第玖拾話 『荒都・灼殲滅戦 壱』
北方結界都市、荒都・灼。
ここはこれまでの結界都市のように、翳都・蒼京や遥都・カナタなどたくさんの兵士が戦闘できる設計されたものでも、黎都絢爛、空都天竺など特定の軍団が有利に戦うための設定でもない。
最初は翳都・蒼京のような都市を模した結界だった。
しかしとある人物による幾度の激しい戦闘により、景観が変わったのだ。結界都市は結界のため、自己修復機能がある。それでもその戦闘痕はあまりに深く、激しかったせいで自動再生がバグを起こしてしまい、回復できなくなった。
美しい都市であったその結界のビル群はすべて倒壊し、残っているのは無機物のみ。草一つ生えない灰一色の都市となったのだ。
そしてついた名前が荒都・灼。
ここで戦うのはたった一人の人物のみ。
巨大な結界を個人だけが占領していいのか、果たして守り切れるのか?
是。
なぜならその人物こそが、大日輪皇國軍最強の兵士だからである。
風も音も、生命の気配すらないその結界の辛うじて残っている大通り、もちろん道路はいたるところが陥没し、コンクリートはヒビ割れ、外灯や柵は倒壊しているような場所に彼女は立っていた。
彼女が纏っている軍服の胸には菊花章の紋章が取り付けられ、彼女が羽織っているマントには自らの組織を表している巨大な日輪がすられている。腰には二本の太刀を差し、鞘しか見えずともその刀は一般の者ではないことは明らか。
腰付近まで伸びた日帝人らしい黒髪は、左右の髪をそれぞれ四つの小さな流星のように両肩の左右に二本ずつ束ねており、まるでツインテールならぬフォーテールと形容すべき髪型だ。
目は閉じているが顔つきはまだ二十代前後と若く、だが威厳さと神格さ、不可侵性を孕んだ彼女は、およそ一般人ではないと誰が見ても明らかだ。
彼女のマントがなびく。
それとともに女兵士は目を開く。龍のように鋭い彼女の瞳はまるで太陽のように紅く、輝かしい。
目に映るは巨大な円盤。三つの結界都市に出現したもの、それより少し大きいくらいか。
円盤の底に穴が空き、そこから出てくる100を超える魔人たち。
そして彼らの先頭に立つ三人の魔人。
魔王である。
黒い皮膚がところどころにひび割れ、赤い光を漏らしている、まるで火山の擬人化ともいえる魔王、ゼノン。
豪華な服に身を包んだ赤髪の青年。七色に輝く巨大な宝石がはめられていた巨大な杖を左手に持った魔王、アルトランサ。
巨大な複眼と節足動物らしき腕を4つ持った人型の昆虫の魔王、ムシャマ。
灰色に染まった都市を見下ろし、都市にある気配がどれほどか探る。
しかし、
「…………感じ取れるのは一人だけですね」
魔法で気配を察知していたアルトランサだが目の前にいるひとりの女しか人はいない。彼の魔法の精度は魔王軍のなかでも一位二位を争うほど高い。隠密師団が隠れていたとて察知することは可能だろう。
人形のように動かない女兵士に向け、ゼノンが叫ぶ。
「おい人間! 貴様が門番の使者か! 何を伝えに来た! もしや降伏を申し出るのではあるまいなあ!」
兵士は反応しない。
聞こえていないのか、返答する気がないのか。
戸惑う魔王軍だがその中で一匹、先頭から出てくるものが。
「オマエラビビッテイルノカ? 門番共ハ全員殲滅、一匹残ラズ殺スノダ。奴ガ使者ダロウガ、兵士ダロウガ関係ナイ。ヤルコトハタダヒトツ……」
ムシャマは羽を激しく動かし、叫ぶ。
「目ノ前ノ兵士ヲ殺ス!」
一瞬にして音速を超え、そしてその三倍の速度を出して兵士へと接近。
だが兵士との距離をすぐには縮めず、まさに直角に方向を転換、もちろんその間に速度は下がらない。高速移動に特化させた体が成せた技。
兵士を中心として円を描きながら飛び続けるムシャマ。地上や倒壊したビルの壁で方向を少しずつ変えながら、しかし速度は下がることはない。
「恐レロ人間! コノ圧倒的ナ速度ニ貴様ハ何モデキナイノダ!」
ムシャマから聞こえるこえは一方からでなく、いろいろな方向から聞こえる。『オ』が背後から聞こえたかと思えば、次の『ソ』は正面から、そして次の『レ』は右から。さらにムシャマは残像を残すほど速く、視覚と聴覚でムシャマの場所、そして不規則に動くムシャマの動きを絶対に予測し、とらえることはできない。
けれどもムシャマの複眼は常に女兵士を捕らえ、少しでも動けばこちらから攻撃を仕掛ける準備はできている。
兵士は動かない。
全く動じることはなさそうな兵士を見てムシャマはイラつく。これまで何度も速さで圧倒してきた。あるものは逃げようと動き出し、あるものは死ぬのを覚悟で魔法の詠唱をはじめ、あるものは必死に殺さないよう許しを請う。
にもかかわらずムシャマが閉じ込めている兵士はそのような素振りを一切見せない。
(フザケヤガッテ! コノ女、スコシハ動揺シヤガレ!)
