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第捌陸話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・玖』

 轟音で燐は目を覚ます。だが気分としては未だ夢の中、走馬灯をさまよっているよう。

 かろうじて景色が意識を失う前であり、現実に戻ったと気づく。


 不思議なことに体に痛みはない。先ほどの衝撃波で傷ついた体の損傷の進みが止まったようだ。治ったわけではない、ただこれ以上重症化しないと燐は感じる。


 刀を支えとして立ち上がるも、足に力が入り、ふらつくことなく自分の足で直立することができた。疲労も全く感じられない。

 けれど精神状態はやはり走馬灯の中。頭の中では今までの戦闘の記憶が流れている。


 この状態で燐がやるべきことはひとつ……



 ***



 崩壊していく円盤を見て仄が目を見開いて驚きの声を上げる。


「なんだありゃあ⁉ 円盤が……」


 一方仄の隣で涼也はハングを見続け、警戒を怠らない。仄の言葉から円盤が何かあった、しかもおそらく魔法が発動したなどではなく、大日輪皇國軍にとって有利な出来事だと考察。

 さらにハングの動きを警戒していたことにより彼は希望を発見する。口元に笑みを浮かべながら。


「うん、どうやら……誰かがテーブルベルを鳴らしたようだね」


 涼也の謎の言動に仄はその意味を彼に問う。


「そりゃあどういう意味だ?」


「なあに。あの魔王はまだ食い足りないらしいってことさ。僕たちっていう食材をね」


 やはり意味が分からない。続いて聞こうとした仄だが、視界の端に()()が映る。

 

 それと同時にハングも彼女の気配を感じ、振り向けば、



「龍獄門・怒龍降斬(どりゅうこうざん)



 燐が刀をハングに向けて振り下ろしていた。それはあまりにも鋭く、殺意がこもっていた。最初にくらった正義の弾丸のように。しかし彼女から発せられる殺意は恨みや憎しみの類ではなく、ハングにとってなじみ深いものに感じた。


「燐さん! 態勢を立て直そう!」


 ガダンファルと戦ったときにある程度有効だった陣形をもう一度敷こう思い燐へ叫ぶ涼也だが、燐は無視。彼女の目線はずっとハングにくぎ付けだ。


 半歩下がってハングはその技を回避、しかし燐は追撃のため手首をひねり、腰をかがめ、精神を集中。


 ——龍は孤高なり


「龍獄門・昇龍斬」


 避けるのを見越した燐は一歩踏み出し、刀を振り上げる。その速度は彼女が先ほどまではなっていた技よりも数段上。その違いにハングが攻撃を喰らってしまうまで。速度、鋭さ共に技量が上がったことで、ハングの胸には赤切り傷が生まれてしまう。

 悔しさと怒りを顔に出しながら、ハングは剛腕を燐へ叩きつけるが回避、それどころか地面に空ぶった腕の上に燐は飛び乗る。


 ——龍は誰も必要としない


 「龍爪斬」


 ハングの首めがけて刀を振りぬく燐。ガダンファルだったときならば彼女の刃は皮膚一枚を切り裂くだけだろう。しかし今はハング、そして今の燐の剣技ならばハングの首を斬ることができるかもしれない。

 咄嗟に首をすくめ、彼女の一閃はハングの首元を皮一枚かすめるだけ。振り終わった燐へハングはその大きな口で噛みつこうとしたが燐は腕から飛び降りる。


 ——龍は誰の力も借りない

 

「青龍のうねり」


 燐のけさぎりがハングの胸へと炸裂、続けざまにハングへ「突き」を放とうとするも、ハングは傷を無視して燐に右腕で噛みかかる。

 だが燐は攻撃を止めようとはしない。狙いを未だに定めている。その鋭い眼光で。

 最初に攻撃を仕掛けたのはハング。右腕が燐の顔面に接近するも、燐は首を少しだけ曲げてギリギリで回避。


 ——ただ一体のみで、敵を喰らうのだ

 

「牙龍閃」


 燐渾身の突きがハングの胸へと放たれた。


「「「ぐ……」」」


 明らかに痛みを覚え、三つの口からうめき声をあげるハング。吹き飛ばす前とは明らかに違う、今の自分と渡り合えている彼女の急激な成長に戸惑いを隠せないでいる。


「「「なぜだ…………なぜこのワレと渡り合えている……一匹の小娘如きが……」」」

 

 驚いているハングとは対照的に燐は笑っていた。


(見えますわ。魔王にどう攻撃すればよいか……)


