第捌拾話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・肆』
緋奈と燐が友好関係を築いたのは破暁隊全員が集まってから三日後。
近藤から特別課題を与えられた燐と緋奈は、正義と涼也がやったような合同課題を一緒にすることにした。誘ったのは燐。同じ性別かつ近距離戦が得意だという理由で彼女に誘いをかけたのだ。
緋奈は最愛の祖父夜貴が死んでから積極的に友人を作ろうとはせず、さらには必要なとき以外誰とも話そうとはしない孤高のお嬢様としてのふるまいを続けてきた。そんなこともあり近藤から与えられた合同課題をどうしようかと迷っていたところに燐からの誘いがあり、僥倖と言わんばかりに彼女と合同演習をすることにした。
正義と涼也が戦った、巨大な鬼に対峙する二人。
燐が注意を引き、緋奈が鬼に攻撃を加えるという作戦を取って課題は達成。だが最後には燐がとどめを刺した。
課題を済ませて結界を出たあと、寮のリビングにある椅子に座って反省をする二人。敵を倒しただけでなく、報告書を書くまでが近藤から与えられた課題なのだ。一枚の紙を前にペンをいじりながら何を書こうかと迷う緋奈と、そういったそぶりなくすらすらと書き進める燐。
報告書を書き終わった燐は緋奈へ話しかける。
「八坂さん、あなたが使う技は八坂血戦式ですよね?」
燐がそのことを知ったのは破暁隊の報告書、それと彼女の戦闘スタイルを見たからだ。
「ん? ええそうよ」
報告書を見つめながらも燐の質問に答える緋奈。
「なら……あなたの『族名』は何なのでしょうか?」
族名とは一族の中での派閥を表すもの。八坂家では『幽桜』や『紅蓮』などに当てはまるものだ。族名はなにも八坂家だけではなく、大日輪皇國軍にかかわる一族ならばその概念を持っている者は少なくなく、規模が大きいほど族名を持っている。
「え……っと幽桜だけど」
幽桜、という単語を聞いた燐は笑って胸の前で手を合わせる。上品な喜び方だ。それからの質問も興奮の感情が乗っている。
「つまり夜貴さんと同じ分家ということですね!」
「おじいちゃんを知ってるの⁉」
普段寡黙だった緋奈だが祖父の名前を出された途端表情を変え、テーブルに乗り出して燐の手を握る。八坂家内では祖父を語り合うことができるものはおらず、八坂家全体は彼を罵倒した様子を見たこともあり、他人からその名前を聞いたのが久しぶりであり、思わず素が出てしまう。
緋奈の豹変に驚きつつも、燐は夜貴について話す。
「ええ、あの人はワタクシが尊敬している兵士のひとりですので」
「尊……敬……!」
「はい。突撃部隊という危険な役でありながら全く動じることなく任務を成功させる強さ、八坂血戦式で戦う勇士、血を使って戦う中で見られる激しさに潜む繊細さ……」
祖父の賞賛を自分のことのように喜ぶ緋奈。それは祖父が褒められたのもそうだが、彼に良い感情を向ける人もいるのだという安堵と驚きも感じていた。
「そしてなにより、彼が使う技。一見残酷そうに見えますが味方は巻き込まず、敵だけを殺すあの神業。あの中には『やさしさ』を感じるのです」
燐は緋奈が思った以上に夜貴のことを熟知していた。戦闘記録は本人が検閲を認めない限り誰でも閲覧ことができる。師団長ともなればほとんどの戦闘映像が公開されているだろう。燐の夜貴への評価を聞いた緋奈は……
「そうなのよ! おじいちゃんはねやさしくってけど戦うときはかっこよくって……あっ」
十年ぶりともいえる祖父についてのおしゃべりに思わず素が出てしまい顔を赤らめてしまう緋奈だが彼女の動揺に燐は反応しない。むしろ緋奈の祖父について話す姿をいとおしいようなまなざしを向けていた。
「ワタクシもっと聞きたいですわ。あなたの祖父、夜貴さんのこと」
燐の一言で緋奈が吹っ切れた。約10分、これまでの人生で溜めに溜めた鬱憤を吐き出すかのようにしゃべりつくした。燐はまったく動じることなく話を聞いてくれた。話が終わり、再び恥ずかしくなってしまう緋奈。
