第捌壱話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・伍』
緋奈の一撃でガダンファルの右腕が斬り落とされた。肉体欠損という初めての経験にガダンファルは動揺を隠せない。激しい痛みが今まで感じなことのない部位も含む腕全体に流れ、あったはずのものがいまこのときなくなった。初めての感覚だ。
だが斬られたのはガダンファルだけではない。燐もろとも赤い刃は切断した。彼女の胴付近の軍服には赤い血がついている。
刀を握ったまま、大地に落ちる燐。
だがこれが燐の命と引き換えの成果ならば、腕一本というのはいささか等価ではない。
燐はこのことを覚悟していたのか? この成果を燐は望んでいたのか?
……否。
「龍獄門……」
ガダンファルとともに胴を斬られたはずの燐が刀を構え、足に力を込める。彼女は痛みだとか恐怖だとかを全く感じていないようだ。それは決して隠していたわけではなく、本当に痛みを感じていないから。
「暴龍のうねり!」
荒々しい三度の剣戟がガダンファル、その右腕の切断面に向かって放たれた。おそらくガダンファルが冷静だったならば避けることができた一撃。しかし腕がなくなった動揺、そして生きているはずがない燐からの攻撃という二つの要素が絡み合った結果の負傷だ。
技を放った燐はすぐに後ろへ跳んで距離を取る。
ガダンファルはなくなった腕を押さえ叫ぶ。
「うううおおおおおおおおおおぉォォォォォ! 馬鹿な! ワレの! ワレの! ワレの腕があああぁぁっぁぁぁ!」
ガダンファルの右腕の切断面から浮き出している血はまったく途切れる様子はない。ガダンファルは何とか回復に専念しようとするもまったくその傷が収まる様子はなく、ガダンファルは動揺で呼吸は乱れ、口をゆがめている。
緋奈が放った技、罪穢朱祓は一言で表すならば敵だけを殺す技。この技が味方にあたれば血の状態は液体、しかしもし敵にあたれば血は固形となり敵を切り裂くのだ。だから緋奈の一振りは燐にあたったところは液体となったので燐は傷一つつかず、ガダンファルにあたった部位は鋭い刃として斬ることができる。夜貴はこの技を混戦で使っていた。これはこの技がその混戦で真価を発揮するというのもあるが、少しでも間違えれば味方を殺してしまう技。それを夜貴は約千人が戦っている中でこの技を成功させているのだからまさに神業と形容すべきだろう。
緋奈は敵だけいるときは成功するのだが、味方、特に燐がいるときは全く成功しなかった。けれど今は味方ひとりと敵ひとりという状況、さらに勇者の権利を持っていたために成功できたのだ。
だがそれだけではガダンファルの腕を切断することができるとはいえない。この切断を成功させたもう一つの要素は、先ほど緋奈がガダンファルに打ち込んだ壊璽・樹死状血晶。その技そのものはガダンファルに大きなダメージを食らわせることはなかったが、ガダンファルの体内に血を入れることはできた。その血を罪穢朱祓の発動と同時に体内から斬る部位で暴れさせた。
つまり体外と体内からの両方の力により切断に成功したのだ。それに加え燐の刀の追撃が傷口に加えられ、傷をより重症化させることに成功。
破暁隊にとって勝利の要素足りえる一撃であった。
二人の技がガダンファルに一撃を与えたという事実にとある兵士が頭の中で作戦を立てる。
『うん、仄くん、正義君、一つやってみたいことがあるんだが……』
そう言って涼也は正義と仄に向けて自分が咄嗟に考えた作戦を伝える。涼也の言葉を聞いた仄の顔には笑みが浮かび、遠くで魔王を狙っていた正義も一息ついて行動を起こす。
『いいねえ! やってみようじゃねえか!』
『俺も協力するよ』
仄は『煉』を発動し、正義も狙撃の位置を変えるために移動。涼也の背後へと向かう。
涼也は左手の鎖銛、そして左腕の様子を見る。涼也の鎖銛による攻撃は限界がある。鎖に引っ張られるため左腕に大きな負担がかかるのだ。一日に撃てる回数は涼也の場合は3回。それ以上撃てば左腕が動かなくなる。すでに虫型の魔将と魔王に1回撃ってしまい、撃てるのはあと一度のみ。
『燐さん! 緋奈さん! 僕たちも奴に攻撃を加えたい! 魔王の注意を引いてくれ!』
『『了解!』』
涼也の言葉に二人が従う。燐は魔王のもとに再び接近。緋奈も先ほどの大きさではないものの、血の刀を創造。ガダンファルは再び先ほどの攻撃を仕掛けられるのではないかと警戒し、二人に意識を向ける。
近づいてくる燐に対しガダンファルはいつもの癖で咄嗟になくなった右腕を使い殴り掛かろうとしてしまう。もちろんそれで燐を殺すことができるはずはなく、むしろ、
「龍獄門! 翔龍動風!」
右腕の切断面に対して一撃を加えられてしまい、再びうめき声をあげて傷口を抑えるガダンファル。燐に対する殺意が上がる。
