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コミック・ザ・ドンドン・バトル ~打ち切り寸前〇! 異世界のマンガ道を突き進め!~

作者: 理乃碧王

「オラオラ! ドアを開けろ!」


 黒眼鏡をかけた若い男が激しくドアを叩く。

 ここは異世界ソルヘイム、剣と魔法のよくあるファンタジーワールドだ。

 そして、男がいるのは街ミリヤのアパートの部屋の前だ。


 おっと、ご紹介が遅れた。

 彼の名前は異世界漫画原作者『カルミラ・ニッケ』。

 コミックドンドンで連載される『プラネットファイターアルト!』の漫画原作者だ。


「ここが君の自宅だとは知っているんだぞ!」


 この異世界ソルヘイムでは、勇者様が魔王軍と戦っている。

 が、それはその道のプロに任せることにする。(おいおい)


 勇者が魔王軍と戦うように、カルミラは読者と編集部と戦っている。

 何故なら彼は『打ち切り王』と揶揄される漫画原作者だからだ。

 そんな彼が何で業界を生きていけるのか、という疑問があるだろうがこれには理由がある。

 それは「独創的な世界観」が強く一部にコアなファンがいるため、そこそこ売り上げがあるからだ。

 爆発的なヒット作品はないが、短期間で固定層からの人気があるため業界からはそれなりに重宝されている。


(今度こそ私、原作の作品が売れたいのだ!)


 しかし、カルミラだってそろそろ売れたい。

 今回も受けが悪かったら打ち切りの憂き目にあってしまう。

 いや……打ち切りの前に許しがたいことがある。

 それを伝えるため、カルミラは作画担当の漫画家宅に凸してドアを叩いているのだ。


「私の原作と全く違うぞ!」


 言葉の通りだ。

 カルミラが書いたお話と第一話の内容が全く違う。

 そう武闘派格闘アクション『プラネットファイターアルト!』の主人公であるアルト・アストラ。

 アルトは武闘家の青年だ。


 だが、出来た作画を実際に見ると――。


「な、なんだ、このマンドラゴラの根っこのような体は!」


 体が華奢に描かれていた、それに全体的に線が細い。

 アルトは武闘家だ、こんな軟弱ボディでは悪者と戦えない。

 それに何だこの少女漫画のようなキラキラお目めだ。

 これは戦う男の顔ではない、バトルフェイスではないのだ。

 原作を汚されたと思ったカルミラは激しく怒った。


「話の展開も全く違うぞ!」


 それに何だか原作が勝手に改変されている。

 第一話のストーリーはこうだ。

 主人公アルトは故郷の村で、両親達と平凡だが充実した日常を送っていた。

 そんなある日、極悪非道の盗賊団『シャドウコブラ』に村を襲われてしまう。

 シャドウコブラに両親や妹を殺されたアルト、彼は復讐を誓い旅に出るという感動的な内容である。


 今回はかなりの自信作だ。実に素晴らしい内容で読者の諸君は涙するだろう。

 きっと売れに売れまくって、グッズ化なんかして大儲けできるぞ!

 何て、甘い考えをカルミラは持っていた。


「この超展開を説明したまえ!」


 カルミラは激昂して、ドアに百裂拳をかます。

 そう、原作通りシャドウコブラが村を襲ったまではいい。

 ここまではカルミラの原作通りだ。

 ここからだ、ここから展開が超絶におかしいのだ。


―――――


『お、お前達は何者だ!』

『我々は盗賊団シャドウコブラ!』

『シャ、シャドウコブラだと!?』

『そして、オレはリーダーのバイパー』

『バイパー……』

『アルトと言ったな。死にたくなければオレと結婚しろ!!』


 結婚を申し込まれたアルト! 彼の返事は……。

 待望の新連載開始! 波乱を呼ぶ展開は次号へ続く!!


