第漆壱話 『黎都・絢爛防衛戦・壱』
遥都・カナタ、翳都・蒼京のほかにも、もうひとつの都市に円盤、飛行強襲円盤が襲った。
その都市の名は黎都・絢爛。
遥都・カナタが100年後の未来を想像した都市ならば、絢爛はその逆。日帝皇國の約150年前の街並みを再現した都市だ。
それまで木造と瓦でできていた建築物の集合体であった江戸の町が、100年前に西洋の産業革命や文化が日帝皇國に大々的に入り込んだことで、煉瓦と石造りによるネオクラシックやルネサンス様式が建ち並び、舗装された道路や電信柱などが目立つようになった。その時代の、都市空間が近代的に変容した街並みを作り上げたのがこの「黎都・絢爛」だ。
そしてこの結界都市はとある軍団の力が最大限発揮されるように作られている。外灯の中にある火、街の言耐えるところに流れている川、道に等間隔に植えられた木、地面に敷き詰められた土、街の装飾として至るところに飾られた金。この五つの物質を操る軍団にとっては、この結界都市はまさに鬼にとっての金棒なのだ。
現在、黎都・絢爛では飛行強襲円盤から降りてきた魔王軍と、それを囲うように戦線を作り、魔王軍を撃破していく軍団の戦闘が勃発していた。この結界都市では遥都・カナタのように円盤が出現した瞬間一人の兵士によりすぐに円盤が落とされたという出来事は起きず、翳都・蒼京のように転送魔法陣を着弾点に展開するミサイルが発射されてしまったのだ。
しかし翳都・蒼京ほどひどい状況に至ってはいない。もちろん魔王ガダンファルのようなイレギュラーがいないというのもあるが、一番の理由としては軍団すべてがひとつの戦術の元動いているからだ。破魔師団のような、一人の「権利」のもと動いているというわけではない。
この軍団が千年前から積み上げてきた戦術を兵士一人一人が理解し、大きな機械のパーツのように行動しているのだ。ミサイルが堕ちたときもまずは孤立せずに小隊同士一緒に行動し、さらに上空に待機しているとある師団長による的確な現状把握と隊の配置により犠牲をほとんど出さずに魔王軍からの侵攻に対処することができた。
翳都・蒼京では「混戦」といった具合だが、黎都・絢爛では円盤の影、そして転送魔法陣を囲うように戦線が構築されている。転送魔法陣から黎都・絢爛に出て、周囲に攻める魔王軍はこの戦線にかち合うのだ。
さらに軍団長により円盤はすでに墜落していること、転送魔法陣は四人の師団長により破壊作戦が行われていることで兵士一人一人が敗北などの不安を感じることなく戦闘に専念できるということが大きい。
この軍団は第五軍団。
職業『陰陽師』に就いた兵士によって構成されたこの軍団は主に2つの兵士によって構成される。
ひとつ目は先ほど記述したように、「戦術に則って集団で戦う兵士」。第五軍団は使う陰陽道によって配属される師団が決まる。火を扱う陰陽道は「火芒師団」。水は「水芒師団」。木は「木芒師団」。土は「土芒師団」。金は「金芒師団」だ。各々の師団で訓練することはもちろん、師団同士、さらに全師団合同で行う大規模な訓練もある。特に現在の戦闘に至ってはその合同訓練の成果が大きく反映されていると言ってもいい。5つの陰陽道が合わさった戦術に魔人、いや魔将までもがやられているのだから。
都市の一角では土芒師団と水芒師団の両小隊が協力して魔人を囲っていた。
『陰陽土之道! 土山!』
土芒師団所属の陰陽師十人が地面に手をつけ「権利」を発動。魔人たちの周囲の地面が盛り上がり、魔人たちを中心にまるで壺のような形をとり魔人を包みこむ。
だが土で包むのみ。魔人の強靭な肉体ではこの土壁を壊すことが可能だろう。しかし陰陽師は魔人を囲うのが目的ではない。土芒師団のほかに十名の陰陽師。彼らは水芒師団所属の兵士だ。
『陰陽水之道! 水溢』
彼らが手を合わせるも、一見何も起こらない。
しかし土芒師団所属の陰陽師が作った土壺のなかでは大惨事。壺の底から水があふれだし、一瞬で内部を満たす。壺の中にとらわれた魔人は水中での活動ができるものはおらず、そのまま溺れてしまった。
***
さらに別の地点。
大量の魔人が一小隊に向かって走ってきた。迎え撃つは緑色の紋様を胸に付けた兵士。彼らは木芒師団だ。横一列に並んだ彼らは手に種を握り、地面に埋めるように押し付けたあと、揃って叫ぶ。
『陰陽木之道! 森波』
次の瞬間地面から家の大黒柱にもなりえるような太い樹の幹が大量に出現、何十本もの枝の波が魔王軍に向かって突撃する。見た目は恐ろしいが所詮は木。最初はその光景に臆していた魔人も木が自分たちにさほど効かないと知ると余裕の笑みを浮かべ木の猛攻を耐えようと試みる。魔人に向かう木は確かに何十本もあるが、直接魔人にあたるのはせいぜい二、三本。数で押そうとしているようにしか思えない。
