番外編:灰の空、再び交わる場所
リリは、灰の世界に座り込んでいた。
時間の感覚はなかった。光も音もなく、季節すら感じない。
それでも、ずっと——ただ、アイの隣にいた。
どれくらい経ったのだろう。
アイは相変わらず動かない。涙だけが、止まらずに流れ続けていた。
「……もう、泣かないでよ……」
リリは、膝を抱えて呟く。
「守ってくれたのは、私が一番よく知ってる」
「だから……私、もう怒ってないよ。怖くもないよ……」
「だから……お願い。もう……」
そのときだった。
世界の空気が、ふわりと揺れた。
まるで、見えない波紋が広がるように——
「おや……こんなところに、“双星”がいたとはな」
誰かの声が響いた。
重く、低く、けれど不思議と恐怖を伴わない。
リリが顔を上げると、そこには“灰色の外套”を纏った存在が立っていた。
人のような形をしていたが、顔は影の中に隠れて見えない。
その存在は、リリの隣に佇むアイをじっと見つめていた。
「哀しみに囚われ、魂の鎖となってこの地に残り続けるか……その涙が止まらぬのも当然だ」
「……あなたは、誰……?」
「私はこの死後の境に住まう“灰の管理者”……お前たちのように、死と生の狭間で迷った者の“可能性”を見届ける者だ」
リリは警戒しながらも、その言葉を聞いていた。
「彼女の魂は……本当は、もうとっくに消えていてもおかしくなかった」
「だが、“お前”が来た。想いを捨てず、ここに寄り添い続けた」
「だからこそ……ほんの僅かに、“道”が開かれたのだ」
「道……?」
「選ばせてやろう。お前の“魂”を“灯火”として、彼女の記憶に火を灯すことができるかもしれない」
「代償は——お前の帰り道だ」
リリは一瞬、黙り込んだ。
生き返る道?再会の代償?そんなこと、考えるまでもない。
「やるよ……私は、アイの姉だよ」
「妹を一人にして、“帰る”なんて選択肢、最初からないんだ」
管理者は少しだけ、口元を緩めたようだった。
「……ならば、見届けよう。お前の“想い”が、灰色の絶望に火を灯せるか——」
そう言って、管理者はリリの胸元に手を伸ばした。
灰の空が、静かに赤く染まり始める。
淡く、けれど確かに……温かな光が、世界に差し込んでいた。
リリの手が、再びアイの肩に触れる——
今度は、触れられた。
「……え?」
アイの瞳が揺れた。
ほんの少し、涙の雫が落ちる前に、リリが言った。
「……起きて、アイ。私、迎えに来たんだよ」
「……リリ、姉ちゃん……?」
世界が、確かに、変わり始めていた。




