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第玖話 『凱旋ト帰還ノ時 而シテ時代ハ蠢イテ』

 戦闘が終わり、近藤がヘリで迎えに来てくれた。着陸より先に近藤はヘリから飛び降りて正義のところへ向かう。

 

「正義君、大丈夫か!」

 

「近藤さん……」


 声を聴いた途端、安心したせいなのかガクンと眠気とともに、体のバランスを崩してしまう。学校で魔人を倒したときに似た感覚だ。

 近藤がすぐに駆け寄り、体を支える。


「いつものか」


「はい、この弾を撃つと眠気が……」


「『意志の増大』の使い過ぎによる精神的な疲労だろう。ヘリの中で休むといい」


「ありがとうご……」


 その時、後ろの魔人の死体から複数の爆発音。

 驚いて正義の眠気が飛ぶ。後ろを向くと魔人の頭、胸、足の付け根からそこで爆発が起きたのだろう、煙が上がっていた。


「あれ? もう終わってる!」


 そんな声が上から聞こえたと思うと一人の軍服を着た人間が死体の上に着地。

 兵士は正義たちの方を向く。ぼさぼさした黒と灰の中間のような髪色。目はその前髪で隠れていて見えない。体格と声から男ということはわかる。身長はおそらく正義より少し低いぐらいか。手にはナイフを持っていた。


「近藤さんすか? こいつ倒したのって?」


 少年は軽い口調でこちらに尋ねる。


「違うね、倒したのはこの子」


 近藤は正義に指をさし、少年の視線も正義へと向けられる。


「へえー」


 彼は死体から正義たちの目の前までジャンプし、興味深そうに前髪越しに正義を観察。


「……君何歳?」


「……15、今年で16になる」


 訝しみながらもそのなれなれしい少年の質問に答える。


「じゃあ俺っちと同い年だね! よろしく!」


(「俺っち」って……?)


 謎の一人称とおちゃらけた口調に戸惑いつつ正義は差し出された手を握って握手した。


「俺っちの名前は氷室(ひむろ)(すい)さ!」


「晴宮正義、よろしく…………っ!」


 返事をしたとたん先ほどまで消えていた睡魔が急に正義を襲う。

 体を支えてくれていた近藤が心配する。


「さすがに休んだ方がいい。すまない彗君、後処理は任されてくれないか?」


「おっけー!」


 彗は手で丸を作って了承する。そのやり取りの後、正義の意識は落ちた。

 

 正義の乗ったヘリが飛んだあと、彗は一人、後処理部隊の到着を待つ。


「……久しぶりにやる気が出てきたのに……なあ!」


 そう叫びながら彗は腕を下から上に振って手に持っていた小刀を死体に投げつける。小刀が刺さったとたん、その部分がドンという音を立てて爆発。


「それにしても晴宮正義……か」


(あんなショボそうなやつがこの魔人を倒した?)


「ちょっと興味湧いたかな?」


 彗は少し意味ありげな笑みを浮かべながら去っていくヘリを見つめていた。


 ***


 正義が目を覚ますと、ちょうど三十七駐屯基地に降りようとするところであった。

 起床に気付いたのか近藤が振り向いて正義に伝える。


「目が覚めたようだね正義君。さあ凱旋の時間だ」


 ヘリが着陸し、ヘリパッドに降りると基地の隊員が出迎えてくれた。ヘリパッドにいる人だけでなく、塀の上の隊員も正義の勝利と帰還を祝福する。


「ありがとな! ガキンチョ!」

「よく勝ってくれた!」

「この基地を救ってくれてありがとう!」


 正義は、喜びという言葉では言い表せないほどすがすがしい気持ちと同じくらい恥ずかしい気持ちになった。

 大きな喝采とともに正義を称えてくれる。

 その中で正義に近づく者が一人。


「ありがとう晴宮隊員。君のおかげで我々はこの基地を放棄しなくて済んだ」


「こちらこそ、霧島さんのあの一撃がなければとどめを刺せませんでした。ありがとうございました!」


 正義はこれまでの人生で一番心を込めたお礼を言う。

 どこまでも誠実な正義の姿に霧島は心を打たれた。再び霧島が申し訳なさそうに口を開く。


「そしてあの時、君を『勝てるとは思わない』と言ってしまった。本当にすまない」


「い、いえ、あれは咄嗟に出た言葉で、自分も勝てる自信はありませんでしたから」


「そうだったのか。だがあの時の晴宮隊員の言葉は私にとって嬉しいものだった。感謝している」

 

