第漆肆話 『暁破ルトキ・壱』
「ありました……」
大日輪皇國軍総司令部。
黎都絢爛と遥都カナタでの戦闘をチェックしていた井原青年は見つけた。翳都蒼京の空中に浮かんでいる飛行強襲円盤の底に刻まれた魔法陣を持つ魔王軍を。この魔法陣を持っていたのは二体。
今気づいた事実を南郷総司令官へ伝える井原青年。
井原青年が発見した映像を南郷総司令官も閲覧。確かに映像に映っていた魔臣の手の甲には飛行強襲円盤の底に刻まれた魔法陣が描かれている。
「……確かに、この魔法陣で間違いなさそうだな。魔法の能力はわかるかい?」
「はい。本人がペラペラと言ってましたよ」
「その魔法は?」
「強化魔法です。武御雷弥生軍団長と対峙した魔臣の手の甲に刻まれた魔法陣が空中円盤の底に描いてある魔法陣と一致しました」
「つまり空中の円盤を強化するということか」
確信まで行こうとした南郷総司令官へ井原青年が進言。
「いえ、武御雷弥生が魔臣に出会う直前に倒した魔将にも魔臣と同じ魔法陣が額に刻まれていました。つまりあの強化魔法は別の魔人にも付与できるということです」
井原青年の言葉を聞き、南郷総司令官も考えを改める。多少の絶望を感じながら。
「魔法の強さは魔法陣の大きさに関係するという。あれほどの巨大な魔法陣ならば、結界都市全体に魔法が行き届くだろう」
「つまり……」
「結界内にいるすべての魔王軍が強化されてしまうということだ」
そのことを聞いた井原青年は戦慄。現在の翳都蒼京は破暁隊の活躍によりなんとか拮抗している状態。しかしもし魔法陣の強化魔法が発動すればその均衡はひっくり返る。なにせその強化対象に『魔王』が含まれているのならだれも魔王を止めることはできず、この都市は本当に落ちてしまうだろう。
だが南郷総司令官はやはり焦ることなく思考を開始。円盤と魔王、懸念点が多すぎる。現在とある隊長らが結界都市内の式神兵や武装をなげうって魔王を足止めしているがそれも時間の問題。
魔王に新たにぶつける戦力、円盤に直接攻撃を仕掛け魔法陣の起動を防ぐ戦力。圧倒的にすべてが足りないはず。
「戦術も、作戦も、すべてを無に帰す『個』か。敵に回すとこれほど腹立たしいものなのだな」
軍団長や師団長、十偉将などの特記戦力で魔人を倒してきた大日輪皇國軍へのしっぺ返しなのだろうかと考えてしまう南郷総司令官。しかし彼は焦るどころか口角を少しだけ上げる。なぜならすでに頭の中には戦術でも、作戦でもない。『戦略』が構築され始めていた。翳都蒼京を守り抜くプランを。
「井原君、我々大日輪皇國軍は非常に瀬戸際に立っているような組織だ。『人』も厳格な入隊試験により増やすことはできない。お金は六大財閥に借りなければならない。政府非公認の組織だから現界で大それたこともできない。けれど魔人は絶えず日帝皇国に攻めようとしている。そんな何もかも足りない崖っぷちのなかで我々が行ってきたのはなんだと思う?」
「努力……とかでしょうか?」
「工夫だよ」
「工夫……?」
キーボードをたたいてオペレーターや兵士に命令を送りながら南郷総司令官は続ける。
「『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』。かつて自由連邦共和国と戦争をした日帝皇国が国民に説いた言葉だ。これは国民の不満を抑圧するためにこのような言葉だが、大日輪皇國軍はこの言葉を真摯に受け止めた。結界、式神、あらゆる技術の革新はたぶんこの言葉が原点なのだろうね」
「ならば今も……」
「工夫次第ではどうとでもなる。現に今私の頭の中に思い描いている戦略ならば翳都蒼京は守り切れる」
一切の迷いのないような言葉を放ちながら頭の中で、コンピュータでシミュレーションを行う南郷総司令官。頭の中で『戦略』という名のパズルが完成に近づき始めたそのとき、
一本の電話が南郷総司令官のもとに来る。
彼の電話のコール音は音の種類により掛けてくる相手が変わってくる。そして今なっているのは軍団長レベルの重要度の高いもの。思考を停止させ、受話器を手に取る。
「もしもし?」
『南郷さんですか? 近藤です』
かけてきたのは十偉将副隊長であり、現在破暁隊をまとめている軍人、近藤であった。
「近藤か。今どこだ?」
『ヘリで蒼京へ向かってます。あと50分ほどで到着予定です』
「50分か。間に合わんな」
強化魔法の発動があと45分を切った。そのため近藤が着いて魔法の発動は避けられない。そして口には言わないが近藤が就いている職業は実は戦闘に向いていない。魔王を短期で倒すことができるほどの力は持っていないのだ。
「して、何か用か? 蒼京の現状はさきほど送った情報ですべ……」
『いえ、南郷さんなら情報がそろった時点で反撃の作戦なり考えているのではないかなと』
「ああ。今蒼京へ伝達をしようとするところだが……」
『その作戦、変更してください』
「……なんだと?」
『円盤の攻略、魔王の撃破。その両方を破暁隊にやらせてください』
「……何を言っている。破暁隊各員のデータを閲覧したが、さすがに成功する確率が低い。どちらかに破暁隊全員を割り当てるならともかくな」
『……そのデータ、いつ見ましたか?』
「一週間前だ」
『そう、はるか一週間も前の破暁隊しかあなたは知らない。しかし今日までの一週間、そしてなによりこの戦争で彼らは経験を積んだ。そのデータはおそらく今の彼らには当てはまらない』
