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第捌肆話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・捌』

 そこから破暁隊は一切の攻撃をしなかった。そのチャンスを見出すことができなかったからだ。魔王の注意を引く燐がいないためほかの三人が攻撃できない。

 涼也は体に疲労がたまり、他の二名は負傷のせいで魔王に正面切って戦うことは不可能。

 ただ暴れ狂う魔王の猛攻に距離を取って対処することしかできない。


 ジリ貧であるこの状況、もはや結界に逃げ込むしかないのではないかと3人の頭の中に浮かび始めている。しかしこの猛攻の中、結界に逃げ込むための札を出す余裕すらないのだ。


 ……だが実際それは正解だった。ガダンファルは軍人が結界に逃げ込むのをひどく嫌悪していた。ガダンファルとしての意識はハングにはもうないかもしれないがそういったガダンファルの記憶や感情はハングにも受け継がれている。


 もしだれかが札を取り出したり、ハングに背を向けて逃げ出せばハングはそいつめがけて殺しにかかっていただろう。


 だが逃げなくともそのうちハングに食べられる。


 このままでは死ぬだけ。半分絶望しながら3人は戦っていた。


 希望というものはもはやないのだろうかという諦めが破暁隊を支配する。


 瓦礫(テーブル)の上で、ただ一人を除いて。



 ***



「○になる」


 その言葉は少女が両親に初めて出したお願いであった。


 少女の家族はいたって普通の家系。しいて言えば両親が大日輪皇國軍の軍人であったことぐらい。二人が出会ったのも戦場だった。

 そんな二人がこさえた子供は黒真珠のように美しい髪をしたおとなしい美少女。両親が不安になるくらい全く泣かず、文句も言わない。目に入れてもいたくないくらいかわいい一人娘をこれ以上ないくらい両親は彼女を溺愛し、今の少女も両親には敬愛と感謝の念しかない。


 少女の両親はただの軍人ではなく、「侍」に就いている元第三軍団の軍人。そしてふたりは同じ流派、『龍獄門』を習っていた。当時の龍獄門の門主が少女の祖母であった。

 大日輪皇國軍には剣道だけでも約500を超える流派がある。この流派は門主(流派を受け継ぎ、すべてを管理する流派の代表)の後継ぎということに関して二種類に分けられる。

 一つ目は一族の子孫が門主を引き継ぐ場合。子が、孫が代々門主という立場を受け継いでゆくのだ。門主の子供として生まれた瞬間その子の将来は決まる。幼少期より刀を握らされ、その継承と研鑽に一生を費やす。


 二つ目は流派の教室などを開いて門下生をたくさん集め、最も実力があるものや流派を任せるに足る人物などに門主という地位を渡すというものだ。


 流派『龍獄門』は()()後者。中規模な流派のため、門下生は多くも少なくもない。そして門主には誰でもなれるものの現在までも登尾家一族が門主を代々務めている。

 しかしだからといって両親は少女に刀を持たせようとはせず、自分で将来を決めさせようとしてくれており、幼かった少女も通っていた幼稚園では、自分は「お姫様になる」などと言っていた。


 そんな少女の人生の転機は両親が父方の祖母の()()の見学に連れて行った時だ。

 

 少女の祖母は龍獄門の元門主。そして流派『龍獄門』の名声を大きくした登尾家にとっての偉人。「第三軍団内部戦力序列表」の第三席にまで上り詰めた強者だ。年を取り、引退してからもたびたび大日輪皇國軍内で開催される試合や決闘に参加していた。


 見学の日、少女は父の腕に抱かれながらその試合が開催されている体育館型の結界の二階の廊下を家族で進んでいた時、突然少女が、


 号泣した。


 子供は泣くものではあるが、両親にとってそれはあまりに突然で、その原因らしいものが周りになかったから、当時の二人は相当焦ったという。父の服を思い切り握り、おびえるように震えながら少女は泣いた。


 泣き止んだあと、再び少女と両親は二階席から祖母を見学した。そのときは少女は泣かなかった。むしろ祖母の戦いを眼に焼き付くほど見つめていた。

 

「○になる」


 祖母の試合が終わったあと、すぐに少女は両親にそう伝えた。最初は何を言っているかわからなかった両親だが、少女の話を聞いていくうちに少女が祖母に憧れているように()()()()。そして刀を握りたいとも。

