詩集 通知の雨
Ⅰ
雨は 今宵も 鳴っている。
昔ながらの 屋根ではなく、
僕の掌の 硝子の上に、
ぽつ、ぽつ、ぽつ、と 鳴っている。
その雨粒には 名前がある。
「いいね」という名、
「おすすめ」という名、
「今、話題」という名、
――まことに、雨粒は饒舌だ。
街へ出れば 酒場がある。
酒場へ行けば 人がいる。
人がいれば 笑い声がある。
しかし、笑い声の底には いつでも
勘定書きが挟まっているように、
今の世の「言葉」には
いつでも 値札がぶら下っている。
僕は ひとりで
机の前にいるのだが、
ひとりでいる ということが
どうにも 許されないらしい。
硝子は しきりに僕を突つついて、
「お前は 黙っているのか」
「お前は 居ないのか」と せかすのだ。
――居るとも。
居るとも、僕は ここにいる。
だが 居ることを
いちいち 点呼されるのは かなわない。
(居る、と書けば 居るが減り、
黙る、とすれば 黙りが売られる)
奴等はいう、
「繋がろう」と。
けれど繋がりとは 鎖のことか。
鎖は 光って 美しく、
音もなく 柔らかいのに、
ふと気がつけば 呼吸のところへ
きちんと 巻きついている。
しかも 皆、礼儀正しい。
礼儀正しく 怒り、
礼儀正しく 罵り、
礼儀正しく 拍手して、
礼儀正しく 他人の悲しみを 引用する。
(引用符は 棺の釘に似ている)
ああ、滑稽だ。
誰かが倒れれば 皆が寄って、
寄って、寄って、
「見守る」といって 見張るのだ。
そして見張り番が 交代で眠るころ、
倒れた者は 何処へ行くのか。
僕は 今夜、
何をいうべきだろう。
正しさを いうべきか。
優しさを いうべきか。
そうしていれば きっと
硝子の雨は 少し 強く降るだろう。
だが――
もし 僕が ほんの一行、
「寂しい」とだけ 書いたなら、
この雨は やむのだろうか。
それとも 雨粒は たちまち
僕の寂しさに 値札を貼って、
明日の朝には 誰かの棚に
きれいに並べてしまうのだろうか……




