第九章 母海図――戻すための道しるべ
浄化の手段を得ても、まだ足りないものがあった。
浄化とは、毒を減らすことではない。
“何に戻すか”を決めることだ。
戻す先の秩序がなければ、海はただの「薄い水」になる。生態は戻らず、循環は再構築されず、結局また崩れる。
シオは二人を、海底都市の奥――外部者が立ち入れない聖域へ導いた。
透明な球体の中に、微細な光が渦を巻いている。
微生物の群れ。遺伝子の多様性。栄養循環の原型。
それは“保存された海”だった。
「《母海図》」
シオが言った。
「地球の海が壊れる前の基準。微生物の組成、代謝経路、連鎖。海は無数の生き物の織物だ。織り方を失えば、海は二度と同じ形に戻らない」
しかし地球側の問題は深刻だった。
救いが見えると、人は奪い合う。奪い合いは政治になる。政治は、記録を消す。
葛城レンは決断した。自分では届けられない。だから走れる者に託す。
外縁の少年ナオ。
レンはデータ片を渡し、言った。
「記録が残れば独占が難しくなる。独占が難しくなれば交渉が必要になる」
ナオはただ握り、走った。
旧灯台。降下してきた霧島とミラがログを受け取る。
ミラは潮汐碑刻印の簡易IDを渡し、言った。
「消せない形にする」
浄潮炉と母海図。
両方が揃い、地球帰還は夢から計画へ変わった。