 ハングと戦えているからではない。今このとき、己の実力を100%出し切っていると感じているから。スポーツなどでゾーンに入って相手を圧倒している時のような、テストで自分が予習した問題が次々と出てくるような高揚感。

 実際彼女の頭の中は未だ走馬灯を見終えたばかり。彼女がこれまで戦った約100を超える試合の記憶が鮮明に頭にこびりついている。燐は生真面目な性格であり、試合が終わった後は反省をしっかりと行い、記録しているのだ。そして今、その記録もすべて思い出した。刀の角度、技のタイミング、体の動かし方に至るまで。まるでこれまでの経験が魔王との戦いに発揮されているようだ。

 その記憶と経験が燐に直感として教える。どう攻撃すればよいか、どう動けばよいかを。


 今まで喰らってきた勝負(経験)に納得のいく意味を与えたことで、糧となって彼女の技の血肉となる。

 

 目覚めたから魔王に放った攻撃も、鍛錬中の一刀、試合中に放った一撃、生涯で最も完成された一撃を再現しているもの。威力が高いのも必然だ。

 

 だが魔王はここで終わるはずがない。ハングの戦闘スタイルはより激しく、より乱雑に、されどおぞましく変化していく。


「「「「「「グギャアアアアアアア!」」」」」」


 魔王から聞こえるおぞましい雄たけびが増える。その理由を最初に理解したのは、魔王の正面にいた燐。彼女が目にしたのは、己がつけた切り傷が()()、牙の生えた口となったからである。

 どんどんと人としての姿を捨て、まさに相手を喰らおうとその場その場で乱暴な進化を遂げていくハング。

 だが燐は見かけに恐れることはない。


「牙龍閃」


 彼女が突きを放つも、


 ガキン!


 となんと出現した口で彼女の刀を()()()()()のだ。

 その咬合力はあまりに強く、すぐには刀を抜くことができない。


 燐に右腕の口が迫る。


「樫野流薙刀術・流星!」


 ハングの背後より涼也の薙刀がハングの肩に叩き込まれる。続いて涼也の後ろには仄と緋奈の姿。

 涼也の薙刀の刃はハングの右肩をえぐり、そのまま内臓まで行きそうになるも、

 突如薙刀が動かなくなる。何か硬いもので封じられたような、()()()()()()()

 なんと涼也の後ろから斬られた薙刀は体の前にある歯に挟まれたのだ。

 もう薙刀を動かせないと一瞬で判断した涼也は持ち手に力を入れ、体を体操選手やしゃちほこのようにして逆立つ。

 そうしたことで空いた背中に向け、仄と緋奈が攻撃を仕掛けた。


「陰陽火之道・炎牙(えんが)!」


「八坂血戦式・紅三日月(アカミカツキ)!」


 仄の蹴りと緋奈の赤い斬撃がハングの背中へ命中。呻き声をあげのけぞるハング。噛む力が弱くなり、涼也と燐の武器を取り出すことができた。

 再びハングを囲うように位置取る四人。

 

 ハングは痛みを怒りに変換し、燐に襲い掛かる。

 刀を構え、カウンターを狙う燐だが、


(見えない⁉)


 先ほどまで見えていた魔王を攻撃する隙がわからない。直感は逃げろとだけ彼女に警告する。だがそう思った瞬間に、ハングに蹴り飛ばされる燐。なんとか刀で防御し直撃は免れた。燐が着地した瞬間、ハングの右腕の口が今まさに彼女をかみ砕こうとしていた。

 

 ハングは痛みを怒りに変え、強くなりたいと願った。その()()が増大し、実現したのだ。

 もっと寄越せと、もっと強くなりたいと。()()()()()()()()、こいつらを喰らう体が欲しいと。


(避けられない!)


 どこまで進化するのか。魔人というものは。

 成長するのは破暁隊だけではない。燐が強くなっても魔人はもっと早く成長する。


 しかし、その意志は愚策であった。


「「「「「グハァ!」」」」」」


 突如魔王の身体に激しい痛みが襲い掛かる。体の内部が尋常じゃないほど熱い。不快感と痒さが魔王の思考を埋め尽くし、体の口という口から血を吐き出す。

 何が起こったかわからないが、危機は去ったようだとすぐに燐はハングから離れる。



 ………………

 …………

 ……


 身体を抑え口元をゆがめるハングの()()を見て、結界内にいる一人の兵士がとある人物へ朗報を告げるかのごとく叫ぶ。


「隊長! 効いたようです! あなたの()!」


 兵士の言葉を聞いた紙を四色に染めたその人物は安堵しながら、されど当然かのようにふるまう。


「当たり前だ。薬師家が代々研鑽してきた猛毒だ。魔王に効かないはずはないさ」


 人物の正体は特撃師団第五席・薬師藤吾。彼の職業は『薬剤師』。そして結界に送られる前に放った『山楝蛇(ヤマカガシ)』は彼が持つ最も強い毒を相手に埋め込むというもの。この毒が今になって魔王へと牙をむいたのだ。



