番外編:夜明けのかけら
アイの肩に触れたリリの手は、たしかにあたたかかった。
沈黙の時間が、ほんの一拍だけ流れた後——
「……リリ、姉ちゃん……?」
震える声で、アイがつぶやいた。
次の瞬間、彼女はリリに飛びつくように抱きついた。
「リリ姉……リリ姉……」
その抱擁は、壊れそうなほどに強くて、
その声は、こぼれ落ちる涙と混じって、かすれていた。
「……リリ姉、死んだの……?」
アイの言葉に、リリは何も言えなかった。
その代わりに、そっとアイの背を抱きしめ返す。
アイは嗚咽まじりに続ける。
「……あぁ……守れなかった……私、リリ姉と一緒に……生きたかったのに……」
「こんな暗いところで、泣くことしかできなかった……ずっと、ずっと……」
「リリ姉がいないと、生きた感覚がしなかった……息をしても、意味なんてなかったんだ……」
言葉は途中で何度も詰まり、途切れ、それでも想いは溢れ続けた。
「私は……死んだ後も、リリ姉を探してたんだ」
「どこにいるのか、能力を使って……でも、どこにもいなかった……」
「私は……ただ立ち止まって……泣くことしか、できなかった……」
「でも……こんなにも、近くに居たんだね……ずっと、そばに居てくれて……ありがと、リリ姉……!」
アイは泣きながら、けれど最後に「ニシシッ」と、
あの懐かしい子供のような笑顔を浮かべた。
リリの瞳には、その笑顔が眩しく映った。
たった今まで泣いていた少女とは思えない——
まるで、幼いころのアイが、そのままここに戻ってきたようだった。
「……バカだな、アイは」
リリはそう言って、微笑んだ。
涙をぬぐってやると、アイはその手を甘えるように頬にすり寄せた。
「だって、私はリリ姉が好きだから」
「生きてる時も、死んでからも……私の全部は、リリ姉と一緒なんだ」
灰色だった世界に、光の粒が舞い始める。
まるで星の欠片のように、小さく、美しく、静かに。
この場所が“終わり”ではないことを、どこかが告げていた。
リリは小さく頷いた。
「……なら、一緒に行こうか」
「どこかへ、ふたりで」
アイは、また笑った。
「うん、どこまでも一緒だよ。今度こそ、ずっと——」
ふたりの影が、そっと手を繋ぎ、歩き出す。
かつて命を賭けて守り合い、今度は“想い”で繋がった姉妹が、
灰の夜を越え、光の朝へと歩み出していく。
その先に、どんな世界が待っているのか——
それはまだ、誰も知らない。




