第玖伍話 『大本営発表』
「だ、大本営発表?」
由良の言葉は病室で繰り出されるにはあまりに異質で、けれど軍として生活してきて何度か聞いた言葉であった。主に重要な連絡が指輪に来たときのタイトルに書いてあった言葉だ。
「そもそも大本営……ってなに? この国が戦争してた時にその名前の機関があったとは知ってるけど……」
「大本営ってのは…………近藤さんに聞いて。あの人の方が詳しいから」
正義の質問に一瞬応えようとした由良だが突然めんどくさくなったのか近藤に丸投げ。すぐにスマホに目を落とす。
すぐに近藤のほうを向き「大本営ってなんですか」と問えば近藤はすぐに答えてくれた。
「大本営ってのは大日輪皇國を管理する十人くらいの人数で構成された機関だよ。軍のトップに政部のトップ、日帝皇国の華族などがメンバーさ。そしてその中には日帝陛下もいらっしゃる」
たった数秒の言葉にとんでもない情報が入り込み、言葉として理解できても情報としては受け付けることができない。
「……聞きたいことが二つあるんですけど」
「いいよ。順番に」
「まず大日輪皇國なんですね。大日輪皇國軍ではなく……」
「形式的なものさ。大日輪皇國は何なのかって言うとそうだなあ……大日輪皇國軍を知っている人の集まり……かな。もともと大日輪皇國軍が中心にあってそこから政部なり大本営が生まれたかんじだから」
彼の言動はうそをついているとは思えず、本当にあいまいな組織ということが察せられ少しだけ正義は不安を覚える。
「……じゃあ二つ目、元帥閣下もそこに入っているんですか?」
「正義君は元帥閣下に会ったことあったっけ?」
「第九戦線の合同訓練時に視察に来た時に一度だけ。まさか女性だとは思わず……」
ふと正義はその時を思い出す。訓練中に突如雷が落ちたかのような衝撃を覚え、振り返ったときにいたのは美しい女性の兵士。あとから彼女が元帥だと聞いたときも正義は心底驚いた。
「まあ全員そう言うよね。正義君の質問に関しては答えはノー。むしろ元帥閣下は大本営に最も入っちゃいけない人物なんだ」
「というのは?」
「まず不変国家の絶対錨について説明しよう。不変国家の絶対錨は個人で国を守るだけの戦力を持っている個人。つまり最強ってことさ。そんな彼らが好き勝手すれば国の、いや世界の歴史はすぐに変わっちゃう。10年続く戦争はすぐに終わり、百年続く民族間の抗争も彼らが関わればすぐに解消され、千年存続した文明も一晩で滅ぼされる。影響力がでかすぎるんだ。だから何かしらの組織が彼らが暴走をしないよう彼らの手綱を握っている。この国ではそれが大本営なんだ」
正義は先ほどの近藤の言葉に納得する。確かに手綱を握らされる人間が握ってしまえば意味はない。
正義の質問が終わった直後に、プロジェクターに写された映像が切り替わる。その映像には仰々しい荘厳な式典の映像が静かに浮かび上がっていた。おそらく映像は壇上に固定され、中央には映像越しでもわかる美しい波紋が刻まれた木材でできた演台、そして左にある国宝級の花瓶とそこに生けられ、飾られた数十種類の花が映像を彩らせている。
演題の後ろには巨大な日輪が描かれた軍旗が飾られており、発表というよりは一緒の儀式のように思えてしまう。
その演台に登壇する人間が一人。
若い将校である。軍服を着た彼ではあるが、少しやさしめな、落ち着いた様子だ。
「これより大本営発表を行う。傾聴せよ」
彼の、井原青年の言葉とともに破暁隊のメンバーの空気がぴりつく。全員が真剣な眼差しとなった。
その空気に当てられて正義も自然に背を正す。
「まず第一に、開式の辞」
井原青年のその言葉を発すると降段、そしてその代わりに壇上に一人の背の高い男性が昇る。
「諸君。まずは、本当にありがとう。君たちのおかげで今この瞬間、この放送を行うことができる。この放送を聞いている人たちは、肩の力を抜いて、見ていてほしい。以上」
