番外編:灰の夢、沈黙の祈り
目を覚ますと、そこは色のない世界だった。
空も地も、灰色に染まっている。風も音もなく、ただ沈黙が支配していた。
リリは、自分がどこにいるのかすぐに理解した。
ここは、死者の通る世界。
アイを追って、自分が来た場所。
「……アイ?」
声を上げると、ほんの少しだけ空気が震えた。
その先に、たった一つの影が立っていた。
小さな背中。
ブロンドの髪が揺れている。
灰色の瞳は、まっすぐ前を見ている——何もない、何も映さない場所を。
「アイっ!」
リリは駆け寄り、その肩に手を伸ばす。
だが、その手はアイに触れられなかった。まるで霧のようにすり抜ける。
「アイ、ねぇ……私だよ。リリだよ」
それでも言葉を続ける。何度も、何度でも呼びかけた。
けれど、アイは振り向かない。微動だにしない。
ただ、頬に——一筋の涙を流していた。
リリは息を呑んだ。
生きていた頃、アイが涙を流したことなんて、一度もなかった。
泣き虫だったのは、リリの方だ。
強くて、優しくて、絶対に折れないアイ。
そのアイが、今……立ち尽くしたまま、声もなく泣いている。
「ねぇ、どうして……泣いてるの……?」
リリは語りかける。震える声で、言葉を紡ぐ。
「私、来たよ……ちゃんと、追いついたんだよ」
「もう一人じゃないよ。だから……お願い、返事してよ」
「どうして……こんな顔してるの……?」
アイは何も言わない。
リリの声も、温もりも、届いていない。
——だって、“死んでいる”から。
ただの記憶、ただの残像。
魂ではなく、想いの置き土産のような存在。
この場所に立ち尽くしているのは、「リリを残して逝った」という後悔が作り出した幻だった。
「……そんなの、ないよ……後悔なんて、しなくていいのに……」
リリは泣きながら、アイの手をとろうとした。何度も何度も。
でも、その手は決して触れられない。
けれど、リリは諦めなかった。
抱きしめられなくても、声が届かなくても、そばにいる。
どれだけ時が流れても、アイのそばから離れないと、決めたから。
どれだけ世界が灰色に染まろうと、
そこにあるのがただの残響でも、
“想い”がある限り、繋がれると信じて——
静かな灰の空の下で、リリはアイに寄り添い、
何度も、何度も名を呼び続けた。
この先、彼女たちの「魂」がどうなるか。
希望はあるのか、それとも永遠に交わらないのか。
それは、まだ誰にもわからない——
けれど、たしかにそこには「絆」が残っている。