 刀を握りたい、つまり戦いに身を置きたいと訴える少女に両親は戸惑い、そしてやめてほしいとも考えていた。それはもちろん両親として危ないところにはいってほしくないという親心からである。

 しかし少女の目はあまりに真剣で、心からの願いであったことに両親は折れ、龍獄門を習わせることにした。


 そこから少女、登尾燐は人生の大半を刀を握ることに費やした。もちろん祖母にも刀を教えてもらい、『龍獄門』の道場で彼女は頭角を現していった。「第三軍団内部戦力序列表」は成人になってからしか登録することしかできないから入っていないものの、実力としては中の中くらいはあるだろう。

 ただひたすらに刀を握る中で、燐は戦うことに喜びを見出した。


 勝ってもいい、負けてもいい、ただ戦うことが彼女の生であった。日常が退屈というわけではないが、同年代の女の子がファッションや音楽を楽しむ中で、彼女はただ一人刀の腕を磨いていたのだ。


「祖母のようになりたい」


 いつしか彼女はそう思いながら刀を振っていた。



 ***



「祖母のようになりたい?」


 燐にそう問いかけるのは近藤。彼は戦争に参加するかの面接を慧や正義のようではなく、結界内で刀を交えながら行っていた。

 もちろんそれは燐が久しぶりに近藤と戦いたかったから。正義が燐と初めて会ったとき以来燐は近藤と戦っていなかったのだから。

 近藤がそう質問したのは、戦争に行く理由を聞いていくうちに燐が漏らしたから。


「ええ、10年前、祖母である龍華さんの試合を見てから、あの人の強さに惚れ、ワタクシは龍華さんに憧れるようになったのです」


 遠い目をして祖母に憧れの目線を送る燐。だが対照的に近藤は何か考え事をしている様子だ。


「その試合ってのは、いつの試合だい?」


「えっと、ワタクシの誕生日の次の日でしたので……7月4日ですね」


 燐の回答に近藤は少し驚いたような表情を浮かべた。なぜなら……


「不思議だね。たしかあの試合、龍華さん()()()()()()()()()()()?」


「え?」


 突如明かされる事実。押さなかった彼女が覚えていたのは祖母が()()()()()姿()。その勝敗は確かに記憶になかった。なぜあのときの(自分)は負けた祖母に憧れたのか。


 自身のアイデンティティが揺らいだ彼女に近藤は様子を見ながらもさらなる言葉を投げかける。


「燐さあ、君()()()()()()()()


 近藤の突然の言葉に燐は受け止めきれない。もちろん勝つのはうれしいし、負けるのは悔しい。

 その言葉が理解できない燐に近藤が刀を鞘にしまいながら解説する。


「君の刀からは戦いを楽しんでいるように感じる。別にそれは悪いことじゃない。()()


 近藤はまるで師匠や教師という立ち位置から上司という厳しい目を燐へ向ける。


「戦場では戦いなんて楽しいものじゃない。生死を分けるやり取り以外の何物でもないさ。特に我々の銃なり刀なりには己の命だけではない、守るべき国民の命も乗っているんだ。そういった意識をしろとまではいわないが……」


 結界の出口に立ち、その扉を開ける直前に近藤は振り向き、燐へ言い放つ。


「危機感は持て」


 ***


 燐は雑念を嫌う。

 近藤に言われた言葉を忘れたわけではないが戦争中は彼の言葉を記憶の奥底に封じていた。一週間そこらで戦闘スタイルを矯正しようとするなど絶対にできないし、やりたくない。

 戦場でもひたすらに刀を振るった。己の快感のために、目標のために。


「○になる」


 ○にあてはまる単語、祖母に近づくために『龍獄門』という手段を使い戦ってきた。



 ――本当に?



 大人も、同年代も、男も女も、いろんな人○○(と戦)ってきた。



 ――戦う?