南郷総司令官は短い言葉を述べ、大本営発表の開始を宣言した。
彼はその言葉を言って降段。井原青年は登らないが、言葉だけはマイク越しに放送に乗る。
「続きまして、日帝陛下のお言葉」
彼の言葉で一人の人物が登壇。
その人物は誰もが知っている、しかし日帝皇国の人間ならその全員が関わることすらできない人物であった。
古来から伝わるような仰々しく、神聖な服を身にまとっている。彼は齢三十ながらも纏っているオーラはまさに神がその身に降りたよう。映像越しでもわかる彼のカリスマ性は、もし目の前にいるならば無意識に彼の前に跪いてしまうかもしれない。
彼こそが……
「どーも。日帝陛下でーす。初めましてのひとは初めまして」
一瞬緊張がほぐれる。荘厳な様相からは似ても似つかないフランクな話し方で、画面の向こうにいる自分たちに手を振っているのだ。
テレビで何度か彼の姿は見たことはある。国の大事な儀式なり、式典なりに。そのときとは違う話し方だ。
だが次の言葉で、日帝陛下への心証が変わる。まさに彼はこの国のトップなのだと。
「三日前、朕は窓の外から朝日を見た。そして朝焼けに照らされる、何気ないふつうの街並みも。出勤に向かうサラリーマン、ランニングする老人、朝帰りの青年の姿も見た。いつも通りの町だ。けれど、それは君たちが命がけで守った景色だ。君たちが三日前に魔王を倒したからこそ見ることができた景色だ。君たちの活躍は誰にも称えられることはない。メディアに報道もされないし、政府から勲章も出ない。けれど朕は知っている。君たちの活躍を。だから朕は言う。『ありがとう』。……そしてもうひとつ、三日前に、同じ戦場で戦った仲間にもお礼と、ねぎらいの言葉をかけてほしい。最後に、本当にありがとう」
日帝陛下の言葉は正義の、そして破暁隊の心にしみた。戦争が終わった後は達成感などはなく、あったのは地獄から抜け出した安心感のみ。だから破暁隊、特に正義は日帝陛下の言葉でようやく日常へと戻ることができたと実感する。
陛下のお言葉は終わり、降段。
続いて井原青年は司会として大本営発表を続ける。
「続きまして、南郷総司令官による結果報告です」
再び南郷総司令官が登壇。
「さて、6月14日零時に始まった戦争は、同日6月14日五時四十五分に終了した。ここからはこの戦争の詳細な結果を報告する。今回の作戦にて、戦闘に参加した兵士は2万名。作戦に参加してくれた人間は8万名である。対し、攻めてきた魔王軍は確認されただけで25万体。約三倍の戦力差を完封できたのは圧倒的なる大日輪皇國軍人の力ゆえだろう」
そこから二十分、正義がいる第九戦線含む十一個の戦線、海上での戦闘。そして翳都蒼京・黎都絢爛・遥都カナタさらには荒都灼での敵の数と味方の数、敵を撃破した数に味方が結界に逃げ込んだ数などが事細かに報告された。
そして最後に……
「だが今回の戦いで、225名の尊い命を失った。百年後の大日輪皇國軍が見れば、この結果は完勝というだろう。しかし、家族のため、友人のため、命を賭して戦った彼らを今に生きる我々は忘れてはならない。大日輪皇國軍は彼らの遺族に対し、永続的な支援を行うことをここに誓う。そして今、この放送を聞いている軍人よ。君たちも、亡くなった彼らに感謝と敬意をこめ、黙祷をささげてほしい」
一分の黙祷。
南郷総司令官も、破暁隊全員も、もちろん正義も目を閉じ、亡くなった彼らに思いをはせる。全員が生き延びてほしかった。その理想は、やはり遠い。勇者だとしても、それを今完遂させるのは不可能だった。そう思うと、悔しさが湧き上がってくる。
『理不尽を倒し、人を助ける』。己の義務は本当に果たせたのだろうか。この疑問すら、傲慢かもしれないが。
黙祷が終わり、南郷総司令官は降段。
その途中、左に座っていた近藤が少しだけ重い空気になった破暁隊へ話しかける。
