第十二章 透明な反乱
交渉の翌日から、ドーム内の空気が変わった。
誰もが声を潜めるのではなく、記録を残すために声を合わせ始めた。小さな集会が増え、端末に議事を刻み、潮汐碑の形式を模倣した「公開ログ」が各区画で生まれる。
反乱ではない、と彼らは言った。
ただの透明化だ、と。
だが権力にとって透明化は反乱と同じ意味を持つ。
軍政局は封鎖を強め、通信規制をかけた。情報は遅延し、断片になり、噂が増える。噂は恐怖を増幅する。恐怖は統制を正当化する。
いつもの流れ。地球が何度も繰り返した流れだ。
その夜、旧灯台の海が再び光った。
試験投下した浄潮種の反応域が、少しだけ広がったのだ。
臭いの薄まりが、わずかに“線”になり始める。沿岸に細い青の筋が走る。
人々は息を呑み、その場で泣いた。
だが同じ瞬間、海面に黒い影が落ちた。
高速艇。軍のもの。
回収装置が海へ投下され、反応域を囲い始める。
「回収だ! 近づくな!」
警備の叫びが夜を裂く。
霧島ハヤトはそれを見て、歯を食いしばった。
「……来たな。奪う速度は、救う速度より速い」
ミラが首を振る。
「正面衝突は、相手の望み。『外部勢力が暴れた』の物語を作られる」
シオが短く言った。
「なら、海で止める」
海人間は武器を振るわない。
水流の性質を変え、反応場の網を微細に再配置し、回収装置が触れた瞬間に「無害化された泥」へ変換する。
奪っても利益がない状態にする。
暴力ではなく、仕様でねじ伏せる。
軍の回収網が引き上げられたとき、そこにあったのは光る核ではなく、ただの沈殿物だった。
指揮官が怒鳴る。
「何をした!」
シオは静かに答えた。
「海を、海に戻しただけ」
独占できない。奪い取っても動かない。
地球の古い政治の武器が、効かない。
権力は別の武器を持ち出す。
「では人を握る」
軍政局は葛城レンの身柄を狙い始めた。
レンは逃げなかった。
ナオに言った。
「俺が消えても、ログは残る。だが、俺が捕まれば“怖さ”が増える。怖さは透明化を止める」
ナオは首を振る。
「怖くても、俺は見た。見たまんまを忘れない」
霧島がふっと笑う。
「……強いな。盛らないやつは、強い」
ミラは決断する。
「レンを“記録の中の人”にする。拘束した瞬間に、その記録が軌道と海底に刻まれる仕組みにする」
リクが頷く。
「拘束するほど不利になる。なら拘束しないしかない」
夜明け前、評議会の通信が入った。
「共同運用委員会を設置する」
妥協ではない。潮目が変わったのだ。