―――――


 嵐を呼ぶ展開だった。

 いきなり村を襲ってきて、主人公に結婚を迫るなど一体どうなっているのだ。

 両親や妹、村人達を殺しておいてそれはない。


 それにバイパーの性別が男から女に変わっていた。

 しかも、めちゃくちゃ可愛い。萌えキャラだ。

 それに『背後のモブはモヒカンスタイルの盗賊達』と指定したのに『モヒカンの可愛いモフモフな生物』になっていた。

 何の生き物だ。これでは『キュン』としてしまい全然恐くない。

 即ち、原作が大幅に改変されてしまっていたのだ。所謂『原作クラッシュ』である。


「開けろ! 説明しろ! 私が求めている漫画は血肉湧き踊るバトルものだ!」


 カルミラはドアを破壊せんばかりに叩く。

 すると――。


「うるさいよ!」


 アパートの端の部屋からパーマヘアのおばはんが現れた。

 見た目はエイプのようなおばはんだ。鼻息荒くカルミラを睨みつける。

 恐怖したカルミラは平謝りするしかない。


「す、すみません」

「気をつけなよ」

「は、はい」


 カルミラ・ニッケは黒眼鏡をかけ直す。

 そもそも編集を担当する『ハンス・シュミット』という男がいい加減だった。

 カルミラの原作を担当する漫画家との調整や、ストーリー構成のアドバイスをするハズだが殆どなかった。


 そもそも、カルミラも悪い。

 編集から『イン☆セクト』という若い漫画家が担当するということを聞いた。

 だが、カルミラは「若い感性に任せる」といって確認作業を怠ってしまった。

 その方がこの若い漫画家も、ノビノビと作画を担当できると考えたのだ。

 でも、どうやらその考えは間違いだったようだ。


「私は君の感性に任せると言ったが、感性に任せすぎて原作をクラッシュしているぞォ!」


 若干声を落とし、優しめにいった。

 さっきのエイプみたいなおばはんが出て来られては困るからだ。


 キィ……。


 木の乾いたような音がした。


 ギギ……。


 ドアが開いたのだ。


「ご、ごめんなさい……」

「~~~~ッ!?」


 カルミラの黒眼鏡がズレた。驚いたのだ。

 扉から()()()()()()()()()()()()のだ。

 ブロンドのミディアムショート。

 エメラルドの瞳。

 フェアリーのような可愛らしい容姿。

 それにチョンと乗った赤いベレー帽、これが実によい。

 このエンジェルの可愛さに拍車をかける。

 例えて言うのならば、高級料理に添えられる彩り野菜である。


「ほわぁ……」


 カルミラはロリコンではない。

 でも、これほど可愛い美少女を見たことがなかったのだ。

 それはまさに地上に降りた天使である。


「あ、あのう……」


 少女の大きな瞳がカルミラを凝視する。

 このカトブレパスめ。

 そんなキュートな瞳で見つめたら、女慣れしていないカルミラが石化してしまう。


「うう……わ、私は……その……」


 惑わされるな、惑わされるな、惑わされるなと言っておる。

 カルミラよ、お前はプロだ。原作と違うことを抗議しに来たのではないのかね。


(そ、そうだった!)


 カルミラは黒眼鏡をクイとクールにあげる。


「私がここに来た理由はわかっているかね?」

「わ、わかりません」

「ええい! わかってるのか、わかってないのかどっちだね!?」


 ぷるぷる……。


 スライムのように体を震わせる少女。

 カルミラは罪悪感を感じてしまった。

 この若き新人漫画家を頭ごなしに叱り飛ばしてよいものか。

 そういう迷いがまだあるようだ。まだ惑わされやがって。

 すると、少女はエメラルドの瞳でカルミラをまじまじと見つめる。


「ひょっとして……カルミラ・ニッケ先生ですか?」

「え?」

「編集さんが連絡が入って……カルミラ先生がこっちに自宅凸するかもしれないって……」


 どうやら少女はカルミラを知っていたようだ。

 おそらく、担当のハンスから連絡が入れたのだろう。

 カルミラは黒眼鏡をダークに光らせる。


「そうだ! 私が天才漫画原作者のカルミラ・ニッケだ!」

「ど、どうぞお部屋に……」

「へ、部屋に入れだとゥ!?」

「ここでお話しするのも何なので……」


 この娘、どんだけノーガードやねん。

 二十六歳の男を無防備にも部屋に通すというのだ。

 おそらく、この少女の年齢からしてイン☆セクトのアシスタントだろう。

 全くイン☆セクトはどういう教育をしているのだ、とカルミラは思った。


「失礼するぞ!」


 カルミラは革靴をトンと一歩入れ、ズケズケと自宅に上がり込んだ。

 それよりも、部屋の中はキチンと整理されている。

 簡素な木のテーブルやイスなどの家具、無駄なものは一切置かれていない。

 ある意味、殺風景な部屋ともいえる。


「むっ……」


 作業用のデスクには描きかけの原稿があった。

 まだラフ画のようだが――。


「やっぱり怒ってますよね?」

「そうだ! 私は怒っている! 早くイン☆セクトを連れてこい!」

「え?」

「この原作を無視した超展開はどういうことなのか説明してもらう!」

「…………」


 少女は何故か黙って俯いてしまった。


「ん? 早くイン☆セクトを連れてきたまえ」

「あ、あのう……」

「どうした?」

「私が……その……イン☆セクトです」

「な、何だとオオオオオ!?」


 なんと、この少女が漫画家イン☆セクトだというのだ。

 カルミラの黒眼鏡は再びズレる。


「き、君がイン☆セクト?」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 先生の原作と違うことはわかってました!」