 そういうと霧島はまっすぐ正義の目を見つめ、その場にいる人全員へ聞こえるように声を張り上げた。


「改めて! 第一防衛線第三十七駐屯基地全隊員より! 晴宮正義隊員に! 心より感謝申し上げる! ……敬礼!」


 ヘリパッドにいる兵、塀の上にいる自分を援護してくれたであろう砲兵、近くで作業をしていた兵、そのすべての兵が正義に対して右手をあげ手のひらを左下方に向け、人さし指を帽のひさしの右斜め前部にあてる。

 その姿を見て正義は敬礼という動作の意味を実感。テレビではなんとなくかっこいいと感じていた敬礼。だがいざ自分に向けられるとそこには兵士一人一人の思いが現れているのだと気づく。

 敬意、感謝、覚悟。そういった『意志』をぶつけられた正義は胸の内が熱くなる。「敬礼には敬礼で返す」と近藤に小声で言われ、正義も敬礼を返した。

 数秒後、敬礼をやめた霧島がパンと手をたたいてその場にいた隊員へ叫ぶ。


「さて! 全員後処理に戻るように。今日中には終わらせるぞ!」


「はいはーい」

「うへーめんどくせ」


 そのまま彼らは各自の仕事をはじめようと解散し、正義も疲れがまだ取れてはいなかったため近藤の勧めで現界へ戻ることにした。

『門』へ行く途中、正義と近藤が会話する。


「初戦闘での勝利、おめでとう正義君」


「……ありがとうございます」

 

「どうだい? 勝利の感想は」


「よくわからないです。あいつを倒したときはうれしいというより安心感が来たというか」


「そうだね。まあ死にかけたんだから当然といえば当然だけど」


「でも、基地の皆さんに感謝されたとき、そこで初めて嬉しくなりました。こんな自分が人の役に立てるんだって」


 基地の隊員に敬礼された時を思い出すと再び胸が熱くなる。


「…………初めて、自分がここにいてもいいんだと思えたんです」


 正義は立ち止まり、振り返った近藤と目を合わせる。父からの存在否定の折からずっと何ものにすらなれなかった正義に、三十七駐屯基地の隊員の敬礼は初めて『英雄』という意味をもたらしたようだ。

 自分という存在の肯定は正義に新たな喜びを気付かせる。


「近藤さん、俺は戦います、そして勝ちます。自分がいてもいいんだって自信を持てるまで」


「いいんじゃない? 義務だけじゃなく、目的を持って戦うのは大事なことだ」


 二人は『門』の前にたどり着く。


「近藤さんは帰らないんですか?」


「僕は少々やることがあるから。会社の前にタクシーを呼んでおいたからそれに乗って病院に帰るといい。代金はもう払ってある」


「わかりました」


 『門』に触れる前、正義は新ためて近藤にお礼を言った。


「今日は、ありがとうございました!」


「うん。ゆっくり休むといい」


 正義は『門』に触れて消える。

 

「おや、晴宮隊員はもう帰ってしまいましたか」


 近藤が振り向くと、そこには霧島基地長が立っていた。


「ええ、まだ疲れもとれていなさそうでしたし」


 成長を見届けた親のような表情で霧島は言う。


「初めての勝利、本当にうれしそうでしたね。彼にとってこの勝利は特別なものになるでしょう」


「勝利が特別……か。だが、果たして彼はいつ気づくのだろうか」


「なににですか?」


 近藤は声のトーンを下げて呟く。彼らがいるのは魔界であり、決して正義には届かない言葉。されどその言葉は先ほどまで勝利の美酒に酔っていた少年に伝えるにはあまりに残酷な真実。それゆえ近藤は自然と声量を下げたのだ。彼に聞かれないよう。

