第捌玖話 『ブラッシング』
魔王戦の決着より少し前、円盤の崩壊直前のとき。
慧は円盤の進入口から飛び降りようとしていた。
「……起きろ。ここからはお前の番だぞ」
その言葉は己自身に言っているようだ。だが髪を下ろしはせず、『超眼』を使って味方を待つ。落ちる自分をキャッチしてくれる人を。
「まだ……か。もういい。時間がないからな」
ため息をつきながら慧は飛び降り、翔真に連絡をつなげる。
「脱出した。急げ」
翔真に脱出の旨をつたえたあと、慧の視界が暗転。だがこれは慧も予測していたことだ。
再び慧が目を覚ますとそこは上空、急降下していた。
「まじか! あの野郎こんなときに俺っちに代わりやがって!」
破暁隊最強の慧でも空中いれば身動きが取れない。バタバタと手足を動かすも鳥のように飛べるはずもなく。
しかしすぐに慧はだれかに抱えられる。巨大な手に。
助けてくれたのは……
「光!」
落ちている慧を拾ったのは光。円盤内で『慧』は光、そして由良に自分を拾うよう連絡したのだ。
そしてもうひとつ、
ドン!
という音が上空から響き、上を見れば円盤が崩壊していた。
慧は笑って彼も髪をかき上げる。最後の仕事をするために。
(超眼…………発動!)
円盤全体を超眼でくまなく見つめ、翔真を探す彗。慧の超眼の使用時間は残り一分。いや、意識を集中しているから使用時間は二分の一、30秒。
(どこだ……)
無数の瓦礫のなかで魔人の死体だけは見えるが、人間はいない。
(どこだ……っ!)
瓦礫も崩壊していき、見えないところはどんどんとなくなっていく。しかし依然として翔真はいない。
残り十秒。
(賭けるしかない! のこり五秒に!)
慧は超眼の性能をさらに上げる。残り五秒とはいったが慧にとっては世界が止まったよう。残像が残るほど慧の黒目が移動し、隅から隅まで探す。
残り一秒を切る。
「いた!」
はるかさき、瓦礫と瓦礫の間に見えた山吹色の髪をした人間。だがその一秒後には慧の目に激痛が走る。超眼の使用時間が切れたのだ。瞼を開けることすらできない。
しかし座標はわかっている。
『600・146・120……』
光に翔真の位置を伝える慧。その言葉を聞いた光はすかさず慧が呟いた場所へ全速力で向かう。
慧の座標に向かえば光にも翔真を見つけることができた。
慧を乗せていない五つの手で翔真を何とか掴む。
「よかった…………翔真」
目の痛みが治まり、超眼は使えないが視覚は使えるようになる慧。
無傷の翔真を見て安堵する、が
「光! 危ない!」
ふと上空を見た慧が見たものは、こちらへ刃を向けながら落ちてくる一本の剣。おそらく円盤内の武器庫にあったものだろう。
翔真を受け止めたことで気を緩めてしまい光はすぐに手を操作することができず、慧もナイフを取り出す余裕はない。
だが、
バン!
と銃声が鳴り、落下する剣を吹き飛ばす。
『大丈夫⁉』
撃ったのは、由良。
慧は光だけでなく、もちろんだが由良やほかの兵士にも翔真が堕ちている座標を連絡していたのだ。
彼女のおかげで三人無事に蒼京の地上に降り立つことに成功。
翔真を寝かせ、慧を下ろした光にひとつの連絡が。その言葉を聞いた光は三人に背を向ける。
「我はこれから正義たちを迎えに行く」
「わかった」
魔王を倒し、都市を守り切ることが確定しても、忙しい人は忙しい。
破暁隊の運搬の役目を請け負った光へ、目が多少見えるようになった慧は激励も兼ねて、光の背中を思い切り叩いた。
「まあ! もうひと踏ん張りさ! 頑張ってくれ…………」
カチッと、背中をたたいた慧の手が、何かを押した。まるでスイッチのようなボタンのような。
すると光が纏っている服からまるで風船に穴をあけたように空気が抜けた。
ガワはそのままで中身の体積が減ったようだ。1.8mはあったであろう身長は空気が抜けたことで慧よりも低くなる。
それは頭部も例外ではないのか、頭が小さくなったことでヘルメットのサイズが合わなくなり、外れてメットが落ちた。
「………………えっ」
現れたのは素顔。一ヶ月間、寮の中でも彼が見ることはなかった光の正体。
「はぅ……え…………と……その……うぅ……」
丸みを帯びた輪郭、大きくて丸みのあるたれ目と美しく輝く碧眼、長く繊細なまつ毛に二重まぶた。小さめで高すぎない鼻に小ぶりでややふっくらした唇、そして白めで透明感がある肌に光沢のある桃色の髪をした中身は、嬌声を出し、涙目になりながら慧へ弱弱しい視線を向けている。
そのすべての特徴があらわしているのは、光の、光の性別。
「光って、光って…………女の子————————⁉」
円盤の崩壊音、正義の最後の銃声、続く慧の驚愕の声が、蒼京の戦闘の終わりを示した。
そして四人にも。