腹を立てつつもムシャマの速度は下がらない。
中にいる獲物が動かなかったらどうするか。
それはもちろん自分から動く一択だ。
狙いを彼女から、彼女の背中を虎視眈々と狙うムシャマ。
(今ダ!)
兵士の後ろにいたムシャマは急に方向転換、兵士の背中へと迫る。
もちろんそのカーブで減速などは一切せず、最高速度である音速の三倍。
ムシャマにとっては最初の門番の獲物。豪快に、されど確実に景気づけとして一撃で仕留めたい。
鋭利な右腕のかぎづめで兵士の心臓を狙う。
(死ニヤガレェ!)
全く動かない兵士の心臓に魔王の爪が貫通……
(ナニッ⁉)
次の瞬間兵士をしとめたことで喜ぶはずだったムシャマは、歓喜などせずむしろ驚愕した。
なぜならばムシャマの爪が兵士の心臓を穿つことはなかったからだ。
先ほどまで呆然と佇んでいた兵士がムシャマが近づいた瞬間にパッと消えた。まるで最初からいなかったかのように。
(マサカコレガ部下ガ言ッテイタ、門番ガ急ニ消エル現象カ……ウットウシイナ)
ムシャマは兵士が消えた理由を、不思議な力で結界に避難したからだと一瞬で判断した。
そうでなければ音速を超える速度で接近した自分を避けられるはずがないと思ったからだ。
(マアイイ……コノママコノ町ヲ破壊シ、門ノ核ヘト向カウダケダ)
門番最初の獲物をしとめそこなったことにがっかりしつつも、すぐにブレーキをかけ、止まろうとするムシャマ。
だが、
「エッ……」
うまく着地できなかった。顔面が地上に激突する。
不思議なことにそこで終わりではなく、一度視界が跳ね、まるでジェットコースターのように止まることなくぐるぐると変わっていく。
灰色の地面と灰色の空が視界で目まぐるしく入れ替わっていくのだ。
ようやくその酔ってしまうような激しい視界が止まる。
すぐに体を起こそうとするが……動かない。感覚がないのだ。しかも頭部を動かすことすらできない。
(ナゼダ……ドウナッテヤガル!)
複眼で周囲を把握し、できる限り現状を理解しようとするムシャマ。
そこで彼は恐ろしいものを目にする。
(馬鹿ナ……馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナ…………馬鹿ナ!)
ムシャマが見たものは……
首より下の、自分の身体。
つまり今のムシャマは生首ということだ。
(馬鹿ナ……ナゼオレノ首ガ…………イツ⁉ イツキラレタ⁉ マサカ……マサカ……)
複眼で再び周囲を確認するムシャマ。冷静さをかける中、それは見つかった。
何事もなかったかのように、いや、彼女にとっては些細なことだったのだろう。これだけのことに感情を動かすことら億劫のようだ。
飛んでいるうっとうしい虫を叩き落しただけの……ささいな。
虫は生命力が高く、ムシャマは未だ意識はある。意志の増大で声を出し、その兵士へ尋ねる。
「貴様ガ……斬ッタノカ⁉ ドウヤッテ……」
最期に聞きたかったのはムシャマの死因。どんな魔法か、技術か。必ずからくりがあるはずだと、彼は信じた。
しかし彼女の口から発せられた言葉は決して死に際のムシャマには信じる時間を与えなかった。なぜならあまりにもムシャマの尊厳を破壊する言葉だったから。
彼女はこう告げた。
「遅い。そして、柔い」
音速の三倍、そして刃を通さない硬い外骨格、これまでこのふたつを武器にしてきたムシャマは、目の前の兵士にひどくあっさりと負けた。しかもその武器を否定されて。
無念のまま、ムシャマは意識が消えた。
***
「なんだと⁉」
そう叫んだのはゼノン。
彼だけではない。魔王軍全体に動揺が走る。
自分たちの大将、最強の一角がたった一撃でやられたのだから。それもひどくあっさりと。
余裕がなくなり、ざわめき始める魔王軍を女兵士は見上げながら、睨む。
その瞬間静寂が荒都に訪れた。
だれも口から声を出さなくなったのだ。
理由は二つ。
ひとつは彼女から発せられる覇気があまりにも恐ろしかったから。どんな巨大な龍よりも、強い魔法使いよりもその覇気は殺意で満ち満ちていた。
そしてもうひとつは、その覇気があまりにも似ていたから。サンメゴ王国の首都で彼らが山脈の奥から感じたあの覇気と。
「さて、名乗ろうか」
彼女は言葉を紡ぐ。決して大きな言葉ではないが、魔王軍の末端に至るまでその声を畏怖する。その静寂の中で、彼女の声だけがあったのだから。
彼女は告げる。己こそ、
一年で国の数が変わり、五年で世界地図が変わる動乱の世界の中、たった一人で国を存続させることを可能にする個、不変国家の絶対錨に選ばれたうちのひとり。
そして
『界竜の遺児』の単騎討伐、『知られざる彼方のものの信奉者』の撃退など、圧倒的な戦績から世界により、「武神社の戦巫女」と名付けられた人物。
「私は大日輪皇國軍『元帥』! 天照日御子である!」
第玖拾話を読んでくださりありがとうございます!
元帥閣下の性別は僕は明言してませんから。
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