 イン☆セクトは深く反省はしているようだ。

 とりあえず、彼女には原作と違うことを一つずつ説明してもらうことにする。


「反省はいいとして……まずはバイパーの性別が女に変えられている件について説明願おうか」


 そう、バイパーは極悪非道の盗賊団『シャドウコブラ』の頭目だ。

 こんな可愛い女にしろだなんて一文も書いていない。

 問い詰めるカルミラに、イン☆セクトは蚊の鳴くような小さな声で弁明する。


「そ、それは先生の原稿に性別が書いてなくて……『シャドウコブラのリーダーであるバイパーがアルトに言った!』としか……」

「ハッ!?」


 カルミラはドジっ子だった。

 原稿にバイパーのことを男か女か説明するのを書き忘れていたのだ。

 しかし、原稿には一人称で『オレ』としているはずだ。

 そこで普通は気付くものだが、世の中にはオレっ娘もいる。

 そういうニッチなタイプの女性だと、イン☆セクトは思ったのだろう。

 さて、次のツッコミだ。


「では、このモフモフな可愛い生き物は何かね?」


 次はシャドウコブラの盗賊達が可愛い生き物になっている件だ。

 泣く子も黙るシャドウコブラの盗賊達。

 それが何故このようなモフモフになっているのか激しく疑問だ。


「そ、それはクウォーク族という生き物で……」

「クウォーク族?」


 初めて聞く種族である。

 カルミラは首を捻った。


「エルフやドワーフは聞いたことがあるが、そんな種族は聞いたこともないぞ」


 イン☆セクトはてへぺろしながら答える。


「私が考えたモフモフなオリジナル種族です」


 な、なんとオリジナルの種族というのだ。


「か、勝手に自分の考えた種族を入れるんじゃあない!」

「ひっぐ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 な、泣いてしまった。

 カルミラ・ニッケは罪悪感が湧く。

 歳が離れた娘をパワハラしているような感じで心が痛んだのだ。


「わ、私が悪かった! クウォーク族は可愛いよな! キュンとしちゃうね!」

「ほ、本当ですか!」

「そ、そうだとも! クウォーク族は可愛い!」

「先生! ありがとうございます!」


 イン☆セクトくんはカルミラに抱きついてきた。

 華奢な体だが意外と胸が大きい。

 カルミラは許してやろうと一瞬思った。

 全くもって、いただき女子なイン☆セクトだ。


(ぬゥ! 惑わされるな! 惑わされるなと言っておる! カルミラアアア!)


