第陸捌話 『遥都・カナタ防衛戦・弐』
「ならば、侍が飛んでくる銃弾を斬ってみせよう」
150年前、大日輪皇國軍の組織にとある変化が生まれようとしていた。
このとき世界中の軍事組織が「銃」というものを本格的に取り入れ始め、そして大日輪皇國軍もその限りではなかった。遠くから引き金を引くだけで敵を倒すことができるという銃は、魔法使いに対抗できる新しいかつ画期的な手段として今後の大日輪皇國軍のメインウェポンとして扱われるのは誰が見ても明らかであったのだ。
このとき、大日輪皇國軍内でとある議論が行われた。それが、刀を武器として戦う侍の在り方である。侍によって編成された第三軍団は軍団と呼ばれるほど大規模な部隊であったが、銃という明らかに刀よりも便利で強い武器を取り入れたことで、「侍」の意義が問われたのだ。もちろん解体というわけではないが、「陰陽道」という「権利」をもつ「陰陽師」、䨩鬼甲冑で戦う「武士」とは違い、刀一本でしかない「侍」という存在が現在でも必要なのかという意見が軍の上層部から出てきたのだ。その意見を聞きつけた一人の「侍」が上層部の会議に突入し、一言。
「ならば、侍が飛んでくる銃弾を斬ってみせよう」
と。銃よりも私たち侍のほうが有用だと言わんばかりの言葉、さらに言った本人が軍団長クラスの人物であったため、上層部は侍の直訴を一考の余地があると受け入れた。しかし上位クラスの侍である本人が斬っても、「侍」そのものの価値が認められるわけではない。
だから二日後、直訴した侍は無名の剣士を連れてきた。上層部が確認をとったが確かに特別な「権利」を持っていたり、彼の弟子というわけではなかった。五十人を超える見物人のなか、連れてこられた侍は何が起きているかわからないながらも剣を構える。約三十メートル先にいる銃を構えた兵士。
銃声とともに飛んでくる銃弾。
侍は刀を一閃。
侍は死なず、なぜか壁には二つの銃痕。
数分後、別の兵士が確認すると、銃弾真っ二つに切断されていた。
驚愕を隠せない上層部。偶然だと叫ぶ者もおり、その後三回ほど侍に向けて銃弾が発射されたが、そのすべては同じ結果。侍は銃弾を斬ったというもの。
幾百年間積み重ねられた技術が、現代兵器に勝った瞬間であった。
二人の侍のおかげで、第三軍団の壊滅は免れたのだ。
だが美談はここまで。
銃を持った兵士を倒したことに快感を覚えたのか、大日輪皇國軍が新しい兵器を導入するたびに、第三軍団の侍は上層部に対し、
「新兵器により侍の存在意義はなくなってしまうだろうと考えているんだろ? 我々が新兵器より強いことを証明してみせよう」
という言い訳を垂れて新兵器を斬りに来るのだ。
機関銃、最新鋭の銃火器、大砲。ついには飛行機やヘリコプター、ミサイル兵器の導入時にまで彼らは難癖をつけてこれら兵器に刀一本で挑むのだ。
もちろん銃の一件から侍が不必要だと考えるものはおらず、上層部は半ば斬ることができるのかどうか楽しみにしている人間もいるほど。
未知のものについての認識が「斬ることができるか」となっているのが第三軍団の侍にとって、空中に出現した円盤を恐れることはないのだ。
***
武御雷弥生。
第三軍団の軍団長である彼は非常に怒っていた。この怒りは戦争の日付が決まったときから続いている。彼の周囲の軍団副長や師団長は彼を刺激せぬよう立ち回らずを得ないのは必然。もちろん目の前で部下が些細を起こしたとして、怒りのまま部下を殺すなんとことをするような人物であることは誰でも知っているが、いかんせん殺気をまとっているため警戒せざるを得ない。
戦争時も武御雷弥生の殺気が途切れることはなく、都市中に待機している侍の何人かはあふれる殺意で軍団長の居場所が分かっていた。
そして遥都・カナタに円盤が出現。
