第漆漆話 『瓦礫ノ上ノ晩餐会・壱』
翳都・蒼京にいる魔王。神爪嵐により形成された半径300mの巨大な瓦礫の山。
魔王は約五百名の兵士を結界に送り、そのまま結界都市の中心にある結界の核を破壊するために動き出そうとしていた。
動き出そうとしていた。
破暁隊が各地で魔臣や魔将を撃破している間、なんと魔王はその瓦礫の山から動かなかったのだ。
それはなぜか。
その理由は、五人の兵士により魔王ガダンファルが足止めされていたから。
翳都・蒼京は魔界での待機所、ゆえにこの結界都市には幾人か強い兵士も待機していた。翳都・蒼京の脅威は魔王と各地にいる魔臣や魔将。後者は破暁隊に任せ、実力者は魔王の足止めの任務に就いていたのだ。
しかし魔王ガダンファルはそれでやられるわけはない。
すでに五人のうち四人が致命傷を与えられ結界に避難し、魔王ガダンファルに相対しているのはたった一人。避難したうちの一人が召喚してくれた式神兵ももう十体程度。ジリ貧と言っても過言ではない。
それでも魔王と対峙した兵士、特撃師団第五席、薬師藤吾はヒットアンドアウェイを繰り返しながらなんとか戦況を維持していた。髪を四色に染め、派手な装飾を身に着けるようなおちゃらけた様相の彼も、彼自身の職業と戦闘技術は特撃師団第五席という肩書が示すように一流。藤吾の持ち武器であるナイフは魔王ガダンファルに傷をつけることはできなかったが、周囲に立つ式神使いも利用し巧みに渡り合っていた。
けれど要因の一つには、魔王ガダンファルが彼をいたぶるように戦い、楽しんでいたのもあるだろう。負けるはずのない戦いだからこそ、追う獲物を弄ぶように魔王ガダンファルは笑いながら戦っており、自分の役目を理解していないようだ。
そのことを察知した薬師藤吾は持久戦に持っていったのだが、魔王ガダンファルは気まぐれ。10分ものらりくらりと戦わされ、ガダンファルは彼との戦闘に飽き始めていた。
「まるで鼠のようにちょこまかと動くではないか。うっとうしいぞ」
薬師藤吾の銃弾を腕で防ぎながら藤吾に語り掛けるガダンファル。藤吾は会話する気はない。理由としてはガダンファルにイラついていたのが一つ、その余裕がないのが一つだ。
藤吾もこの戦闘がもうすぐ終わることは予感している。もちろん己の敗北という結果を受け入れて。だがただで死ぬわけにはいかない。最後の攻撃を仕掛けるため切り札である紫色のナイフと拳銃を構える藤吾。十体の式神兵を突撃させ、その隙をついてわざを放とうとしたが、
「しゃらくせえ!」
魔王ガダンファルは腕を広げて一回転。魔法を帯びた爪から放たれた斬撃が一瞬にして式神兵を切断する。
まさか隙が作れないとは思えず、動揺してしまう藤吾へ魔王ガダンファルが接近。巨大な右腕で藤吾の首を掴む。
両手の武器を捨ててガダンファルの右腕をつかみ、抵抗する藤吾だがもちろん剥がしてくれる気配はなく、
「てめえの地味な戦いにはもううんざりだ。死にな」
ガダンファルは力を込め始め、藤吾が意識を失いそうなとき、
二人の上空から人影が刀を振り下ろしながら落下する。
「龍獄門! 龍降斬!」
登尾燐の気配をガダンファルは察知、左腕で彼女の刀を防いだ。剛毛と筋肉で彼女の刀はガダンファルに傷をつけることはできなかった。
だが攻撃は続く。
上空から斬りかかる登尾燐の攻撃を防いだガダンファルの足元に二つの人影。
「陰陽火之道・煉拳一発!」
「八坂血戦式・紅一点!」
魔王の左側から火御門仄、そしてその逆、魔王の右側から八坂緋奈の二人が同時にガダンファルへ襲い掛かる。しかし相手は魔王。左右同時攻撃も驚く素振りすらみせず対処。藤吾を離し、右手で緋奈に裏拳をかまして仄は左足で蹴りかかる。
攻撃しようとした緋奈はすぐに防御態勢に移る。血の壁を作り魔王の裏拳を防いだ。
けれどもそれだけでは完璧に防ぎきれず血の壁を突破した魔王の右腕が緋奈に直撃、彼女は吹き飛ばされてしまう。
一方火御門仄は防御する素振りを見せず攻撃を続行。火御門仄の拳とガダンファルの左足が衝突する。
勝ったのは……
魔王。
さすがに仄では勝てず、彼も吹き飛ばされてしまう。数メートル飛ばされた仄は痛む左手を抑えていた。
緋奈と仄、二人の同時攻撃をものの見事に防ぎ切った魔王は今度は燐へ右手でつかみかかる。それを察知した燐はすぐに後退、刀に力を込めて大きく跳び後退した。
増援は三人かと考えた魔王が正面を見れば先ほど掴んでいた藤吾がいない。
ふと背後を見れば藤吾と、彼を抱える長身の青年がいた。
「大丈夫ですか? 薬師藤吾特撃師団兵」
「ああ……なんとかな。先ほど掴まれたせいで骨が何本かイッチまったが……」
「うん、あとは僕たち破暁隊に任せてください」
