第捌伍話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・盤外』
魔王の覚醒より少し前、 円盤内の魔人と戦っていた慧は目を覚ます。
彼が意識を取り戻し、現状を把握すれば、どうやら自分は部屋の壁にたたきつけられたらしい。そして超眼で魔人を見れば、なんと魔人は腕のほかに、角も通常の5倍ほどの長さまで伸びていた。
どうやら鞭のような両腕を乗り越え、魔人に接近した瞬間に魔人は額から生えた角を慧に向け発射させたのだろう。
確かに魔人の角にも両腕に見られる節はあった。だがそれを無視して攻撃してしまったのは焦りか怠慢か。
魔人の角による一撃はおそらく慧の身体を貫くものであったのだろうが、混濁した思考の中、体のどこかに穴が空いたような痛みは今のところ感じていない。おそらく無意識にだがナイフでその一撃をかろうじて防ぐことができたのだろう。だが衝撃までは防ぎきれず、吹き飛ばされたらしい。
「くそ…………油断した……」
タイマーを見れば強化魔法の発動まで残り7分。傷はないものの角の衝撃は内臓にまで到達したのか激しい腹痛のせいで立つことすらままならない。
にもかかわらず魔人は追撃を加えるため両腕を後ろに引き、慧へ腕を飛ばそうとしている。
強烈な危機感と敗北への予感が慧の頭によぎる。それは一ヶ月ぶり、燐と戦った訓練、彼女に首筋まで刃が届きそうになったとき以来の感覚。
あの時は結界内だからこそもし首を斬られたとしても本当に死ぬことはない。しかし今は結界内ではない。もしあの魔人の拳が直撃すれば潰されてしまうだろう。
強烈なストレスが慧にかかり、思考が暗転する。
ドゴン! という爆発音とともに慧がいた場所へ魔人の拳が放たれた。土煙が舞い、魔人は拳を引っ込める。警戒を解こうとした魔人だが、魔人は違和感を感じた。両手に慧を殺したであろう形跡がない。皮膚も、血も、慧にあたったならばつくであろうものがない。
土煙を再び見つめる魔人。薄れゆくにつれ、そこに人影が浮かび上がってゆく。
立っていたのは、
髪をオールバックに整えなおした慧であった。雰囲気はまるで異なり、まるで感情のない兵士のよう。
「はぁ、こんな魔将如きに苦戦するとは……次期特撃の爆刃使いが聞いてあきれるな」
自分のことをまるで第三者視点のように評価する言動、そして別人かと思うくらい一段と低い声色。彼はゆっくりと両腕に厚い手袋を装着する。
魔人を彗らしき人物は魔将と断定した。それは目の前の魔人が魔王と同じ性質を持っていたためである。
慧をしとめきれなかった魔将が最も変わったと感じたのは殺意。
先ほどの慧は自分を必死に殺そうとしてくる、真剣な殺意であった。だが今慧から向けられる殺意はもっと冷酷で残酷な、冷たいナイフを平然とした顔で向けられるようだ。
外見は同じだが、中身が違う。
すぐに魔将は腕を後ろに折り曲げ、溜を作る。一方慧のほうは動かない。
魔将が拳を発射。ピストルの弾丸のようなスピードで慧へと襲い掛かる。
直撃の瞬間に慧が動く。先ほどのように下がるのでも、横に動くのでもなく、魔将との距離を詰めた。
すぐさま拳を引っ込め要路する魔将だがなんと慧は魔将のほうではなく、魔将に背を向けたのだ。両腕を振り袖からナイフを左右に5本ずつ取り出す。
慧はそのナイフを正確に魔将の腕の節、鉱物の鎧の間の肉に投擢、深く突き刺さる。
それを認識しつつももう腕を戻すのをやめることはできない。両腕を縮めてしまう魔将。節同士がまとまり、肉が鉱物の鎧で隠れる。その瞬間に肉に刺さった慧のナイフが鉱物の鎧に挟まれ、
爆発。
腕の内部から爆破されたことにより腕がしびれて動かすことができない魔将。すぐに腕の傷を回復させようとする魔将だがその隙を見逃さずなんと一瞬にして魔将の正面へ移動する慧。
驚きながら角を発射させようとする魔将だが慧はそれすら読んでいた。すかさずその角を左手で掴み、角を軸として体を一回転。魔将の頭の背後に位置取り、両足で魔将の首を絞める。腕を負傷した魔将は動かすことができない。
慧はそこで終わらない。両腕の袖からナイフを取り出し、そのナイフを、
魔将の顔面に思い切りたたきつけた。