 

「我々軍人にとって、勝利は常識であり、義務であり、ただの作業に過ぎないということに」


 近藤の一言を霧島は否定しない。


「……そうですね。ですが今は喜びましょう。彼の成長に。若者を育てるのも、我々大人の『義務』ですから」


「その通りだ」


 ***

 

 いつもの病室に戻った正義はナースから明日に『退院』だということが告げられる。

 祖父も明日の午後迎えに来てくれるらしい。

 予定されていた「入隊試験」も近藤の方から中止の旨の連絡が来た。近藤からいったん心身を療養するようにとの連絡が添えられて。


 次の日、最後の病院食を食べ終えて部屋の整理を行い、ナースたちにお礼を言った後病院の前で祖父の車を待つ。一週間入院という名の訓練詰めということもあり、ここで初めてスマホの電源を入れるとたくさんの人から心配の連絡が来ていた。祖父、親友の和樹はもちろんのこと、連絡先を交換した数人のクラスメートからもいくつかのメッセージ。意外だったのは妹の望からも一言。


『大丈夫?』


 と送られてきたのに正義は少し連絡をしなかった後悔を感じてしまう。


 ……だが父と、正義の兄・(つとむ)からは何の連絡も来ていなかった。正義の入院を知らなかったからか、はたまた二人は正義に興味がないのか。


 一人一人に返事をしていると祖父の車が近づいてくることに気付く。車は正義の前で停止。

 正義は荷物をトランクに乗せ、後ろの座席に乗った。


「おかえり」


「ただいま」


 そんなやり取りの後、源一郎は車を発進させた。

 帰宅途中、車内でもメールに返信している中、源一郎が口を開く。


「……正義、何かあったか?」


「え?」


 何か感づかれたかと正義はドキッとする。

 

「雰囲気が変わった。前よりも自信がついた顔つきだ」


「そうかな?」


「お前の祖父だ。それくらいはわかる」


「まあ、いい医者に会えたから……かな?」



 『軍』のことは言えないため、それとない嘘でごまかす。でも誰かに「変わった」と言われたことに正義は興奮と喜びが混じった感情となった。


「…………よかったな。それとお前が長く入院したのは家事の疲労も重なったと思ってな。住み込みのハウスキーパーを雇った」


「大丈夫な人なの?」


「わしの知り合いだ。信用できる」


「まあ、ありがとう……」


「退院祝いだ。何が食べたい?」


「そうだなあ、寿司がくいたい」


「わかった、帰りに寿司屋でも寄るか」


「うん」


 車の窓の外を眺めながら、正義は「戻ってきた」と安堵する。

 そうして正義は『軍』という非日常から、一時的にではあるが、元の日常へと戻っていった。


 ***


 その夜、現界と魔界の狭間、とある結界にて会議が開かれた。会議室の形は横に長い長方形。

 部屋の中心に置いてある黒光りした木製の15mはあるであろう長机、それを前に椅子に座る十数名の軍服を着た男女。いくつかは空席、彼らは部屋の短辺の方に立つ一人の男、近藤廻斗に目を向けている。


「皆様、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。今回、皆様にお伝えしたいのは、『勇者』晴宮正義に関する件です」


 近藤は後ろに備え付けられたプロジェクターに映像を投影。

 

「これより、彼の過去一週間にわたる訓練の状況および昨日(さくじつ)発生した魔人との戦闘の詳細について、報告を申し上げます」

第玖話を読んでくださりありがとうございます!


正義君は祖父だから察することができたと考えましたが実は彼の雰囲気はだいぶ変わってます。親友の和樹も気づくと思います。


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