。生き物みたいに。壁が呼吸してるみたいに――いや、比喩じゃなくて。脈打ってました」
《オルド》が即座に補足する。
「脈動光のログ、受信確認。人工構造物の可能性、九十三パーセント」
霧島は肩を落とした。自分の頭がおかしくなったわけじゃないと確認できたからだ。
「門みたいな構造があって、近づいたら……向こうが先に動いた」
「攻撃?」
「違う。観察だ。俺らが魚の群れみたいに見られた」
投影されたログ。暗い海。ライトの円。
その外側に輪郭だけが浮かぶ“何か”。
「人影?」
ミラの声が震える。
「人だ。人間の動きは見分けられる」
霧島の声が、少しだけ強くなる。
「装備なしで呼吸してた。目に膜。頬に裂け目。鰓だ。指の間に膜。水そのものと擦れてない泳ぎ方だった」
リクが問う。
「接触できたか」
霧島は一拍置いた。あの瞬間へ戻る時間。
「向こうが、先に近づいた。透明な球体が正面で止まった。距離三メートル」
霧島は自分の手を見た。まだ震えている。
「そいつ、武器を握ってる手じゃなくて、震えてるほうの手を見た。撃てたと思う。命令があれば。でも……撃ったら二度と戻れない気がした」
ミラが静かに問う。
「敵意は?」
霧島は首を横に振る。
「敵意じゃない。哀れみ、に近い。俺らが溺れてるって知ってる顔だった」
リクがさらに問う。
「言語は」
霧島は、ゆっくり発音した。
「『陸の……声』って」
「名前も言った」
霧島は、今度はちゃんと笑った。恐怖を飲み込むための癖。
「……シオ、だ」
霧島は最後に、リクへだけ低く言う。
「向こうは俺らを殺せた。簡単に。でも殺さなかった。つまり――話す気がある」




