第十三章 母海の再起動
共同運用委員会の第一回会合は、窓のある場所で行われた。
それだけで象徴だった。
空が灰色でも、現実を見て決める――その意思表示。
議題は三つ。
1) 浄潮の拡大計画
2) 排出源の抑制計画(止めなければ浄化が追いつかない)
3) 記録と監視の運用(改竄検知の実装)
地球側の反対派は現実を突きつける。
「排出を止めれば電力が落ちる。濾過が落ちる。人が死ぬ」
それは脅しではなく事実だ。だから反対派は悪ではない。生存の計算をしているだけだ。
ミラは資料を投影し、言葉を短くした。
「だから段階移行。いきなり止めない。止める順番を設計する」
《オルド》が補助する。
「提案:沿岸浄潮帯の拡張と並行し、分散型電力と分散型濾過の構築。局所の停電が全域死に直結しない構造へ移行」
“集中”が地球を壊した。集中は効率を生むが、破綻も集中する。
だから分散する。しなやかにする。
シオは母海図の一部を公開した。
ただし全部ではない。
「これは地球の海の“正解”ではない。道しるべだ。地球は十万年変わった。戻すのではなく、再起動する」
押し付けではない。合意だ。
リクは潮汐碑の運用条文を読み上げる。
「浄潮炉の核は共同鍵でのみ起動する。鍵は、陸側と海側の生体署名を必要とする」
城戸評議長が眉をひそめる。
「生体署名? 人質の仕組みか」
霧島が即答する。
「違う。共同責任の仕組みだ。片方が暴走した瞬間、片方が止められる」
ミラが続ける。
「止めた記録も残る。誰が止めたか、誰が暴走したか。全部刻まれる」
夜、第二段階の投下が始まった。
沿岸だけではない。海流の結節点へ、浄潮種を点ではなく“網”として配置する。反応場の網がつながると、浄化は指数関数的に効率を増す。
だが網が暴走すれば海の化学を壊す。だから母海図の監視と、潮汐碑のログが必要になる。
海面が広い範囲で微かに光り、やがて光が落ち着いた。
《オルド》の解析。
「安定。代謝循環、既存生態と協調。急激なpH変動なし」
会議室の誰もが、短く息を吐いた。
城戸評議長が初めて個人として言った。
「……本当に、戻るのか」
リクは答える。
「戻す。だが“元通り”ではない。忘却で安定する地球には戻さない」
ミラが付け足す。
「海人間の歴史も、陸人間の罪も、消せない形で残す。その上で、生活を再設計する」
シオは海を見て言った。
「それが、海と陸の合意だ」