「これは極秘というわけじゃないしそのうち公開されることだけど、翳都蒼京での死者は……いないんだ」
近藤の言葉をすぐに飲み込める人間は破暁隊の中にはいなかった。なぜならばもはや地獄ともいうべきあの翳都蒼京で死者がいない方がおかしかったから。けれど近藤の目はうそをついているようには思えない。つまりその奇跡が起きたということだ。
呆然とする破暁隊だが大本営発表は止まらない。
「続きまして、戦功発表を行います」
井原青年の進行に破暁隊の幾人かが画面に目を移す。ワクワクした様子で。
「二級戦功……」
おそらくこの戦争で活躍した人物を称える時間なのだろう。呼ばれたのは三十名。その中には入堂沙良、雲大輔など、正義が戦線で見た魔将を撃破した人物。つまり魔人ではなく、個人で魔将や魔将クラスの魔人を倒したのが第二級戦功なのだろう。
「彼らには大本営より賞金と勲章の授与、そして所属師団より各報酬が与えられます」
南郷総司令官のその言葉で第二級戦功をあげた人物の発表が終わった。
破暁隊のメンバーは…………呼ばれなかった。
「なんだよ……魔将くらい俺様は倒したぜ?」
「まあまあ、まだ言われるかもしれねえだろォ? ちょっと待とうぜェ?」
悪態をつく仄に対し翔真がなだめる。それでも翔真も、他の破暁隊もすこし残念そうな、しかし少しの期待を孕んだ顔色となる。
「続いて、一級戦功」
南郷総司令官の一言に破暁隊が映像へと顔を向け、集中する。
第一級戦功はこの三魔王軍撃滅作戦にて、魔臣の討伐やそれに準ずる活躍をした兵士に与えられるものだ。
発表者は……九名。
もしかしたらと思った破暁隊だが……一番最初に発表された人物の名前で心は打ち砕かれた。
「まずは、単独で第六戦線の転送魔法陣の基地を壊滅させ、この戦線での死者を0名に抑えた……『征夷大将軍』坂ノ上一心隊員」
それから発表された人物は魔臣を倒した人物、そのほとんどが軍団長などであった。
だが「愛沼」という言葉が発せられた瞬間由良と光は驚いたような、喜ぶような表情を浮かべた。
「以上、第一級戦功である」
そして九人の中に、破暁隊の名前は……なかった。
「マジかよォ……オレたちは二級にすらならなかったのかァ……」
先ほどまで仄をたしなめていた翔真でさえ、残念がってしまう。仄のようにいらだちを隠せないもの、燐や涼也のように結果を受け入れるもの、そのほかも表には出さないが、自分たちの名前が出ないことに納得できないようだ。
一方この現状を見ていた近藤はなにやらニヤニヤしながらこの様子を眺めている。破暁隊の名前を呼ばれないことにがっかりして近藤の不可解な様子に気づいているのは正義のみ。
近藤になぜそんな顔をしているのか聞く前に、南郷が口を開く。
「これにて戦功の発表を終わる……といいたいところだが、此度の戦いで第一級戦功という枠では収まり切れない活躍をした兵士がいる」
南郷のその一言で破暁隊の顔色が変わる。南郷は一枚のメモ帳を取り出し、叫ぶ。
「まず! 第九戦線の空中にて複数の魔人を討伐し、魔将の討伐に加担。さらに翳都蒼京の空中でも複数の魔人を撃破、さらには魔臣の討伐にも成功した……天城由良隊員・士道光隊員!」
二人に破暁隊の視線が集まる。士道光はヘルメットをかぶっているせいで表情はわからないが、天城由良は驚いて目を見開いている。
「次に、第九戦線で複数の魔人の討伐、転送魔法陣の破壊に協力。翳都蒼京では魔人の討伐に魔将の討伐。そして空中円盤の完全破壊に成功した……蔵王翔真隊員!」
翔真は一瞬驚いたが、喜びを顔に出し、手を握りガッツポーズ。
「次に、第九戦線で複数の魔人の討伐、翳都蒼京では初陣の隊員を助け続け、落下した転送魔法陣を破壊して被害を減らした。さらに空中円盤の中に侵入し破壊工作に最大限尽力した……氷室彗隊員!」