胸を抑える薬師藤吾は痛みでこれ以上戦えそうにないことを察する。
一方周囲の気配を探り、これ以上増援が来ていないことを察知したガダンファルは周囲の少年兵らに叫ぶ。
「たった五人で! ワレに立ち向かうと?!」
ガダンファルの言葉に誰も答えない。目の前の圧倒的な存在に緊張しているのだ。
「……まあよい。いまから四人に減らしてやろう!」
その瞬間ガダンファルは瞬間移動ともいうべき速度で移動、行き先は、
「まずは負傷したお前だ!」
右手を振り上げ、切り裂こうとした相手は、
負傷してほとんど動けない薬師藤吾。
だが、
左から向かってくる小さな飛翔物をガダンファルは察知。
飛びのいて回避する。
飛翔物が飛んできた方を見つめるガダンファルへ凉也が口を開く。
「うん、増援は、ぼくたち四人だけじゃないのさ」
先ほどの飛翔物を放ったのは、ガダンファルが築いたがれきの山を囲うビル群の中に潜む一人の勇兵、晴宮正義だ。
***
正義ら五人の破暁隊が魔王に接敵する直前、涼也が正義へ話しかける。
「うん、正義君、これはお願いなんだが、君には魔王の前にでないでほしいんだ」
涼也の突然の言葉に正義は反論。
「なんでだ? 俺だって戦える! 腕一本さえあれば引き金は引けるんだ!」
「そういうことじゃない。君は今左腕の肘から先がないんだ。それをみた魔王は真っ先に君を狙うだろう。体を一部欠損し、体を思うように動かせない君はそんなピンチを切り抜けられないはず。僕たちも君を守り続けなければならない。だから正義君には瓦礫の山の外からビルに紛れて僕たちをサポートしてほしいんだ」
「……」
正論である。
現に正義は今気を抜けば体のバランスが崩れ、走る速度が下がってしまう。自分が今この五人の中で一番弱い、その事実を受け入れなければならない。そうしなければ自分が死ぬだけでない、他の四人にも危険を曝してしまう。
魔王への殺意か、仲間か、どちらを選ぶかはすぐに理解した。
「わかった」
「うん、ありがとう。それじゃあこれを……」
涼也のお願いを正義が受け入れた瞬間涼也は懐からあるものを取り出し正義に渡す。
***
「外れたか……」
スコープで魔王をみつめ、弾が当たっていないことに舌打ちをする正義。再び引き金に指をかけ、意思を統一する。
正義が涼也から受け取ったのは正義のアサルトライフルに装着できるスコープ。これにより正義は遠くからでも魔王を正確に狙うことができた。
……しかし正義のアサルトライフル、牙天国綱は近藤の特注品。いったいなぜ涼也がその牙天国綱に装着できるスコープを持っているのかはわからない。
そんな正義を見つけるため弾丸が飛んできた方向を見つめるガダンファルだが、そんなことを彼が許すはずがない。
「樫野流薙刀術・流星!」
涼也の薙刀がガダンファルの首めがけ振るわれるがガダンファルはもちろん察知、右腕で彼の攻撃を防ぐ。
「龍獄門! 龍突!」
「陰陽火之道・炎爪!」
立て続けに燐と仄が追撃。ガダンファルは後ろに跳んで攻撃を回避する。
が、
「零伐壱摧……」
ガダンファルの背後には薬師藤吾が武器を構え立っていた。ガダンファルは彼の気配を察知できなかったのか驚いた表情を浮かべている。
薬師藤吾は右手に紫色のナイフ、左手に拳銃を携え、腕を十字に交差、この状態で放つは、
「山楝蛇」
薬師藤吾によるクロス斬りが魔王に炸裂、しかし皮膚一枚を貫通しただけなのか深い傷は見られず、赤い十字傷があるのみ。
痛みすら感じていないのか、この程度の痛みに慣れているのか魔王はすぐさま反撃へと転じる。
零伐壱摧という大技を撃ち終え隙だらけの薬師藤吾の胸をガダンファルの剛腕が貫いた。
「グハッ」
嗚咽する薬師藤吾は口に何か挟んでいた。それは一枚の紙。残っている力を振りしぼり呟く。
「展界」
炎に包まれながら薬師藤吾は結界に送られた。
血だけが残った剛腕を見つめるガダンファルはため息をつく。さきほど自分を足止めしていたすべての隊員が今と同じように自らの食物とならず逃げたのだから。
だからガダンファルは学んだ。
やつらを食べるためには生かしてはいけない。
首をとり、一瞬で殺さなければならないと。
(喰らいたい)
何も食べていないからか、いつもよりおなかがすく。
それとともに何か懐かしくなった。なぜかわからないが。
「さて、我が食卓へようこそ人間よ。ワレは非常に飢えている。さあ最初に誰を喰らおうか」
円盤の強化魔法発動まで残り……
25分。
第漆漆話を読んでくださりありがとうございます!
薬師さんの職業ですが軍人ともうひとつ兼業しています。予想してみてね。
感想、レビュー、ブクマ、評価、待っています!!