 カルミラ・ニッケ、漫画に関しては(オーガ)(オーガ)なのだ。

 心苦しいがイン☆セクトを振りほどく。


「ええい! 暑苦しいから離れんか!」

「ご、ごめんなさい……」

「それよりも問題はラストだぞ!」


 私は持参したコミックドンドンを突きつける。

 丁寧にも付箋をして直ぐ開けるようにしていた。


「バイパーが何で主人公のアルトに結婚を迫っているんだァ!」


 問題のシーンだ。

 宿敵が何故何の脈絡もなく結婚を迫っているのだろうか。


「え、えっと……」

「両親や妹! 村の人々を殺しておいて結婚迫るヤツがどこにいる!」

「そ、それは……」


 イン☆セクトがページをパラパラとめくる。

 アルトの両親や妹、村人がシャドウコブラの襲撃を受ける場面だ。


「アルトの両親を含め村の人達は生きています!」

「な、何イイイィィィッッ!?」

「ほら……動けなくしただけですよ」

「ど、どれどれ……」


 確認すると間違いない、こいつぁ生きている状態だ。

 絵をよく見ると盗賊達は投げ縄や網で捕らえただけ。

 一人も殺傷していなかった――。

 いや、そんな問題ではないのだ。


「家族や村の連中を殺さないと! 極悪非道のシャドウコブラじゃないだろオオオォォォ!」

「ううっ……」

「おっと! 泣いたってダメだからな! 私もプロなら君もプロ! 仕事はキチンと指示通りに――」

「ひぐっ……だって……だって私……」

「言い訳は聞きたくないぞ! 後は私の天才辻褄合わせ術で何とかするからジェノサイドシーンを……」

「バトルシーンを描くのが苦手なんですゥ!」

「な、なんだってーっ!?」


 悲しいかな、イン☆セクトはバトルシーンを描くのが苦手だった。


◇ ◇ ◇


「そんなこんなで手頃なダンジョン! ビギーナ洞窟までやってきました!」


 カルミラはイン☆セクトを連れてビギーナ洞窟まで来た。

 この洞窟には凶暴な魔物がウヨウヨいるが、経験の浅い冒険者でもクリア出来るダンジョンだ。

 ここなら危険が少ないとカルミラは思った。


「な、何でこんな危ないところへ……」

「創作に必要なのは実体験だよ! 実際のバトルをその可愛いおめめにしかと焼き付け! かっこいいバトルシーンを描いてもらうぞ!」


 イン☆セクトには魔物との戦闘を視察し『プラネットファイターアルト!』に活かしてもらおうと考えたのだ。

 要はバトルシーンを描くのが苦手な彼女のために用意した、実に粋な計らいといえる。

 カルミラはひょっとしたら育成の才があるかもしれない。

 だけども、当のイン☆セクトはあまり乗り気ではないようだ。


「ええーっ!? バトルって死んだらどうするんですか?」

「安心したまえ! 私のポケットマネーで屈強な冒険者を雇った!」

「屈強な冒険者?」


 日当500Gと高かかったがこれも漫画のためだ。

 カルミラは冒険者ギルドで二人の用心棒を雇った。


「元気があれば何でもできる! 戦士アントンです! ダーッ!」

「楽しく明るい冒険! 吟遊詩人バーバと申します。アッポー!」


 戦士アントンと吟遊詩人バーバ。

 ミリヤの二大巨頭と謳われる冒険者である。


「うーん……大丈夫かな?」


 何やら、イン☆セクトは納得していない様子だ。

 こんなデカくて強そうな彼らに不安要素はゼロのハズだが。


「イン☆セクトくん、何か不満でも?」

「いえ……そうじゃないんですが……」


 イン☆セクトの思わせぶりな態度に疑問を持っていると――。


「グルオオオオオン!」


 来た! 洞窟の奥から魔物の影が現れた!


「この鳴き声! 手頃なザコ! ゴブリンかワイルドウルフに違いな――」

「グルアアアアアア!」


 意外!