慧は表情を崩さず、余裕のある笑みを浮かべている。
「次に、第九戦線での複数の魔人の討伐、転送魔法陣の破壊に協力。翳都蒼京でも魔人を五十体以上撃破し、転送魔法陣の破壊に成功。魔王ガダンファルに対し常に前線を張りつづけ味方の攻撃の隙を作り、覚醒魔王ハングにはその刀をもって致命傷になりうる一撃を与えた……登尾燐隊員!」
戦果を呼ばれた燐はお嬢様らしくない態度で喜ぶ。
「次に、第九戦線での複数の魔人の討伐。翳都蒼京でも魔人を多数撃破し、魔臣の討伐に大きく貢献。魔王ガダンファルに対し八坂血戦式で大ダメージを与え、覚醒魔王ハングの討伐にも貢献した……八坂緋奈隊員!」
戦果を呼ばれた緋奈は少し恥ずかしそうな、しかし明らかに喜んでいる表情となる。
「次に、第九戦線での複数の魔人の討伐、転送魔法陣の破壊に貢献。翳都蒼京でも魔人を多数撃破し、さらには魔将を撃破してわが軍の被害を減らした。そして魔王ガダンファル・覚醒魔王ハングに対し、撃破の要因となる攻撃を放ち、撃破に最大限尽力した……火御門仄隊員!」
戦果を呼ばれた仄は病室に響き渡る大きな雄たけびを上げる。
「次に、第九戦線での魔将の討伐、転送魔法陣の破壊に貢献。翳都蒼京でも魔人を多数撃破し、転送魔法陣を破壊。そして魔王ガダンファル・覚醒魔王ハングとの戦いでは常に隊の仲間が立ち回れるよう隙を作り、あるいは隙に攻撃して討伐の要因を作り上げた……樫野涼也隊員!」
戦果を呼ばれた涼也は他のみんなとは違い、笑みを浮かべるだけ。
「最後に! 第九戦線での魔人の討伐に、突如そこに出現した魔将の短期撃破。転送魔法陣のある基地に突撃して魔法障壁を破壊、侵入しいち早く転送魔法陣の核を破壊。翳都蒼京では魔人を討伐し被害を抑えることに貢献。左腕を失いながらも魔臣の撃破に成功し、魔王ガダンファル・覚醒魔王ハング戦では遠距離から狙撃を行って隊員の窮地を救い、隙を作った功績を持ち、そして八坂緋奈隊員の危機にはその身を顧みず二人の間に立って魔王ハングにとどめを刺した……晴宮正義隊員!」
戦果を呼ばれた正義は呆然とする。もちろん喜びもあるがそれ以上に自身がそれだけの功績を上げたことに戸惑いを隠せない。
「以上九名、破暁隊の活躍は第一級戦功という肩書ではもの足りない。よって! 彼らに特級戦功を言い渡す!」
南郷総司令官の言葉に病室が湧く。
「まじかよ! と、特級戦功だあ⁉」
「は、初めて聞きましたわ! そんなもの!」
声を上げて喜びを叫ぶもののほかにも、「うん、まじか」と呟く涼也や正義や由良のようにさらに茫然自失するもの。よほど特級戦功というものが珍しく、すごいものなのだろう。そのあとには捕虜の扱いなり、戦争以外の情報也が話されたが破暁隊はうれしさのあまり聞いていなかった。
閉式の辞が始まった。仄や慧に話しかけられた正義だが戸惑いばかりでいまいちその空気に乗れていない。
そこへ近藤が正義に話しかける。
「正義君は少し自分を過小評価しすぎだ。君たちは南郷さんが言ったように一級戦功以上の活躍をしたんだ。だから自信のない正義君に僕が言ってあげよう。君は義務を果たした。【人を助け、理不尽を倒す】』というね」
その言葉で、正義の心の中からとある感情があふれ出す。
それは悦び。達成感。
自分を認められない正義は誰かから認められるしかない。近藤は義務が達成できたことを認めた。
ようやく正義は勝利を実感する。戦争の。そして、自分自身の。
拳を強く握りしめ、振り上げ、振り下ろす。
「しゃあぁ!」
正義の三魔王軍撃滅作戦は、これにて終わった。
第玖伍話を読んでくださりありがとうございます!
魔王を「元帥」以外が倒したのは実は100年ぶりくらいなのでそうとうヤバい功績上げてます。
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