「……その、ありがと。アタシずっと一人で……いろいろ溜まってたから」
「大丈夫ですよ。まさか夜貴さんの実の孫だとは思いませんでした。これから仲良くしましょうね。八坂さん」
手を差し伸べる燐だが緋奈はすぐには手を取らない。しかしそれは決して彼女と仲良くしたくないというわけではなく、
「…………緋奈」
「はい?」
「緋奈って呼んでくれると……嬉しいわ」
照れくさそうに燐とは目を合わせず、けれど精いっぱいの勇気で燐へ伝える緋奈。燐は静かな笑みを浮かべて応える。
「ええ、緋奈さん」
素直に緋奈の言葉を受け入れ、言い直す燐。自分の少し恥ずかしい要求を何も言わず受け入れてくれた緋奈はうれしさを必死に隠しながら彼女の手を握った。
***
燐と緋奈が友人という関係となってから二週間後。
二人は結界内で戦闘訓練を行っていた。緋奈が操る血と燐の刃が交差する。お互いの技が互いを牽制しあう様子は友人関係を持ってから続いており、二人のやり取りはこの二週間で遥かに高度なものとなっていた。
しかし式神と燐としか戦っていない緋奈に対し、燐は式神と緋奈に加え正義ら男子勢とも戦っており、経験を積んでいる。つまりどちらがより成長しているかは一目瞭然。その事実がこの戦いにも表れていた。
緋奈の「赫蛇」が襲ってくる中、燐は一瞬のスキを見出す。
「龍獄門! 牙龍閃!」
燐の突撃に緋奈は反応しきれない。そのまま首を斬られてしまう緋奈。結界内に響く戦闘終了の合図とともに緋奈は技を解除し、燐も刀を鞘にしまう。
「緋奈さん、あなたは夜貴様を目指しているのですか?」
「え、ええ。一応当主を目指してるから」
燐の突然の質問に戸惑いつつも本当のことを伝える緋奈。燐はその答えに不思議そうな表情を浮かべる。
「ではなぜ夜貴様の技を使わないのですか?」
「え?」
燐が緋奈の戦い方に疑問を感じたのは、彼女が夜貴の戦闘映像を見たとき、彼が放った技を緋奈が使っていないということだ。緋奈の祖父の自慢話は何度も聞いたが、それにしては祖父の戦い方には似ていない。緋奈の戦い方は八坂家の戦い方なのだ。
「それは……まだ……そのときじゃないと思うから……」
緋奈の自信なさげな返答を聞いた燐は何を言うわけもなく彼女の隣に座る。これから話す言葉を選んでいるようだ。
「ワタクシにもなりたい存在があります。それは憧れであるとともに、目標でもある。その目標に近づくためには、真似ることですわ」
「真似る?」
「下手でもいい、似なくてもいい、ただ自分はそうなのだという精神でいることが大事だと思うのです」
燐の持論を聞き、己を見つめなおす緋奈。祖……父に対する感情はある種の憧れと尊敬、けれど当主に対しては目標。祖父と当主という概念を緋奈は別に考えていたのだ。この二つは同一だというのに。燐の言葉で緋奈はそのことに気づいた。
「……そうね。試してみようかしら…………ってもしかしてアンタおじいちゃんの技みたいあからそんなこと言ったわけじゃ……」
「そんなことありませんわ」
あまりにも顔色を変えない燐を訝しみつつ、緋奈は祖父の技を試すことにした。
***
緋奈と燐が少しだけ作戦を立てている間、涼也と仄がガダンファルの注意を引いていた。
炎で魔王を牽制し、決して自分からは攻撃を仕掛けない。下手に仕掛ければおそらく返り討ちにされるだろうから。
「陰陽火之道・火弓」
仄が放った五つの矢がガダンファルへ向かう。しかしガダンファルは余裕で回避。ガダンファルが火弓を避けた直後に涼也が仕掛ける。薙刀を振り下ろし、ガダンファルはそれを右腕で握り防ぐ。防がれるもそれは織り込み済み、涼也は仄に目線を送る。
その意図を察した仄は左手の指を曲げ、右手に炎をまとわせる。また何か攻撃を加えるのではないかとガダンファルは仄を警戒。
ボン!