 それは洞窟から現れたのはドラゴンだった。


「ド、ドラゴン!?」


 カルミラはちびりそうだった。

 直ぐに逃げようにも足がすくんで動けない。

 ビギーナ洞窟は、ザコモンスターしか出ないのに何でドラゴンが出るのか。

 でも大丈夫だ、問題ない。

 こんな時に雇ったのがアントンとバーバだ。


「元気があれば何でも――できない!」

「明るく楽しくない冒険は――ごめんだ!」

「あっ!? おい!」


 アントンとバーバは逃げ出してしまった。

 期待外れ、鳴り物入りの外国人選手が全然ダメだったような感じだ。

 しかし、そんな悠長なことを考える余裕はない。

 カルミラは「金返せ!」と思っている間にも、ドラゴンは迫ってくる。


「グルルルルル!」


 鼻から小さな火を吹いている。

 カルミラ達を焼き殺そうというのか。

 カルミラは勇気を振り絞って、イン☆セクトに伝える。


「イ、イン☆セクトくん……き、き、君は逃げるんだ……」

「何を言っているんですか! 先生も早く――」

「あ、足がすくんで動けんのだ……」

「う、動けないって……」

「私は魔物と戦ったことがない。スライム一匹とて倒したことがない一般市民なんだ」

「だ、だったら何でこんな危ないところに来たんですか!」


 イン☆セクトの言う通りだ。

 だったら最初からこんな危ない洞窟に来てはならない。

 それはそう――理屈ではわかっているのだが――。


「わ、私はもう打ち切りは嫌なんだ……」

「先生?」

「今度の『プラネットファイターアルト!』は全身全霊で書き上げた作品だ。私は今度こそ成功させたいんだ」

「何故そこまでして……」

「夢だよ」

「夢?」

「私は子供の頃ね……かっこいい体術で悪を倒す武闘家に憧れていたんだよ。だけど私は元来運動が苦手で夢を諦めるしかなかった……」

「……」

「そこで私は理想とする武闘家像を反映させることにした……それが主人公のアルトだ。この作品の成功は形は違えど『夢の実現』なんだよ……」


 これはカルミラの本音だ。

 カルミラは自分の理想像をアルトというキャラクターに込めた。

 幼き日に挫折した夢の実現を創作の中に委ねる、人からは「子供っぽい男」と笑われよう。

 それでも、今回はカルミラの中でもかなり思いを込めて書き上げた作品なのだ。


「イン☆セクトくん……私はプロだの何だの偉そうに言ってたが……商業を無視した自己満足で作品を執筆する大馬鹿者さ……」


 突然、カルミラは弱気な発言を放った。

 思えば、自分は自分が好きな世界だけを描いてきた。

 自分の好きなものを人に、読者に押し付けてきた。


 それはよくないとわかりながらも作品を書き続けてしまった。

 市場、マーケティング、流行――そんなものは創作の不純物だと思っていた。

 そんな作品はプチヒットしようとも長くは続かない。

 何故なら自分よがりの作品だからだ。

 真のプロではない、と死を目前にしてカルミラは後悔の涙を流した。

 もっと別なやり方が、柔軟な創作は出来なかったのかと。


「グルルル……」


 ドラゴンは大きな足音を立てる。

 一歩一歩こちらに近付いてきている。


「さあ……こんな三流漫画原作者はほっといて逃げるんだ。君はまだ若い、私のような男より夢と希望に溢れている」

「バカ言わないで下さい!」


 イン☆セクトくんは無謀にもドラゴンの前に立った。

 髪を後ろにまとめ、何やら拳法のような構えをしている。


「き、君! 何を考えているんだ!?」

「叶えられなかった夢の実現! こんなところで諦めたら絶対にダメです!」

「グルオオオオオオオオッッッ!!!!!!」


 ドラゴンは大きく口を開けながら襲ってきた。


「こいつは私が倒します!」

「何を言っているのかね!? 君のような――」

「いきますっ!」


 カルミラは何度も目をこすった。


「グルアアアァァァッッッ!?」


 エンジェルのようなイン☆セクトが。


「へっ!?」


 ドラゴンの腹に鉄拳を突き入れたのだ。

 そう、一撃KOのワンパンチで仕留めたのだ。


「大丈夫ですか?」

「き、君は一体……」

「私、漫画家やる前は――」


 イン☆セクトは両手を合わせながら微笑む。


「勇者パーティにいた武闘家だったんです」

「そうか武闘家か……って……嘘だろ!?」


 何とイン☆セクトは勇者パーティの武闘家だったというのだ。


◇ ◇ ◇


 二人は無事にミリヤの街に戻った。

 今は町のカフェで休憩をして一息ついている。

 所謂一つのコーヒーブレイク。

 カルミラの命からがら脱出した後のコーヒーは苦い。


「何で漫画家になったの? 世界の平和はいいの?」


 イン☆セクトはパフェを頬張っている。


「どうしても……子供の頃からの夢を……叶えたくて……秘密に……描いてた漫画を……コミックドンドンの公募に送ったら……優秀賞をとっちゃって……」

「……食べながら喋るのは行儀が悪いぞ」

「あっ……ごめんなさい」


 口にクリームがついている。その姿がまたあざとい。

 ドラゴンをワンパンで倒したとはとても思えない。

