第玖肆話 『知ッテル 天井ダ』
正義は夢を見ていた。
いや、夢というより記憶だろう。
10年前の記憶。
東京テロに巻き込まれ瓦礫に挟まれて意識を失った正義は何分か、何時間か経ったあとに意識を取り戻した。
それは彼に光が当たったからだ。
眠っていたとき、朝日に照らされて起きるように、瓦礫の中という暗闇の中でその一筋の光が少年だった正義の目を覚まさせた。
やがて体に乗っかっていた重く苦しい瓦礫がどかされ、正義の体が軽くなる。だがずっと抗っていたせいかもはや体力は底をつき、それと無事だったという安心感で正義はすぐに気を失ってしまう。
その間、正義は少しだけ目を開けることができた。
彼の目に映ったのは、ボロボロの制服を着たまま瓦礫をどかし、自分を発見したことを嬉しそうにしている青年。消防隊でも、自衛隊でもない、瀕死の正義を救ったのはただの学生であった。
幼かった彼でも、その表情はまるでいなくなった子供を見つけた親のような安堵感に包まれた優しいものであった。
意識が遠のき目をつむる寸前、その青年は正義に手を差し伸べ、こういった。
「おめでとう。君に、ありったけの賞賛を」
***
過去の自分が気を失い、正義は現実に引き戻される。
視界に初めて映ったのは既視感のある白い天井。
目を覚まし、体を起こした正義は周囲を見渡す。一か月前とほとんど同じ病室。広い部屋に正義が寝ているベッドひとつ。まるで隔離だ。
どうやら魔王との戦闘の後、正義はすぐに気を失ったらしい。
意識が100%復活した正義がすぐに確認したことは左腕。感覚はあり、持ち上げてみれば左腕は復活していた。しびれることもない。
(生き残ったんだな……あの戦争を……)
今思えば夢のようで本当のことには思えない。
無事だったことに正義が一息ついていると、部屋の扉が開く。
「ようやく勇者のお目覚めか。君は三日間眠ってたんだぜ」
入ってきたのは近藤。彼は正義のベッドの隣にあったいすへと腰掛ける。
「三日も……って! 戦争は! 魔王は! みんなはどうなったんですか!」
今あるあらゆる疑問を近藤にぶつける正義。三日となればたくさんのことが進んでいるはず。
いろんなことが心配でならない。
声を荒げる正義をたしなめながら近藤は口を開く。
「まあ落ち着いて。ひとつひとつ話そう。まず戦争は終わった。君たちが魔王に勝利した30分後にね。そしてそこからは主を失って統率が乱れ塵尻になった魔王軍の残党狩りを行っている。今はもう三時間に一回小さな掃討戦が起こっている程度だね」
「じゃあ魔王は……ハングとかいう魔王はもういないんですね」
「ああ。君たちが討伐した」
正義にとって達成感はなかった。三日前のあのときはもう夢の中のように思えている。
「それで、みんなは、という質問だが、破暁隊についていってるんなら安心して。全員無事にこの病院で治療してる。といっても傷とかは結界内ですでに完了してるから治してるのは体力だけどね」
「そうですか。よかった……」
今はただそれしか言えなかった。彼にとっての仲間がともに戦場を生き残ったことを奇跡としか思えないが、その軌跡に今は感謝だ。
「ほかに質問がないなら、次は僕の番だ」
そう言うと近藤は「入ってきて」と扉に向かって言葉を投げかけ、すると扉が開いて白衣を着た一人の医者が入ってきた。
彼は不思議そうに扉を振り返りながらも、カルトを持ちながら正義に話しかける。
「これからいくつかの質問をさせていただきます。リラックスして、正直に答えて下さい」
そこから正義は二十を超える質問をされた。それは自分の名前、身内関係、年齢などのことから、日帝皇国の問題、足し算、漢字の読み書きという常識問題。
その質問その他諸々のアンケートが終わったあと、医者は一度だけ頷いて近藤に話しかける。
「……大丈夫そうですね。明日にはもう退院できそうです」
カルトにいくつかチェックを入れた医者は近藤と正義に一礼して退室。
沈黙が少しだけ生まれた後に近藤はまた扉に叫ぶ。今度は少しだけ呆れたような声色で。
「もうはいってきていいぞ! いい加減廊下と出入口を占領するのはやめろ!」
彼の叫びとともに部屋の扉がガタガタと揺れ始める。どうやら複数人が部屋の前にいるらしい。
そして大きな音を立てて扉が部屋方向へ倒れた。扉に大人数が体重をかけたせいだ。
入ってきたのは……
「ようやく目が覚めやがったかァ! 正義ィ!」
「無事で俺っちも安心したよ」
「重い……どきやがれてめえら!」
破暁隊の八人であった。
扉に持たれかけたせいで地面に倒れたのは仄、慧、翔真の三人。ほかの五人は、
「何をやっているんだ貴公ら……」
「だから近藤さんに呼ばれるまで別の所で待ったほうがいいと私は言ったのに」
「うん、みんな正義君が心配だったのさ」
「そうですわ。みんな昨日には目を覚ましたのに正義君だけい眠ったままでしたから。そうでしたわよね? 緋奈ちゃん」
「えっ! べ、別にアタシは皆行くから一人になっちゃいそうなだけで……正義が心配とか……そうじゃないからね!」
由良と光は彼らを見下ろし、凉也は正義を見つめ、緋奈は燐の問いかけに顔を赤らめてそっぽを向く。
正義のカウンセリングをした医者が扉の方を見つめていたのは彼らがいたかららしい。
「みんな! 無事だったんだな!」
「うん、正義君も元気そうで何よりだ」
仲間の元気な姿にようやく明るい表情を見せる正義。
彼らは正義の病室に入り、正義のベッドを中心に椅子をもってきて座る。椅子は光の六つの「手」と涼也で運んできたものだ。
ベッドで体を起こしている正義をよそに、破暁隊のメンバーはなにやらそそっかしく動き回っている。
「今って何時だァ?」
「15時40分。あと20分ってとこだね」
翔真の質問に慧が答え、そこへいったん退出していた燐と緋奈が部屋に入ってくる。彼らの手にはペットボトルとスナック類の菓子の袋が。
「ジュースとお水、あとビスケットとチョコレート買ってきましたよ。お医者さんに飲食の許可はとりました」
「やったぜ! 正義、足曲げろ! ベッドに置く」
「いやなんでだよ」
「うん、そこならみんな取りやすいしね」
「いやだからそうではなく……」
まるでここで宴会の準備なりをしようとしている正義以外の破暁隊。光は「手」を使って病室のカーテンを閉めて部屋を暗くして、近藤も彼らを止めようとはしない。むしろ近藤はなんとナースコールを押して、
「あー、204号室のスクリーンを使いたいんだけど……いいかい?」
と先ほど看護師に連絡し、正義の正面には天井からつるされた巨大なスクリーンと、正義の頭上に生えたプロジェクターが備えられ、これから映画を見るのかと正義は思ってしまう。
あまりに何もわからなすぎて、正義はとなりでスマホを弄っている由良へ
「何が始まるんです? これから」
と尋ねる。ちなみに由良はプロジェクターを備品室から持ってきており、すでに仕事は終わらせた。
「なにって……大本営発表」
第玖肆話を読んでくださりありがとうございます!
え? 大本営発表って負けるやつじゃ、って? ......先入観を捨テマショウ
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