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プロローグ 灰色の星
地球は、息をしていた。
だがそれは、病人の呼吸だった。
空は薄く濁り、雨は金属の味を含み、風は都市の埃を引きずって鳴った。海は遠くで泡立ち、光を反射せず、ただ鈍い膜として横たわる。陸人間――陸で暮らす者たちは、海を見ないように生きてきた。海は資源であり、捨て場であり、壁の外の問題だったからだ。
けれど、陸が先に耐えきれなくなった。
土は疲弊し、作物は痩せ、地下水は苦く、子どもの咳が長引く。
「どこか別の星へ」
それが、最後に残った現実的な選択だった。
航宙艦は、そうして生まれた。逃避の器ではないと信じるための器。だが、出航前の誰もが知っていた。これは逃げだ。逃げであるなら、せめて次は壊さない――その誓いだけが、彼らの背骨だった。
艦長代行リク・カナタは、観測窓の外で遠ざかる地球を見た。
灰色が薄くなり、やがて点になる。
点になっても、胸の中からは消えない。