「だから今の彼らなら成功できるかもしれない、と? だが私は君と違いオペレーターだ。司令が優先すべきは確率ではない。『確信』だ」
『残念。僕は職業柄、確信はしない主義でね。僕が常に考えていることはたったひとつ、利益ですよ。僕は彼らにこう言いました。「僕たちはこの後の戦、その先の戦、その先の先の戦、その先の見えない戦まで見越して作戦を立てる」と。この作戦が成功すれば、彼らはより強くなる。次の戦を見越して、破暁隊を使うべきです』
「私が話しているのは『可能性』についてだ」
『僕が話しているのは『未来』ですよ』
数秒の沈黙ののち、南郷は口を開く。諦めたような感情を含めて。近藤を言い負かすことはできるだろうが今は戦争中、優先順位というものがある。
「私の戦略には多少の準備がいる。そのための足止めを破暁隊にやってもらおう。具体的な指示は貴様に任せる」
『了解』
通信が切れたとともに南郷はため息をつく。遠いところを見つめながら一言。
「ピンチはチャンス、ということか。懐かしい言葉を思い出したな」
***
騎士型の魔臣を倒し、魔王のもとに向かおうとしていた二人のもとにイナバから連絡が来る。
「臨時拠点が完成しました。破暁隊はそこに向かってください」
正義と緋奈は方向を転換し、イナバが送ってきた座標へと向かう。その座標までもう五十メートルもなく、ビルとビルの間を抜ければそこには確かに拠点があった。
といっても実態は正義と緋奈が一時的に逃げ込んだような、都市にいくつかある倉庫を開放し、そこに人が集まっているから一見拠点に見えているだけだ。それでも二人きりだった正義らにとって他人がいることにほっとしたことには変わりない。
個々を仕切っているようにみえる中年の兵士、おそらくどこかしらの隊長らしき人物に報告をしに行く二人。隊長らしい人物は正義のなくなった左手を一瞬見つめるも何も言わず、「待機していろ」と一言。
地面に座り、壁にもたれかかりながら仲間が来るのを待つ。戦闘中は必死で何も感じなかったが、拠点で落ち着くにつれ、左手が痛み始めた。それとともに不安が襲ってくる。この都市で本当に勝てるのか、生き残ることができるのかというもの。
正義は心配事を他人に話すような人間ではない。なくなるのをまつか、誰かが気づくか、
はたまた環境が変えるか。
「よお正義! 生きてたんだなあ!」
「おいおィ、失礼なこと言うなよなァ……」
正義が顔を挙げれば、そこに立っていたのは仄と翔真だった。服には戦闘をしたと思われる痕がいくつか見られる。しかしここにいるということはその戦いに勝ったということだろう。
どや顔を浮かべて仄は正義に話しかける。
「いいか正義、俺様たちはなあ、ただ魔人を倒したわけじゃあない……倒したのはそう……魔将なのだ!」
まさに自慢と言わんばかりに仄は言い告げる。
「オレと二人で、だがなァ」
と、となりの翔真がフォローしながら。
愛想笑いをする正義の反応をまったく気にすることなく、魔将との勝利という事実を伝える今を心地よく感じているようだ。
「魔将? アタシたちが倒したのは魔臣よ?」
仄と翔真の背後、両手に配給用のおにぎりを持っていた緋奈がペラペラと自慢する仄に一言。ずっと自分の戦績が上だと思っていた仄はショックと恥で緋奈と正義を交互に見ながらその後緋奈へ、
「さっさと言ってくれよ!」
と叫び、緋奈と仄は言い争いを始めてしまう。
それをよそに翔真は正義の左腕を見つめる。
「……その腕ェ、大丈夫かァ?」
「ん、ああ、痛むよ。けど逃げるわけないさ。俺は……」
「正義くぅーん!」
声のほうをむいてみれば走ってくるのは三人。手を振って全力で向かってくるのは樫野涼也であった。そしてその後ろには登尾燐と氷室彗がいる。
樫野涼也は上官に報告するよりもさきに正義のもとに寄ってきた。
「うん、生きててよかった! ああけどその左腕大丈夫かい⁈」
いつものクールな彼とはうってかわり、必死な形相で正義を心配する涼也。初めて見る涼也の様子に正義も、慧や燐も戸惑う。まるでけがをした息子を目の前に慌てふためく母親のようだ。
そんな涼也を見て拍子抜けした正義は少しだけ破暁隊としての日常を感じ不安が和らぐ。
「うん、血は止まっているようだけど、念のため結界に逃げた方がいいんじゃないか?」
涼也は翔真と同じく正義に結界へ移動するよう提言するも、正義の意志は変わらない。
「逃げるわけいかない。俺は、俺は……」
彼の言葉の続きを聞いた涼也、翔真、そして慧と燐は彼の笑顔に恐怖する。ねじ曲がったような、しかしそれが正しい形であるようなもの。今まで正義が見せてきた表情が仮面だとしたら、その顔こそが素顔と感じてしまうもの。焦燥感にあふれ、絶望しつつも決して折れてはいけない意志を含んだもの。
「魔王を倒す義務があるから」
その表情は正義感あふれる勇者というよりもまるで敵である……
『破暁隊全員揃ったね。みんな元気そうだ』
正義たち、そしていつの間にか拠点に来ていた由良と光含め破暁隊全員に近藤から連絡が来る。
『これから、魔王の撃破と円盤の攻略の作戦を指示する』
第漆肆話を読んでくださりありがとうございます!
実は近藤さんだいぶ立場は上のほうです。
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