06「赤信号」
「お前は? 大神と、どうなの」
「……変わんない」
ちらっと横目でハンドルを握る彼を見た。
よく女は、バックする時の男にときめくとか言うが、私は普通に走ってる時の方が魅力的に感じる。真剣な目をしてるから。凜ちゃんでも、結構かっこよく見えたりするんだ。
これも、言うと付け上がるから内緒。
「相変わらずラブラブか。羨ましいこった」
「いつ、私達がラブラブだって言ったよ。ってゆーか“ラブラブ”って死語じゃないの?」
「俺と愛実よりは、マシだろ」
私の問い掛けを無視して、凜ちゃんは自嘲の笑みを浮かべた。
つり上がった唇とは逆に、瞳は底なしの暗さを湛えている。大雨が降る前の雲みたいな、どす黒くて重い色。
愛実め、こんな顔させやがって!
「凜ちゃん……」
「悪い悪い、ちょっと八つ当たりっぽかったな」
赤信号で車が止まると、会話の流れも断ち切られた。もともと沈黙を苦にする質じゃないけど、嫌だなと思う時もある。
今がまさにそれだ。
適当な慰めはしたくないし、かと言って肯定なんか間違ってもできない。
結局、手を伸ばして凜ちゃんの髪を軽く撫でてやった。
鈴が、チリンと鳴く。
「やっぱミィ子って、天然」
泣きそうな瞳で、驚くほど柔らかい笑顔をしてみせる。
無理して笑わなくても、良いのになぁ。男のプライドってヤツなのかな。
「変わらないって事は、依然としてお子様状態なワケね」
「子供なのは、聆也だけだもん」
「そうやって、意地張ってるなら同レベルだよ」
痛いトコロを突いてくる。
凛ちゃんはいつもへらへらしてるくせに、たまにこうして的確なご指摘をしてくれちゃう。
大体私は言い返せなくて、コイツの方が一枚上手なのだと思い知らされた。ズルイ。
「そう、だね。ほんと子供だわ」
溜め息混じりに呟いて、シートに深く身を沈める。
わがまま言って、八つ当たりして、自分のご都合主義で。本当、ガキで醜い。
人間って逆「みにくいアヒルの子」だって、時々思う。生まれた時は真っ白で綺麗なのに、成長するにつれ、世間の毒気を吸って汚れた灰色に変わっていく。
私は毒を吸いすぎて、灰色どころか黒いカラスになりそうだ。
もう、なってるかもしれない。
「ミィ子さ」
「ん?」
「大神と付き合って、幸せ?」
サラッと、重い質問をしてくれるものだ。
掃いて捨てる程存在するカップルの内、一体どれだけの人が「この人と付き合えて幸せです」って言えるんだろうか。上辺のお愛想でなく、本心から幸せだと。
最初は八割方「幸せ」と答えるだろう。でも、付き合っている期間が長くなればなるほどパーセンテージが下がっていく。
……三年目ともなると、無邪気に笑ってばかりではいられないんだ。
「よくわからん」
「辛そうだよ」
「――……」
また引っかかった赤信号。何の気なしに隣を見ると、凛ちゃんがまっすぐな目でこっちを見詰めていた。
窓ガラス越しに、困惑した私が見える。
そんな目で、見ないでよ。
「ミィ子、ここん所ずっと沈んでる。大神のせいじゃないのか」
「考え過ぎだって、凜ちゃん」
耐えきれなくて、目を逸らす。
全部見透かされてるようで、嫌だった。私、そんなわかりやすいのかな。
「そんなら、良いけど」
普通にしてるつもりなのに、やっぱ凜ちゃんにはわかっちゃうんだな。昔から勘が鋭いんだ、コイツは。
信号が青に変わり、彼はゆっくりとアクセルを踏んで速度を上げていく。
普段はスピード狂みたいな荒い運転だけど、私を載せている時は安全ゆったり運転。乗り物酔いしやすいから、気を使ってくれてる。カーブとかも、できるだけ慎重に曲がってくれた。
おまけに、乗り降りの際はドアを開けて、手まで貸してくれるというお嬢様待遇。
凛ちゃんの言葉を借りるならば、「お前のそういうトコ、すげぇ好き」。
凜ちゃんは自分の事だけでも大変なんだから、この上私の心配までさせられない。気をつけないと。
しっかりしろ!
心の中で、気合いを入れる。
「ありがとね、心配してくれて。ほんとに大丈夫だからさ」
「ん、無理すんなよ」
互いに作り損なった笑顔を披露した後、結局車内の支配権を握ったのは沈黙だった。
私、そして恐らく凜ちゃんも、少しずつ何かが歪んでいくのを肌で感じている。
自分への想い、恋人への想い、互いへの想い。
崩れていくのか、作り上げられていくのかもわからないまま、不穏な気配を噛み締めている。
さて、船はこれからどこへ向かうのかな?
車の中って、あんま得意じゃないです(・・;)何かこう、密閉された空間で、どうしたらいいのかよくわからないというか……。
そういえば、免許取ってから一度も運転してない(汗)
ゴールドペーパードライバーです☆
今回で、作り置き分は全部消化してしまいました。
次の更新はいつになるやら? 気長にお待ち下さいませ(^_^;)