『『『『レベルが上がりました』』』』
***
『うおおおおおお!』
総司令部で大きな歓声が上がる。
新人も、ベテランも、サポーターも全員が破暁隊の勝利に喜ぶ。
敗北濃厚だった戦いから形勢逆転、魔王を誰も死ぬことなく倒したのだから喜ぶなと言うのが無理だろう。
井原青年もガッツポーズで破暁隊勝利の結果を自分のようにうれしがる。
参謀の何人かも彼らほどではないが拍手をして彼らを祝福したり、息を大きく吐いて緊張をほぐす人も。
だが総司令部の中心、南郷総司令官だけは顔色を変えず、喜んでいる様子はない。
もちろん破暁隊が勝ったことに安堵はしているが、これからかかってくるだろう個人的な連絡がストレスで仕方がない。
そしてかかって来た。
南郷は開口一番電話先の相手に上っ面の賞賛をする。
「…………よかったな。貴様の隊は勝ったぞ」
『ええ、そのようですね。僕の勝ちのようです』
「貴様と勝負を始めた覚えはない。大日輪皇國軍が勝ったのだ。その事実だけでよい」
『はっは。そうしときましょう』
電話先の相手は近藤。驚いている様子はないからおそらく何らかの方法で破暁隊の勝利を知ったのだろう。
電話越しでも近藤が破暁隊の勝利に一番喜んでいることが南郷にも察せられる。
「これも貴様の計画か?」
『まあ、魔王と戦わせるまでは。負けたとて経験は積めますから。まさか勝ってくれるとは思わなかったですが。どうです? 南郷さんから見て、どれほど上がりそうですか?』
「上がる……ああレベルのことか。勇者の仲間に『レベル』という概念を与え、彼らが経験を積んでいく中で段階的に恩恵をもたらすという勇者の権利……」
『ええ。僕はただ勝ったという情報しか知らないので。個人的には5くらい上がればよいかなあと』
「いや、あの戦いぶりからして10は下らんな。魔王だけではない、円盤攻略組もおそらく7は上がるだろう」
『そんなにですか……くっくっく……ふふふふふふ……あっはっはっはっはっは!』
電話の先の近藤は思った以上の利益が出たことが破暁隊の勝利という事実よりもうれしいのか、南郷の言葉に返答をせずずっと笑ったまま。
そんな彼に呆れ、南郷は電話を切る。呆れつつも彼のことはよく知っている。
彼にとってこの戦争での破暁隊の成果は、鴨が葱を背負い、ついでに野菜も咥えて自分から土鍋に飛び込んでくるようなもの。
絶頂の最中だろう。
近藤廻斗という人物はそういう人なのだ。決して破暁隊の前には、いやおそらく十偉将の大半も見たことはないだろう彼の本性。
「あの……南郷さん」
ストレスの原因が消えたことで一息ついた南郷へ井原青年が話しかける。彼の手には受話器。
「どうした?」
「鳴ってました。今まで使わなかった受話器ですけど……誰につながってるんです?」
南郷は戦争中たくさんの人物と連絡を取っていた。だが井原青年がなっているのに気づいた受話器は戦争中一度も南郷が触らなかったもの。
すぐに南郷は受話器を手に取る。電話越しから伝えられる情報に、南郷は喜びを隠せない。
「承知しました」
南郷は受話器を戻し、彼も近藤とまではいかないが笑う。
「……何かあったんですか? 南郷さん」
不思議そうな顔をする井原青年へ南郷は言い放つ。
「なあに。この戦争の勝利が確定しただけさ」
より一層疑問を隠せない井原青年だが、南郷は何も説明することなく総司令部全体に叫ぶ。
南郷の表情に迷いはない。すこしでも懸念点があると曇る彼だが、今の彼は晴れやかだ。
「全軍! 戦闘を継続している部隊を除いて、戦後処理に移るように!」
突然の宣誓に井原青年はもちろんその理由を尋ねる。
「なぜですか? まだ本命である三体の魔王がいるというのに!」
南郷にとってもう戦争は終わったらしい。軍人らしい顔つきではなく、日常の宣誓のような表情で井原青年へわけを話す。
「その魔王らが現れたんだよ」
「……どこにですか?」
「北方結界都市『荒都・灼』にね」
「灼…………ってまさか!」
南郷が切り替えた理由を井原青年も理解する。
「ああ、そこは、あのお方がいる」
第捌玖話を読んでくださりありがとうございます!
勇者の権利、「レベル概念の付与」のレベルですが、レベルが高い=めっちゃ強いというわけではありません。
元の身体のステータスにプラスしてレベルアップによる恩恵が入ります。
例えば軍団長と一般兵士にレベル概念を付与してもどちらも同じレベル1です。
まあレベルが高いということはそれだけ経験を積んでいるということなので、強さの指標にはなりますが、レベルだけで判断することはできません。
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