だが目の前にいる兵士に気を取られ、魔人は気づかなかった。
大量の木により、自分たちは逃げる場所がなくなってしまったことに。
木芒師団の背後にさらに一小隊が立つ。彼らは赤色の紋様を持っていることから火芒師団の兵士だ。彼らはライターを着火させ、木芒師団が創造した木に着火。
『陰陽火之道! 火波!』
木芒師団が作った木が一瞬にして大炎上。
木の攻撃を耐えようとしていた魔人は目の前が、そして周囲が火の海になったことで狼狽。だが木の檻に閉じ込められた魔人たちに逃げ場などない。地獄に落とされた罪人のように魔人は恐ろしくむごたらしい死を遂げた。
二師団の協力で魔人を一瞬にして撃破。阿吽の呼吸と言わんばかりのチームワークにこの光景を見たほかの軍団の兵士は感心するだろうが、戦闘が終わったこの二つの師団は……
「木芒師団なんださっきの貧弱な木は!? 魔人すら貫けねえとかどうなってんだ! 植林活動じゃあねえんだぞ!?」
「火芒師団がちゃんと敵さんを倒せるようにやったってわかんなかったかなあ?! ずっと甘やかされて育ってきたせいで他人の善意ってやつの感度終わってんじゃあねえのかぁ?!」
戦闘が終わったと思えば両師団が口論を開始。
そう、敵がいれば両者は協力するが、そもそも陰陽師は使う陰陽道によって派閥ができており、その派閥同士非常に仲が悪い。大日輪皇國軍では犬猿の仲、水と油の言葉の類義語として、「第五軍団の二師団」、と言われるほどなのだ。
***
第五軍団の兵士の種類は、ひとつ目は彼らのように十名程度の小隊が合同で複数の魔人を撃破する人たち。
そしてもうひとつは少数精鋭で上級の魔人を撃破する兵士だ。
黎都・絢爛をまるで練り歩くように進む魔人は非常に身長が高く、魔人の肩までの高さと建物の屋根がそろっている。
その魔人を見つめる二人の陰陽師。
「まさか君と一緒になるとはねえ。どうです? 生徒さんのほうは」
金髪の眼鏡をかけた青年が隣に立つ女性へ話しかける。
「ぼちぼちですね。火にようやく大半の生徒が慣れてくれて……って、今は戦闘中ですよ。こういった話はあとで聞いてあげます」
「あはは。ごめんごめん」
青年の質問に一瞬本音を言いそうになるがすぐに気持ちを切り替え、青年を叱る女性は小川歩美。
火御門仄の師匠であり、陰陽塾の初心教室の先生である。そして彼女の隣にいるのは彼女の同僚。「火」ではなく、「金」の陰陽術を少年少女に教えている陰陽塾の先生、藤田。ほぼ同い年かつ陰陽塾の教師となったのもほぼ同時期だったため、意外に良い仲となっている。違う陰陽道を使う二人だが見ての通り仲もさほど悪くはなく、飄々とした態度の藤田に小川がツッコむという関係性。
巨体の魔人に対峙した二人だが作戦会議などは行わない。戦い方をお互いに理解している藤田と小川は何を言うこともなく行動を開始。
小川は魔人の正面から接近。彼女の気配を察した魔人は彼女に向かって吠えるも、臆することなく陰陽術を発動。
「陰陽火之道・蜃気炎」
小川の姿が揺らいだと思えばなんと魔人の目には五人の彼女が映っていた。仄は蜃気楼で一人、それも非常に完成度の低い幻影を作ることができるが、蜃気楼の制作者である彼女は幻影を四体作ることができる。
動きそのものは小川と同じであり、独立したものではない。けれど幻影はスライドするように移動し捕らえることができない。
戸惑いながら魔人はその幻影に攻撃を加えるももちろん効くはずがなく。
一分後、魔人の足元にはいつの間にか藤田が佇んでいた。
「陰陽金之道・重金牢」
藤田が魔人のかかと付近に手を近づけると突如現れた、生物のようにうねる金色の金属が魔人全身を包む。建物の屋根に上った彼女は『煉』により体を炎上させる。
「ちゃんと耐えてよね」
「もちろん」
「「陰陽合技! 波羅利素之雄牛」」
小川は魔人にまとった金全てを加熱。藤田は熱で魔人にまとわりついた金が解けないよう操作。さらに熱で魔人が体をうねらせるも金を操作して金が壊れないようにもする。とある処刑法を参考に作られたこの技は残酷ではある。しかし「火」と「金」両方を上手く組み合わせた二人のこの力はまさに必殺技。
五分後、魔人は活動を停止。小川と藤田は一息つくことができた。
たたえ合うこともなく、戦況を確認。オペレーターとの会話の中でとある事実を二人は耳にする。
『各師団長ニヨル転送魔法陣ノ破壊、完了』
第漆壱話を読んでくださりありがとうございます!
平安時代から陰陽師はいるのですが、時代が時代なので考案された戦術はだいたいグロいです。
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