だが、ガダンファルは痛みとともに背中に熱を感じた。戸惑いを隠せないガダンファル。
仄の右手の炎はフェイク。実際は放った火の矢の軌道を変え、ガダンファルへ命中させたのだ。
燃やした次、仄は焦がす。
火の矢が命中して驚いているガダンファルに向け、炎上させた拳で殴り掛かる。
「陰陽火之道・熾残炎激!」
仄の荒れ狂う炎をまとった拳が魔王に多大なダメージを、
……与えることはなかった。
ガダンファルは向かってくる拳に対して避けるのでなく、なんとガダンファル側も拳で受け止めたのだ。この一撃は犬型の魔将に大きな傷を残した攻撃だというのに、ガダンファルにはまったくそれらしい傷は見られなく、無傷。余裕の表情だ。
「なんなんだ今のはぁ?」
むしろ拳を掴まれたことにより仄がガダンファルから離れることができなくなってしまう。
その戦闘へ燐と緋奈が再び参加する。燐のうしろにいる緋奈はこれから放つ技を成功させるために精神を統一。この技は祖父である夜貴が得意としていた技の一つ。混戦が起きやすい突撃部隊ならではの技。しかし訓練中にこの技は一度も成功させたことはない。敵だけならば緋奈も使うことができるが、味方が一人でもいると失敗してしまう。何度も失敗し、訓練に付き合っていた燐を殺してしまった。それほどまでに危険で高難易度な技なのだ。
けれど今の緋奈は勇者の権利を使うことができる。さらに敵は一人。これ以上ない好条件。
「龍獄門・怒龍降斬!」
燐はありったけの殺意を刀に乗せて魔王に向けて振り下ろす。その殺意はガダンファルすら警戒しなければならないと感じ取ってしまうほど。右腕で掴んでいた薙刀を振り払って涼也を投げ飛ばし、左手に掴んでいた仄を投げ飛ばして燐の刀を防ぐ。全力で振り下ろしたにもかかわらず、ガダンファルの腕には傷一つつくことはなかった。だが燐にとってはそれでいい。
燐の背後で意志を研ぎ澄ましていたの緋奈は跳び上がり、赤い剣を創造。だがそれは騎士型の魔臣で見せたような刀のサイズではなく、刀身10mを超え、身幅3mを超える超巨大な赤くて表面が禍々しく波打っていた刀であった。
緋奈はガダンファルに向けそれを振る。その刀を察知したガダンファルは頭の中に疑問を生じていた。なぜならばもし緋奈が今いる位置からその巨大な刀でガダンファルを斬ろうとすれば、必ず燐もろとも斬ってしまうからだ。だが燐の顔に恐怖はなく、緋奈の顔に迷いはない。まるでお互い承知しあっているよう。
(燐ちゃんはアタシを信じるって言ってくれた…………だからアタシも、彼女を信じて振るうまで!)
「八坂血戦式・罪穢朱祓!」
緋奈が赤い刀を振った瞬間ガダンファルの右手が疼いた。スライムのような物体が右手の内側で外へ出ようするかのように暴れまわる。
その疼きに向けて燐ごと緋奈は刀を一閃。
「ナニィ⁉」
緋奈が赤い刀を振りぬけば、燐の胴を切断。ガダンファルの胸には赤い傷ができ、そして右腕が、
斬り落とされた。
第捌拾話を読んでくださりありがとうございます!
夜貴の技を修行する緋奈を眺める燐(すごいですわ! 映像越しに見ていた技が目の前で!)
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