第陸玖話 『遥都・カナタ防衛戦・参』
ほとんどの魔人が地上に落ち終わる。
第三軍団内部戦力序列表第78位の兵士、塚原セイタローはすれ違う魔人を斬りながら都市を走っていた。ベレー帽をかぶり、軍服ではない淵の太い眼鏡をかけている。彼の左手には「侍」らしく刀を持っているが、一般的な刀とは違い、どちらかというと直剣のようだ。さらに剣の中心には黒い線が描かれており、ある意味彼を象徴する彫刻だろう。
セイタローの表情は不満げだ。ムスッとした顔で魔人を斬っていく。
「インスピレーションがわかない……どこもかしこも雑魚ばかり……」
戦争中だというのにまるで危機感を感じる様子もなく、別のことを考えているようだ。「侍」は『型』を学び、それを駆使して戦う。しかしセイタローはその画一的で単一的な戦闘を退屈に感じているのだ。
経験こそが最高の作品になるというのに、ただ技を放つだけで敵を倒すという今の状況はセイタローにとっては好ましくない。
10体前後の魔人をたやすく撃破し、周囲を探せば少し先にまた魔人の集団が。しかしただの魔人の集まりでないことが一目見て分かる。
なんと全員同じ姿なのだ。顔の形から背丈、身にまとう衣装にいたるまで、まるでコピーペーストされたかのように形が一緒。
その不気味な光景に塚原セイタローは、笑っていた。突如頭にあふれ出した新しい「構想」に心躍らせる。
「ああいい! これだよ! やはり戦場はいい! この刺激があるからせっかく休載を選んだんだ!」
セイタローは指で空に絵を描くような動作を行う。およそ緊張らしい緊張はしていないようだ。
「戦隊ものはいいなあ、敵の雑魚デザインに使おう。ああけどいっそのことホラーでも描いてみようか……ドッペルゲンガーってやつだ……」
同じ姿の魔人の群れをよそに独り言をぶつぶつと呟くセイタロー。だが魔人は目の前の人間がやっている行動をおおよそ理解できず、それどころか自分たちを無視されたのかと顔をゆがめる。それも全員同じタイミングで表情を変えるということはつまり魔人たちは姿かたちだけでなく、感情や考えも共有していると考えられる。セイタローもそう考察した。
「なるほど? クローンってやつか。ああ面白い! SFもありか!」
魔人が見せるあらゆる行動に興味を示し、自身の「作品」へと昇華させるのは、ある意味塚原セイタローの職業病と言えよう。
興奮気味に叫ぶ塚原セイタローだが、次の瞬間、動きを止める。
魔人がまったく同時に両手を合わせ、すると魔人の額に魔法陣が浮かび上がったかと思えば、なんと魔人が発光し光が収束、魔人が合体し、巨大化したのだ。その光景を見た塚原セイタローは目を輝かせながら剣を構える。
「よし! よし! よし! 作品は決まった! さあ! 描こうか!」
剣を下ろしながら一歩踏み出す塚原セイタロー。巨大化した魔人の集合体は拳を振り下ろす。顔色ひとつ変えることなく回避。
「彩刃流・改『乱筆』」
集合体の股下をくぐりながら一瞬で何十回と刀を振り、斬撃を飛ばすセイタロー。集合体は全身切り傷が生まれるも、傷は浅いのか、集合体は痛みを感じていないらしい。
続けざまにセイタローは一撃。
「彩刃流・改『小間割』」
セイタローは7回刀を振る。その斬撃は先ほどの乱筆よりもより深く、より鋭い。現に集合体の身体にできた傷からは大量に血が噴き出したのだから。攻撃は続く。
「彩刃流・改『 一筆刻』」
五つの斬撃。威力、速度共に先ほどの小間割と同じようだが狙いが違う。関節や鳩尾など、弱点となりうる場所に斬撃は放たれた。
「彩刃流・改『紋刻』」
これまでに一番細かい攻撃。先ほどの傷に対して、さらに深く傷を深め、ほかには傷に対し垂直に切る。一瞬にして集合体の出血量が増した。大出血に関節の切断、まったく動くことができない集合体。
「さて仕上げといこう。彩刃流・改、奥義『画竜点晴』」
セイタローが放った一閃で集合体の上半身と下半身が分かれる。先ほどまでの攻撃はこの一撃の威力を上げるためのものなのだ。
塚原セイタロー。職業「漫画家」と「侍」を兼業した彼は満足したのか、はたまた今の気持ちのまま漫画を描くためか、「展開」と呟き結界に逃げ込んだ。
***
「う~ん。魔人結構いるなあ~」
ビル下の角、大通りを外れた路地裏のような場所、壁に顔をほぼ押し付けたような格好をしている侍が一人。彼の視界には壁しか映っていないというのに、なぜか彼はすぐ横の大通りの現状をしっかりと把握しているようだ。
多勢に無勢。いまここから出ても魔人の餌食になるだけと考えた侍は頭を悩ませていた。が、
「梅原さん!」
路地裏の奥から数名の侍が彼、梅原へと話しかけてきた。梅原に話しかけた兵士の紋章を見れば雲剣師団。梅原は彼らがいれば、先ほどまで見ていた魔人たちにも対抗できると考え笑う。
「うし! じゃあみんなで行ーくぞぉ~!」