遥都・カナタにいる侍が刀を構えこれから来るであろう攻撃に備え、はたまた状況を掴んでいる中、一人武御雷弥生は動き出していた。
中央のタワーの近くに待機していた武御雷弥生は真っ先にタワーの壁を垂直に登る。怒りを冷静に力へと変え、およそ人間ができる動きを無視しながら円盤に少しでも近づこうと試みる。
塔の形は現界にある日帝最大の電波塔とほぼ同じ。塔についた返しは壁を蹴って登り続け、空中でもなぜか武御雷弥生の身体は上空へと飛び続ける。そのまま電波塔の一番上にある細いアンテナもそのまま垂直に疾走。
アンテナを踏み込んで大きく跳ぶ、いや飛ぶといっても過言ではない弥生。
円盤まで残り数百メートルほど迫った彼は、腰に帯びた刀へ手をかける。
息を整え、空中でありながらまるで地面があるかのように姿勢を整える弥生。殺気をこれから放つ一撃の道筋とする。
「戦王極ミ之型・神一文字」
スパンッ! と弥生の一振りの直後に空中の円盤が割れる。
切断面はあまりにもきれいで、もういちどくっつければ元通りになるかもしれないと考えてしまうほど。
第三軍団の誰も受け身の姿勢だったなか、ただ一人円盤に斬りかかったのだ。
ふたつに切断された円盤は浮遊能力を失ったのか、ゆっくりと地上へ落下。しかし円盤は魔法類で動いていたらしく、切断されても燃料の誘発などで爆発はしない。
刀を振った弥生はそのまま重力に逆らうことはできずに地上へ落ちていく。円盤のほうを見れば切断面や円盤の下部分に空いた穴から魔人の大群が出てくるのが見えた。自分たちが乗っている巨大な船が壊れても依然として戦意は喪失していないらしい。
これで終わると考えていた弥生は怒りで顔をゆがませながら魔人の群れを睨む。そんな彼のもとにひとつの連絡が。
『軍団長! 斬ったのはすごいですけどどうするんです? たくさん魔人が出てきました。数も多いですし......混戦を防ぐためここは一旦魔人の落下領域を包囲するような陣営を組んで 』
通信してきたのは副軍団長。軍団長が起こした攻撃をいち早く察知し、そして今後の戦局を軍団長に伝えるも
「知らん。勝手にやっていろ」
一蹴。
『あひん♡ じゃなくて、けど作戦を立てないと……』
一瞬嬌声が聞こえたような気がしたが不安そうな声色で軍団長へと尋ねる副軍団長。だが軍団長は彼女の言葉を無視、体を動かしながら再び中央のタワーの頂上へ着地する。弥生は激怒してはいるものの、感情にすべてを任せるような人ではない。一応は軍団のことを考えている。
「数が多いといったな?」
『ええ、まあ』
副団長の返事を聞いた弥生はもう一度足に力を込め、再び跳躍。先ほどよりも力を込めたのか、タワーの頂上にはヒビで一部砕けている。落ちてくる魔人の雨に逆らうように上昇する弥生軍団長。すれ違う魔人はもちろん斬り、彼を止めるものは誰もいない。
落ちてくる魔人の集団の丁度中心部まで来た弥生は剣を構える。
「戦王極ミ之型・銀河」
銀河とは、何千万の星が集まった美しい天体である。
しかし地上にいた兵士が見たのは、空全体を覆う赤くておぞましい螺旋。弥生による円型の斬撃が空中にいた魔人を一掃したのだ。弥生が斬った魔人の数はおそらく1000はくだらないだろう。地上にいる第三軍団の兵士全員が軍団長の恐るべき力に戦々恐々としたのはもちろん、地上を目指していた魔人も一瞬にして全体のおよそ四分の一が一刀に伏したことで戦意を喪失する者がいるほど。
これで副団長が懸念していた戦力差の問題はほとんど解決したといえよう。
そして弥生は第三軍団全体に連絡。
「全軍、落ちてきた魔人どもを切り伏せよ」
こうして、遥都カナタ防衛戦開始。
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