 ***

 


「樫野流薙刀術……」


 ここで横やりを入れたのは涼也。殺意をもって振り下ろされた薙刀を死にかけのハングは無視できない。『意志』により毒を抑えるハングは右腕で薙刀を弾くが、その隙に燐は離脱、かと思いきやなんとハングの胸めがけて刀を二回振るう。

 それを見た涼也は最初は戸惑うもすぐに彼女が魔王を本気で倒そうとしている、その力を持っていると認識。


(うん、じゃあ僕も彼女に合わせないとね!)


 彼女の戦闘スタイルは今迄とは違い我の強い、自分勝手なものになった。周りに合わせるのではなく、周りが合わせろと言っているようだ。そう考えた涼也は彼女を作戦内に引き戻すのはよくないと考察。着地の後、()()()()()攻撃を仕掛ける。



 先ほどは燐の攻撃のあとに涼也が攻めるという戦術であったのに、急に順番を切り替えられ混乱するハング。だが咄嗟に涼也の薙刀を左腕で掴み、防ぐことに成功したと思ったのも束の間、


「はっ!」


 涼也は左腕に未だ装着していた鎖銛(さてん)の錨をハングの左腕に突き刺す。涼也の鎖銛(さてん)は彼を引っ張るときに彼自身のダメージになるため、そうしなければ何度も使うことができるのだ。

 

「龍爪斬!」


 魔王をここで倒すと言わんばかりの殺意を込め、燐は魔王の首へもう一度刀を振り、命中。切断とまでは行かないが、切り傷からは血が噴き出す。しかしすぐに血は止まり、むしろその傷は口と変化。失血死は狙えないらしい。


 追撃を加えようとした二人だが、魔王は彼らをなぜか迎え撃とうとしない。体を大きく構え、()()()()()()()()()()

 守りか、攻めか、どちらか。

 魔王は自分たちの攻撃を最初から防御などしない、何かしら攻撃の類だろうと涼也は察する。頭の中でそれらしい魔王の攻撃がなかったか記憶をたどり、そして思い出す。


(まさか⁉ 最初、正義君にいるところに放った咆哮か⁉)


 叫びとともに衝撃波を放つ魔王の攻撃。もしそれならば、今全身のいたるところに現れている口からその衝撃波が発せられるということだ。

 回避は限りなく不可能。燐も涼也も至近距離で喰らってしまう。二人は離れようとするもおそらく間に合わない。



 魔王が全身の口を開く。




 ドガァン!


 


 衝撃波を発するであろう魔王は突然の大爆発とともに吹き飛ばされた。

 驚きで目を見開いた涼也と燐、爆発の煙から出てきたのは……


「はっはあ! 人間爆弾じゃぁ!」


 火御門仄。

 なぜ突如爆発したのか、なぜそこに仄が立っているか。

 

 それは二十秒前、

 緋奈と仄も魔王にむかっていたが、緋奈は脇腹をやられて思うように走れず、仄も両腕が動かせないためろくに戦闘に参加できそうにないと苦い顔をしていた。お互いどうにか魔王に一撃を食らわせたい。

 そこで仄が緋奈へ提案する。


「俺様を投げ飛ばせ! ハンマー投げみてえになあ!」


「わかったわ!」


 仄の大胆な作戦に緋奈は二つ返事。血をひも状に変形させ、仄を縛る。

 朱激を発動させ、彼の言うハンマー投げの選手のように回転。遠心力を乗せて二人が離れた瞬間に離そうとする緋奈。

 その直後にハングは体をかがめ、衝撃波を出そうとして、二人が距離を取る。

 そこに緋奈は仄を魔王に向けて投げたのだ。

 仄は魔王にぶつかった瞬間に全身を「大火花」で爆発。魔王の攻撃を防ぐことに成功。


「うん、よくやった! このままいくぞ!」


 遠くに飛ばされた魔王へ燐、涼也、仄が追撃を試みようと走り始める。

 が、


 次の瞬間三人は思考が止まってしまう。



 魔王が体を大きく捩じり始めたのだ。


 ()5()0()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

第捌陸話を読んでくださりありがとうございます!!


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