何も説明をするわけもなく、突如叫んで大通りへ飛び出す梅原。雲剣師団の面々はいきなりの出来事にすこし行動が遅れてしまう。そんな彼らをよそに梅原は魔人の大群へ突撃。刀に手を添え、技を放つ。
「無双流・大嵐!」
梅原が刀を両手でつかみ、横に大きく振れば斬撃が魔人へと飛び、10人を超える魔人が斬撃の餌食となる。梅原はさらに先ほどと同じ構えを取り、
「無双流・大嵐!」
まったく同じ動作、全く同じ斬撃。すべてが先ほどの『大嵐』とシンクロしている。それからもたびたび『大嵐』を撃ち続ける梅原。確かに『型』というものは人間が決まった行動ができるようなもの。しかし梅原の『大嵐』は指先ひとつに至るまですべてが一緒なのだ。背後に取り残した魔人は雲剣師団に任せ、敵陣を突破していく梅原。
突如向かってくる赤と黒のかたまり。
「回避」
そう呟いた梅原はまるで何かに操られたかのように体が動く。かたまりは梅原の横を飛んだ。
梅原が前を向けば立っていたのはまるでゴリラのようなガタイをした魔人。いや、溶岩のような姿をしているから魔将だろう。
「おーけー、お前がボスね。よし。完封と行こう」
刀を構えなおす梅原。両者の間は距離10m。
「超速接近」
たった一歩で魔将の懐に入り込む梅原。魔将が彼を掴もうとするが……
「大鬼斬り!」
魔将の右腹へ梅原の刀が食い込む。だが切断までは行かなかったか、そのまま壁へと叩きつけた。
追撃に走る梅原だが魔将が右手の手のひらを梅原へ向ける。その手のひらの中心には魔法陣が描かれており、その魔法陣がどんどんと発光。
さきほどの塊が発射されたが、
「回避!」
空中で身をよじり、そのまま接近。腕を大きく振りかぶる梅原の目は、日帝人らしい黒ではなく、この一瞬だけなぜか光っていた。
「地獄鬼斬り!」
壁にもたれかかっている魔将は彼の地獄鬼斬りによって真っ二つに切り裂かれた。
「ふむ、中ボスレベルだったね。けど達成度はSかな」
先ほどの戦闘を振り返る梅原だが、彼の職業は「ゲーマー」。彼はあらゆる戦闘の「型」を「コマンド」とすることで全く同じ動作を行うことができるのだ。
***
「ふむ、君は……なるほどなるほど。大体謎は解けた」
目の前の魔将に対して顎に手を当てながら呟く青年の名は家達斜六。インバネスコートに鹿撃ち帽をかぶった風貌の青年の職業は「探偵」。だが普通の探偵とは違い、彼の観察眼と推理力は戦闘を行いながら発揮する。彼は両手に刀を持っているが、彼の右手に持つ刀は、刀をぶつけた部分を分析できるような構造を取っているのだ。
そんな斜六に対する敵は魔将。三メートルを超える巨漢だが、斜六が集中したのは彼の肘。なんと骨のような物体が、前腕の延長上に飛び出ているのだ。
それに目を付けた斜六はさっそく腕に着目。右手の刀を腕に、飛び出した骨に右手の刀を当て、分析。探偵というものは観察眼のほかに知識もいる。一族が探偵の家達家が記録した何千の記録から導き出された結果を確認するため、斜六は一歩踏み出す。
相手に煽るように剣先を魔将へ向けながら。斜六の笑みは非常に余裕を感じさせるもの。味方が見れば頼もしいものだが、敵が見れば恐怖と不快感を隠すことはできない。それは魔人とて同じ。
魔将の攻撃は殴る蹴るなどのみ。斜六は最小限の動きでいなしながら推理を披露する。
「まず最初に気づいたのはやはりその飛び出した部分だ。まあそれが囮という可能性もあるが無視するのは骨を調査したあとさ。そして腕、飛び出した部分を叩いて分かった。腕の内部には空洞がある。円柱型のね。そしてその形はおよそ飛び出した部分と一致している。しかし不思議なのは空洞の長さと飛び出した部分の長さが一致しないのさ。空洞に収まりきらない。つまり考えられるのは……」
魔将は斜六へ殴り掛かる。しかし二人の間は十メートルほど離れており、およそ魔将の腕が届くとは思えない。けれども斜六はその事実をさも当たり前かのように考える。
次の瞬間、飛び出していた骨が腕の内部に入り込み、魔将の拳から骨が杭のように飛び出した。だが斜六は動じない。なぜならこれが斜六が「推理」により導き出した仮説であり、そしていま正解となった事象だからだ。
「さて、まあ君の奥の手はもう通じない。君は僕の興味の対象ではなくなった。さらばだ」
斜六は刀を構え、集中。
「古川流・同心悪滅」
この技は決まった動きをするのではない。犯罪を暴かれた犯人がなお抵抗するとき、一切の反撃を許さない、一瞬でとらえるために相手の弱点全てを看破し、穿つ。
斜六による5つの剣戟ののち、魔将は地に伏せる。
………………第三軍団は職業の権利、そして長年積み重ねられた技術に、魔王軍は斬られてゆくのだ。
第陸玖話を見てくださりありがとうございます!
梅原さんが最初に壁に顔を近づけていましたがそれは「三人称視点(TPS)」っていう『権利』です。
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