詩集 仮面の市場
Ⅰ
電燈が 腐った眼玉で
昼間から ぶら下っている。
街角の酒場は もう要らぬ、
硝子の中に 酒場があるから。
硝子の酒場では
誰も 喉を濡らさぬ。
濡らさぬ代りに
舌だけが 赤い。
「本音」という札が 壁に貼ってある。
「本音」という札の下で
みんな ひそひそと叫んでいる。
――叫びとは こんなに
小さく 早いものだったか。
Ⅱ
奴等は 仮面を持っている。
仮面といっても 紙ではない、
輪郭だけの 影のようなものだ。
それを顔の前に差し出して
「私」という。
私! 私! 私!
と、棚に並べて
値札を揃べて
互いの値段を 見較べる。
ところが値段は
己では決められぬ。
見えぬ帳場が 遠くにあって、
そこで誰かが
算盤を 鳴らしている。
鳴らしているのは 舎密の音か、
それとも 蟲の歎きか。
歎きに似た算盤の音で
今日も「人気」が 配給される。
Ⅲ
あるものは 善を売り、
あるものは 憤りを売り、
あるものは 哀悼を売る。
(売るつもりがなくても
売場に置けば 売れてしまう)
そうして
泣いた人の横に
解説が立つ。
倒れた人の横に
実況が立つ。
――立つ、立つ、立つ、
看板ばかりが いやにおとなびている。
僕は思う。
ほんとうの人間は
いつ 出て来るのだろう。
出て来ない。
出て来ない代りに
切り抜かれた言葉が
踊っている。
踊っているが
胴体は 何処にもない。