 それよりも、彼女はこんなところで漫画家活動をしていて大丈夫なのだろうか。


「イン☆セクトくん、一つ尋ねるが……」

「なんですか?」

「勇者様はパーティから抜けることを許したのか?」

「うーん……」


 彼女は人差し指を頭に当てながら何やら考えている。

 しかし、つくづくあざとい。お前本当に武闘家だったのか。

 カルミラの中での女武闘家像が崩壊しそうだった。


「酒場で待機する時間も増えたしな……冒険が進むにつれて二軍扱いされちゃってたし……追放される寸前にこれを機会に出ていったというか……なんというか……」

「なんじゃそりゃ……」

「細かいことはいいじゃないですか!」


 何はともあれ、イン☆セクトのお陰で命が救われたのはいうまでもない。

 それはそれとして――。


「そんなことよりも! 次週はキチンとバトルシーンテンコ盛りで描いてもらうからな!」

「え?」

「修羅場くぐってきた経験を活かせ! 君なら血生臭いバトルシーンを描けるはずだ!」

「そ、そんないきなりは無理ですよォ」

「無理じゃない! やるんだよォ!」


 ピヨピヨ。


「んんっ?」

「あっ……小鳥さんだ」


 二人が座る席に一羽の白い鳥が舞い降りた。


「あーあー! 聞こえます?」

「「しゃ、喋った!?」」


 二人はこの可愛い白い鳥に注目する。

 突然喋ったのだ。


「こんにちは。コミックドンドン編集のハンス・シュミットです」


 ハンス・シュミット。

 この鳥が『プラネットファイターアルト!』の担当編集だ。

 しかし、本当の姿は鳥ではない。

 カルミラは一度会ったが、顔がモブすぎて全く覚えていない。


「あれ……ハンスって鳥だっけ……」

「魔法の力で遠隔操作をしてまーす!」


 雑な理由を述べるハンス。

 ハンスはピヨピヨと鳴きながら羽を広げる。


「先生、イン☆セクトさんに自分から会うなんて仕事熱心ですねーっ!」

「なっ……この野郎! だいたい編集のお前はそこで何をしている!」

「まーまー! そう怒らないで下さいよ!」


 ハンスは適当なヤツな感じだった。

 何度か仕事の話をしようと、カルミラは接触しようと編集部に駆け込んだが、いつも別件とやらで不在。

 どんな術を使ったか知らんが可愛い小鳥さんの姿で現れた。誠に不思議な編集者である。

 小鳥、いやハンスは羽をパタパタと動かす。


「プラネットファイターアルト!のことでお話に参りました」

「なっ……」


 ゴクッ……。

 カルミラは息をのみ込んだ。

 プラネットファイターアルト!のことだ。

 よく業界で言われるのが『初動が悪ければ打ち切り』というもの。

 第一話の読者の反応が全てだ。


「どうしたんですか先生。顔が青いですよ」


 イン☆セクトは何もわかっちゃいない。

 小鳥の姿とはいえ、このいい加減な編集がわざわざここに来たんだ。

 あの超展開の内容――読者からの反応はあまりよくなかった可能性が高い。

 早々に打ち切りの話をするのだろう、とカルミラは思ったのだ。


「大反響でしたよ」

「え!?」


 意外な反応だった。

 あの超展開が反響を呼んだというのだ。


「バトルものとか濃ゆい作品ばかり書いてる先生が、まさか『ラブコメ』に挑戦だなんて……いやァ予想外で参りました。ちゃんと打ち合わせをしておくべきでしたねェ」

「あ、あのう……」

「読者からの反応がすこぶるよかったですよ。〝いきなりの超展開でワロタ〟とか〝バイパーやシャドウコブラのモフモフが可愛い〟とか」

「え、えええええっ!?」

「次回も二人で頑張って下さい」

「ま、待て! 私はラブコメは苦手なんだ!」

「じゃっ! 私は仕事に戻ります」

「お、おい! 鳥の姿で仕事も何もないだろ!」

「だから、この小鳥は魔法の力で遠隔操作してるんですって。そろそろ仕事を終わらせて家に帰らないとかみさんに怒られますので失敬しますよ」

「コ、コラァ~~!」


 そのまま白い小鳥ちゃん。

 いや、編集のハンスは飛び去ってしまった。


「ど、どうすればいいんだァ……編集は何か勘違いしているぞ……私はラブコメなんぞ書いたことがない……」


 バトルものを書いたつもりが、ボタンの掛け違いまくりで読者と編集は『プラネットファイターアルト!』をラブコメと思ったようだ。

 どうするカルミラ・ニッケ。作家人生で最大のピンチである。

 カルミラは恋愛などの色恋沙汰は大の苦手なのだ。


「先生にも苦手なものがあるんですね」


 気落ちしているとイン☆セクトが声をかける。

 両手で頬杖する彼女は何故かニコニコしていた。


「バトルものとラブコメもの。二つ同時に書けばいいじゃないですか」


 イン☆セクトはそう述べるとカルミラの手を握った。


「ど、同時って……」

「二人で頑張りましょう! 二人三脚で!」

「う、うむッ!」


 こうして『プラネットファイターアルト!』の打ち切りを防ぐための戦いが始まった。

 二人の運命は如何に――。


「私達の戦いはこれからだ!」


(了)

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