顔面に直接ナイフを刺され、さらに顔面が爆発したことでうろたえる魔将。だが慧の追撃は終わらない。圧倒的な速度で顔面にナイフが刺さり、爆発が続く。いくら鉱物でできた顔面とはいえ、首を絞められて呼吸ができないなか、何十発も爆発に耐えることは……できない。
顔面にクレーターができた魔将はそのまま死亡。穴からあらゆる液体を出しながら倒れた。
転倒する直前に魔将から離れた慧はそのまま円盤が残り4分後に発動する魔法を止めようとするが、腕がしびれて動かない。慧がオールバックにした後に装着した、二の腕まで続く軍手は爆発による被害を防ぐことができる代物。しかし至近距離で何度も爆発させればさすがの特殊軍手でもすべては防ぎきれない。現に今の軍手はボロボロで、ところどころ血もにじんでいる。
「ちっ……あともう少しだってぇのに……」
足だけではナイフを使いこなせない。何か方法はないかと考える慧の元へ……
「慧ィ!」
慧と魔将が戦った部屋へもうひとり到着する。約束通り。
「翔真か……」
円盤に侵入する直前にバランスを崩して落ちてしまった翔真は飛んでいる軍人に拾われ、遅れて円盤内に入ったのだ。
多少迷ったものの、慧の戦闘の痕跡をたどり、なんとか慧のもとまで追いついた。翔真の姿を見た慧はすぐさま彼に何か方法はないかを尋ねる。
「おれの腕が動かん。発動まで残り4分。お前の式神を使う時が来たようだ」
「式神……ああ、これのことか」
少し不安げな様子を浮かべて翔真は一枚の札を取り出す。それは式神を召喚する札だ。翔真と一番相性がいい式神。
慧もその式神を知っており、それならばこの円盤の魔法を止めることできるだろうと考えた。
「確かにこれなら魔法どころか、円盤をおとすこともできるだろうなァ……」
言葉の内容とは裏腹に、翔真の顔には自信がなさそうだ。
「もう時間がない。お前だけが頼りなんだ、翔真」
「頼り……かァ。わかったァ。だがその前に言っておきたいことがあるゥ」
「……簡潔に」
「この式神は燃費が悪くってなァ……力を発動した瞬間、オレは気絶して動けなくなるんだァ」
ここで慧は驚く。まさかのデメリットに。式神の能力だけ知っており、使用者のことは確かに知らなかった。道理で訓練のときはこの式神を使わなかったわけだ。
「……結界に逃げることも?」
「できねェ。だからオレが式神を発動したあと、落下する円盤の瓦礫からオレを見つけ出してほしいんだァ」
翔真の心配を慧は察する。円盤を落とした後、無事であるかが怖いのだ。そして慧はこうも考える。
彼の不安を払しょくできるのは仲間である自分しかいないと。
「わかった」
慧の返事を聞いた翔真は心配する表情が消え、しかしなぜか笑う。
「……なぜ笑う?」
「いやァ、最初観たときいつもの慧と雰囲気ちげえと思ったが、ちゃんと慧で安心してなァ」
「そうか…………俺っちを、信じてくれよ」
「アァ!」
そう言って翔真は慧を送り出す。
2分経過。魔法陣の発動まで残り1分。
少しだけ焦り始めた翔真だが、次の瞬間、
『脱出した。急げ』
慧からの連絡。彼の言葉で翔真は安心。1枚の札を取り出す。心の中で自分の無事を彼に託しながら、式神を召喚する。
「墜とせ。阿鼻土」
***
依然として仄、涼也、緋奈は引き気味に戦っていた。ハングにある三つの口に捕らえられないように。
ガダンファルだったころは背中からの攻撃に奴は弱かった。そのおかげでガダンファルを倒すことができたと言っても過言ではない。
しかし今、ハングの背中には禍々しい口が開いており、そこに攻撃を仕掛けようなどすれば鋭い牙に噛まれてしまうだろう。
だが逃げ続けるのも時間の問題、涼也がいたところへ右腕の口が放たれる。
それを避け、追撃を警戒する涼也だったが、地面に右腕を叩きつけたまま、ハングは動かない。
破暁隊を見ることなく、ハングは空を見上げる。
これまでになかった謎の行動に訝しむ三人だが、次の瞬間結界内に轟音が響き渡る。
なにがあったかと上空を見れば、先ほどまでこの結界都市に影を落としていた円盤が、
崩壊していた。
土塊を握った時のように、円盤はホロホロと崩れ去ってゆく。
どうやら残りの四人が円盤の破壊に成功したらしい。涼也らはそう考え、希望が見えた。
さらに希望はもうひとつ。
瓦礫の淵で、目を覚ますものが……。
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