第玖参話 『荒都・灼殲滅戦 肆』
「まだだ……」
先ほどまで意志で体を動かし、目の前の元帥に向かっていたシャーだがそのすべてが完封された。剣は通じず、魔法も発動前に先手を打たれて使うことができない。
勝ちたいという願いがどんどんと弱くなり、その代わりに絶望がどんどん育つ。
三人の魔王の力を引き継いだシャーですら、元帥には一つの傷も与えることができないのだ。
それにしては元帥は全く攻撃を仕掛けてこない。それだけがシャーがこのときでも生きていられる理由だった。
だが認めなくてはならない。魔王の力を受け継いだシャーですら不変国家の絶対錨には届かない。このままではじり貧、だからシャーは上空にいた魔将のひとりに命令した。
(ワレが奴の注意を引く。貴様は奴を背後から奇襲しろ!)
(了解)
部下に命令したシャーは再び元帥に敵意を向け、大地を蹴る。剣を溶解と個体の狭間として最大限加熱し、元帥に振り下ろすがやはり彼女は全くうろたえる様子はなくそれどころかからだに力を入れる様子すらない。腕の力だけでシャー渾身の連撃を防いでいる。
シャーにとっては想定外。奇襲成功の確率を高めるため連撃の速度を上げて自らに集中させる。
(今だ!)
シャーの合図とともに元帥の背後から魔将が出現、元帥に向け剣を振り下ろす。魔将の魔法は瞬間移動。どれだけ身体能力が高かろうが絶対に魔将に気づくことはない。そう確信したのも束の間、
乾いた音が響く。
シャー、元帥、魔将。それぞれが剣や刀しか持っていないこの状況において、その音はあまりに異質であった。
音がシャーの耳に届くとともに彼はすぐに飛び退く。いやな予感がしたからだ。
依然として元帥は立っている。そして、
そのうしろに屍となった部下。額には小さな穴が空いている。
「な……何をした! 貴様!」
シャーと斬り結んでいた元帥は絶対に何かしたはずはない。両腕は太刀の柄を握り、視線もこちらに向けた様子はなかったからだ。
明らかに援軍がいる。そうとしか考えようがない。だが周囲に人どころか生命の気配すらない。なぜなら二人の戦いにより荒都・灼はもはや原型をとどめておらず、圧倒的な熱量により周りの建物は液体と固体の狭間のような状態だからだ。一体どうやって奇襲を防いだというのか。どんな武器を使ったのか。もしやさきほどの音は彼女が発した音なのか。
「それほどの強さを持っていながら……なぜワレを殺さない!」
もはやそれは敗北宣言と同義であった。
一の攻撃に二をもって返される。いや、もしかしたら手加減をされているようにすら、数十のやり取りの中でシャーには思えてならない。
その問いにこれまで黙り込んでいた元帥が初めて答える。
「我らの威を示すためだ」
「…………は?」
「貴様ら魔人は何度も何度も我らの領土に攻め込んできた。そしてすべての戦いで魔人は負けた。だというのに愚かにも貴様らは攻めてくる。ならば、100万の軍の壊滅、魔王三体の瞬殺、そしてその力を受け継いだ貴様の完封というこの戦いの結果を魔界全土に広める。この情報は今敗走している空の魔人ども、そして貴様らの本国の魔人の絶望が補強してくれるだろう。魔人に思い知らせてやるのだ。我々に敵対すればどうなるか、太陽に近づこうとすればどうなるかをな」
「傲慢だな……」
「事実だ。現に私は、我々は魔王軍を焼き尽くすだけの力を持っている」
余裕の佇まいの元帥をにらみつけるシャー、確かに心は折れかけているが背後にいる同僚、今は部下のため立ち上がる。
目の前の脅威を倒すために。
「絶望などするものか……ワレはゼノン様より……彼らを、国民を碧空の楽園へと連れていく義務があるのだ! そのためには何度でも挑んでやるさ!」
シャーの意志は固い。むしろ元帥の驕った考えに憤慨。背後にいる魔王軍へ叫ぶ。
「全軍! その命をかけて! 目の前の怨敵を……空に至る最大の障害を排除せよォ!」
シャーの号令とともに空にいた魔王軍全てが元帥に向かう。尊敬する魔王を殺された彼らはその怒りを溜め込んでいた。シャーはそれを開放したのだ。かれらは、あるものは魔法を詠唱し、あるものは体を変化させる。まさにそれは
特攻であった。
次の瞬間、元帥の殺意が増大する。体中をナイフで刺されたような強い敵意。
「っ! 何を⁉」
彼女が、日御子が発する言葉は非常に重く、意志が含まれていた。これまでは元帥から敵を圧倒するための声。けれど次の言葉は日御子の信念。
「私は少しだけ貴様を認めていた。目の前の絶望に抗う姿を。しかし今、オマエを心の底から軽蔑する」
太刀の先を魔王軍へと向け、目を見開く。そしてゼノンが経験したように、シャーの感覚の時間が延びる。シャーにとっての一秒が元帥にとっての三十秒となるのだ。
元帥を中心とし、まるで羽が生えたかのように世界が割れ、再び雷のようなヒビが出現。だがあまりにも巨大で、端は結界都市の外壁にまで届いている。このヒビは一瞬で消えることはない。
「空域制圧陣・高高度制圧砲群展開。第三九五・五四九・六八二・一七〇結界に接続。迎撃対象、座標七〇〇・四〇〇。角度調整・連続射撃準備……完了……砲門天向け、開け!」
元帥の言葉とともに世界のヒビから穴の空いた巨大な鉄の筒が出現する。それも十や百ではない。約一万の筒。
シャーにとっては初めて見るものではあったが知っていた。それは戦線ではない、海上で戦闘していた部下が報告してきた武装。
「船の……大砲……」
世界のヒビから突き出て、元帥の背後に囲碁の升目のように規則正しく並んた、戦艦に備わっている主砲。それもその大きさからおそらく大日輪皇国軍最大の戦艦に備わった主砲だろう。その重々しい兵器が一万、上空のシャーの部下を狙っていた。
ふたりは大きく息を吸う。
ひとりは目の前の兵士を止めるため、ひとりは目の前の軍を殲滅するため。
「やめ……」
「ってぇ————————!」
シャーの懇願は元帥の雄たけび、そして
————————————————ン!
