第十一章 交渉の潮目
旧灯台の周辺は、夜になるほど人が増えた。
封鎖線は引かれている。警備隊の装甲車が並び、拡声器が「退避」を繰り返す。だが人は引かない。引けない。海面の一点に灯った脈動光を、目撃した者がいるからだ。
リク・カナタは、灯台の影から群衆を見た。
「……地球はまだ、こんなに集まれる」
ミラ・ユズリハは即座に返す。
「集まれるのよ。奪い合うためじゃなくて、“見届けるため”に。そこが希望」
だが希望は、政治の敵でもある。
夜半、評議会名義の通信が入った。
「浄化装置および関連技術の引き渡しを要求する。拒否した場合、地球法に基づき拘束する」
声は冷たく、句読点が正確だった。
霧島ハヤトが通信を遮って言う。
「来るぞ。逮捕の名目は何でも作れる。俺らが“外部勢力”なら尚更だ」
シオは海を見たまま、静かに言った。
「十万年前と同じ匂いがする。奪う理由が、整い始めた匂いだ」
リクは決断する。
「交渉に行く。密室じゃない場所へ。窓のない円卓には座らない」
ミラが頷く。
「公開の場で、潮汐碑と同じ形式で議事を刻む。誰かが消しても、別の場所が残す」
翌日、評議会が指定した会談場所は第七ドームの行政区画だった。天井スクリーンの青空が、必要以上に鮮やかに映っている。嘘を厚く塗るほど、人は現実に飢えている。
城戸評議長は、円卓の奥に座っていた。
「地球再生は国家事業だ。外部者に主導権は渡せない」
「国家、とは誰のことだ」リクは問う。
城戸は表情を変えない。
「秩序を維持する者だ」
ミラは言った。
「秩序の維持に失敗したから、地球はここまで汚れた」
空気が凍る。護衛の視線がミラへ突き刺さる。だがミラは引かない。
城戸は提示条件を並べた。
「装置は評議会が管理。運用は環境監視局と軍政局が担当。あなたたちには“技術協力”として顧問席を与える」
それは、丁寧な没収だった。
シオが前へ出た。
「あなたが言う管理は、海にとって“鎖”だ。鎖は必ず引きちぎられる。引きちぎられた時、海が死ぬ」
城戸が眉を上げる。
「あなたは誰だ」
「海人間。あなたたちが消した歴史の側」
城戸は言う。
「神話を持ち込むな。科学の話をしろ」
シオは淡々と返す。
「なら科学の形で答える。浄潮炉は単独運用できない。母海図も単独で意味を持たない。鍵は“合意の運用”だ」
霧島が低く付け足す。
「つまり独占した瞬間、失敗する仕組みになってる。気に入らないだろうが、それが安全装置だ」
部屋の外から怒号が聞こえた。
群衆が入口に押し寄せている。旧灯台から波及した“公開潮汐碑”のデータが拡散し、誰もが同じ問いを抱えた。――「誰が決めるのか」。
その群衆の中に、少年ナオがいた。隣に葛城レンがいる。
レンは端末を掲げ、叫んだ。
「議事録を刻め! 消せない形で! また消すなら、また壊すだけだ!」
城戸は沈黙した。沈黙は拒絶ではない。計算だ。
そして計算の結果、潮目は変わり始めた。