 ハングが放った衝撃波で燐は壁に吹き飛ばされてしまう。衝撃波には多少の斬撃が混ざっていたのか、体中に切り傷のような痛みを感じ、叩きつけられた衝撃も相まって燐は体が動かせず、どんどん意識が薄れてゆく。


 いわゆる走馬灯というものなのだろう。かつて忘れていた記憶が頭の中に過ぎ去ってゆく。


 破暁隊での記憶、道場での練習の記憶、100を超える試合の思い出。

 負けたときも、○○○(勝っ)たときも、すべてが鮮明に頭に浮かんでいる。


 まるで自分の一生を今から過去へと振り返っているようだ。


 「勝者…………」


 ついには燐の原点、祖母の試合にまで戻ってきた。確かに祖母は負けていた。彼女は15歳の今の姿のまま、一人の観客として祖母を観戦している。その隣には若い両親、そして父の腕には昔の自分。


(ここが……ワタクシが刀を握るようになったきっかけ……)


 ――違うよ。


 記憶を思い出す旅の中で、傍観者である燐に話しかけるものはいなかった。にもかかわらず、このとき、誰かが彼女に話しかけたのだ。

 声の主を探し、周囲を見渡す燐。声は燐と目を合わせており、すぐに見つかった。

 

 それは昔の、五歳の自分であった。


「違う……とは?」


 まるでそれが当たり前かのように、燐は少女が自分に話しかけるこの現状を疑わない。

 


 ――ここは君の原点じゃない。本当は……



 場面が切り替わる。またさらに過去へと戻る。

 燐がいた場所は、


 二階席へと続く廊下だった。


 かつて燐が激しく泣いた場所。当時の両親はその原因がわからず、燐も幼かったため泣いたことすら覚えていない。


「ここが……でもいったいなぜ……?」


 己の原点が祖母ではなく、この廊下にあることに驚きを隠せない。だが、この場所が本当に原点なのかという問いは浮かばなかった。

 少女はまだ泣いていない。両親は人形のように動かず、動けるのは燐とかつての自分のみ。

 

 ――思い出して。


 少女はそう言うが、燐には全くわからない。もはや不安さえ覚える。

 確かに廊下を抜けた先は祖母の試合会場であるが、その肝心の祖母は見えない。見えるのは試合会場のみ。


 ――ワタクシの目を見て……


 少女の言葉を聞き、燐はかつて自分だった少女の瞳を見つめる。


「っ⁉ これは……」


 瞳に映っていたのは……



 眼。



 廊下の奥の空間からこちらを見つめる『眼』が映っていた。咄嗟に振り向いて確かめる燐だが廊下の奥にはそんな目はない。

 その目はあまりに巨大で、全部端から端まではそこからは見えない。さらに人間のように丸い瞳孔ではなく、細長い。獲物を探しているようなその目は、


 ――龍を見た。ワタクシはあのときに、


 その言葉を聞いた瞬間燐は思い出す。本当の原点を。○の中身を。


 ——ワタクシが見たのは、祖母の剣技が魅せた龍のイメージ。それを感じ取り、ワタクシは泣いたのです。祖母の試合を見ていた時も、見ていたのは祖母ではなく、祖母の剣技。そうだったでしょう?



「…………そうでしたわね」

 

 

 ――試合が終わったあと両親に言ったお願いも、あれは「祖母になる」ではなく……



「……えぇ。だからお父様とお母様はワタクシにあれを学ばせたのですね」


 

 ――思い出しましたね。



 「はい。ようやく」



 ――ワタクシ(あなた)の原点を、あなた(ワタクシ)の義務を。



 二人(一人)は同時に呟く。記憶と意思が、つながる。











()()()()


 かつて己を恐れさせた存在に、彼女はなりたかったのだ。

 あまりに突拍子な考えであり、両親は理解ができなかった。そこで何とか彼女のお願いをかなえるために『龍獄門』を学ばせた。

 そして思い出す。近藤の「勝つ気がない」という言葉。どうして自分は全力で勝とうとしなかったのか。


 それは、燐にとって戦いは『食事』だからだ。


 一口で食べてしまえばあっけない。

 相手の力を最大限まで引き出させ、喰らう(勝つ)。より質のよい戦いを、彼女は望んでいたのだ。


 それから記憶がゆっくりと薄れていき、やがてその願いは、祖母のようになりたい、と変わってしまった。

 龍となるために、祖母の真似をしていたはずが、祖母となるために龍の技を使うようになってしまったというのは、なんとも皮肉な話だろう。


 死にゆく中、燐は原点(義務)を思い出した。

 これまで彼女は戦を楽しんでいたわけではない。その勝負を通して相手を()()()()としていたのだ。戦いの質を上げ、よりおいしく己の糧とするために。

 

 この経験が、彼女を成長させる。


 ()()()()()()()()()















 『レベルが上がりました』

第捌参話を読んでくださりありがとうございます!!


さて、84話のなかでためにためた伏線の回収です。勇者と言えばこれですよね? 


実際に7つほど伏線を張ってましたので


感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!

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