そんな動揺中のガダンファルの背後から走る人影が二つ。
仄と涼也である。
仄は左手を燃やしながら、涼也は左手の武装である鎖銛を発射させる準備をしながら並走。その気配に気づいたガダンファルは振り返り、彼らを威圧する。
もちろん二人は止まらない。
左手をさらに燃焼させて魔王の懐へ入り込もうとする仄へガダンファルは実在する左手で殴り掛かった。
「陰陽火之道・蜃気炎」
ここで仄自身は停止、しかし仄の蜃気炎だけはガダンファルへ近づく。だがガダンファルは仄らが戦った魔将よりも気配を察知する能力は高い。だからこそ今自分に接近しているのが偽物であり、本当の仄がその背後で立ち止まっているのだと認識。
「喰らえェ!」
ガダンファルは左腕を仄がいるであろう座標にぶち込む。その直前その部分が揺れ、仄の姿が現れた。ガダンファルは迷うことなく仄の頭蓋へと一撃を放つ。
ガダンファルの巨大な拳が仄の頭に命中し、木端微塵に吹き飛ばした。
……はずだったのだが。
ガダンファルの拳が当たったのは実体のない、陽炎だったのだ。
「陰陽火之道・蜃気炎!」
仄は二連続で蜃気炎を発動した。懐に入り込む時、そして今、ガダンファルは蜃気炎を見破るだろうと考え、二段階の蜃気炎という作戦を取ったのだ。
見事作戦に引っかかった魔王は悔しがる表情、一方作戦を成功させた仄の顔は笑み。そして左手をこれ以上ないほど炎上させ、魔王の背後に回る。
危険を察知したガダンファルはそのまま伸ばした左腕を振り裏拳で仄を殴り殺そうとするが、
「なに! う、動けん!」
左腕が紅い紐によって拘束されていた。緋奈がガダンファルを止めたのだ。この拘束は非常に強く、ガダンファルですら本気を出しても千切れることはない。
ガダンファルの背後に回ることに成功した仄は腰を低くし、拳を構える。だがすぐには撃たない。
その直後に仄の背後から一発の鎖銛がガダンファルの背中に突き刺さる。これは涼也のものだ。
左腕が緋奈によって縛られ、右腕はない。
まさに技を放つのにうってつけの機会だ。
涼也は鎖銛を巻き取り、薙刀を大きく振りかぶる。この技を使えるのは残り一回。だがすべてを賭けるのにはまだ攻撃力が足りないと涼也は考えた。だからここで涼也は正義へとある協力を提案した。それはこの一撃をより強くするためのもの。ここで決着とするための一撃だ。
(すでに焦がした……ここで……決める!)
ガダンファルの背中で燃え盛る、彼がこの戦闘中に見てきた中で最も激しい炎。それと同時に涼也も薙刀を腕いっぱいに伸ばして遠心力をありったけ利用しようと振りかぶり、仄の技とともに放たんとする。
その直前に、涼也が叫ぶ。
「うん! 今だ! 正義君!」
涼也の通信を聞いた正義は引き金を引く。
〈真衝撃弾!〉
正義が放った一発の弾丸。それの着弾地点は魔王ではない。
仄と涼也が息を合わせ、同時に攻撃を放つ。
「陰陽火之道・燎魔尽煤焱!」
「樫野流薙刀術奥義・天落!」
涼也の一撃が魔王にあたろうとした瞬間、
涼也の薙刀の刃先に正義の弾丸が命中。涼也の薙刀の速度が上がる。
斬撃と爆発がガダンファルの背を穿つ。
「グウウウウアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
からだをのけぞらせ、痛みで叫ぶガダンファル。炎が収まり、煙がはけたとき、涼也と仄がガダンファルの背中を見れば、
おぞましい傷跡ができていた。それこそ、肉を超えて骨が見え、人体では修復不可能であろう致命傷。
「バカな……この…………ワレが……」
自分が負けるはずがない。この現実に疑問を抱きながら、ガダンファルは膝をつき、意識を失った。
「……や、やったのでしょうか?」
燐が呟く。刀の柄に込めた力が緩まる。
魔王は動かない。
「や、やったぜ!」
「本当に倒したの⁉」
仄がガッツポーズをし、緋奈はこの現実を受け止めようとする。
魔王は動かない。
「うん、なんとかやったようだね」
涼也も肩の力を抜く。
遠くでスコープを覗いていた正義も撃破できたと思い、息を吐いて気を緩めた。
破暁隊の勝利だと、魔王と対峙した五人はこの上ない喜びの感情で心が埋め尽くされたようだ。
一人、涼也は魔王の撃破を総司令部へ報告する。
「うん、魔王の討伐に……」
これにて、魔王ガダンファル戦終了。
***
報告書より。
『このとき、我々は思い出すべきだった。偉大なる先人によって残された、魔人に関するとある格言を』
第捌伍話を読んでくださりありがとうございます!
格言はちゃんと物語内に書いてあります。
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