万雷に消えた。
一万を超える主砲の発射音が、そして爆発音だけが都市にあった。それ以外の音は結界都市にない。
魔将の叫び声も、悲鳴も、恐怖も、一切は元帥の放った砲撃の嵐によりかき消されてしまう。砲撃の集中地点、シャーの部下がいたところはもう魔王軍の影はなく、今はただ巨大な爆発により形成された黒い煙が浮かんでいる。
大砲は一つ一つが連射し、一切止む気配がない。
——あそこにはかつての仲間がいた。
砲撃は止まない。
——最初に自分にお酒を飲ませてくれたブリンド。
砲撃は止まない。
——魔王軍に入ってからまるで子供のように世話をしてくれたキャンベ
砲撃は止まない。
——何度もからかってくれたサキュバスのユンナ
砲撃は止まない。
——剣を教えてくれた厳格な性格のドン
砲撃は止まない。
——ともに戦場を駆けた友人であるプラマサ
砲撃は止まない。
何十秒か、いや何分か。
砲撃が止んだ。それはなにもシャーの懇願が届いたからではない。
狙うべき対象がいなくなったから。
万の主砲が世界のヒビの奥に戻り、ヒビが消失。
シャーが空を見上げれば、そこには何もいなかった。わずかな煙、そして人か弾薬かわからない多少の塵。
圧倒的な戦力の前に魔王軍ですらその個人にはなす術なくやられた。荒都・灼にはもうシャーしかいない。
もうシャーの心は折れてしまった。己の無力さ、そしてなにより勝てる見込みがないにもかかわらず、ただの負け惜しみだけで仲間を殺してしまったという後悔が、シャーの心を埋め尽くしてしまった。
「これがオマエの結果だ。愚かな選択をした、オマエのな」
振りむけば元帥は依然として佇んでいた。彼女にとっては先ほどの砲撃は人の殲滅ではなく、雑魚を一掃しただけ。
何十年とともに過ごした仲間の最後はこうもあっけないとは。
もはや彼女の言う通り、敗北を受け入れるしかないのか……
「まだだぁ!」
シャーに残っていたのはもうやりきれない、やるせない怒りだけであった。だけどその怒りがシャーを次のステージへと引きあげる。
目の前の仇を殺すという意志が。
〈義務ガ果タサレマシタ。権利『更ナル力』ヲ発動シマス〉
シャーの身体がどこからか来た莫大な魔力と闇に支配され、再構築されていく。より強く、より硬く、より目の前の仇を殺せる最適の形へと。
それは元帥が許さない。
「第四六結界に接続」
彼女の傍らに小さな世界のヒビが出現、そこからひとつの武器が灼へ届く。
それは白樺のような美しい白の木材によって作られた銃床と銃把。そして光が当たったところが黄金に輝く不思議な黒鉄でできた銃身の、村田銃。
元帥は左手にその小銃を、右手に刀、巫刀・戦羅を構える。続けざまに詠唱。
「第六八四結界接続。さらに結界空間を荒都・灼に重複」
シャーの上空に再び世界のヒビが現れ、そして謎のバリアがシャーを中心に展開される。
殺意は一点、目の前の魔王。
彼女が放つは、大日輪皇國軍が魔人を倒すうえで考案され、極められた技術。
弾丸の0次元的攻撃と、斬撃の1次元的攻撃を同時に繰り出す必殺。
「……零伐壱摧」
ス
ドパ ア ン!
ア
ン
小銃より発射された弾丸と巫刀・戦羅の斬撃が交差する。
変化途中のシャーの塊に巨大な衝撃が与えられ、彼自身の存在が揺らぐ。
それで元帥は終わらない。彼女の前で覚醒しようとした魔王はいくらでもいた。しかしそのすべてを元帥は破壊した。零伐壱摧だけではない、シャーの上空のヒビから音速を超えて落下する巨大な槌、そしてシャーを囲むバリア、結界が一気に収束。
シャーを押しつぶす。
面という二次元的な技。そして、空間という三次元的な技。
故にこの技は、
「弐破参戮」
零伐壱摧弐破参戮。元帥の圧巻の四連撃にシャーは覚醒することなく、塵と消えた。
焼け残った戦場で、元帥は総司令部に通信をつなげる。
「三魔王軍撃滅作戦。終了」
第玖壱話を読んでくださりありがとうございます!
元帥閣下は100を超える結界を持っています。そこから銃なり大砲なりを出しています。
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