第陸漆話 『遥都・カナタ防衛戦・壱』
「……77分」
資料にはゴマゴマと書かれていたが最終的にわかったことは、【でくとろおぜ】はおよそ77分。5分ほど探していたことからつまり残り72分後、いや【でくとろおぜ】という言葉が出たのは黎都絢爛の戦闘終了時に魔臣が放ったもの。つまり黎都絢爛の戦闘が終わった10分前から換算すると62分ということになる。
いち早くそのことを南郷総司令官へ伝える井原青年。
「……なるほど。了解した」
ただ南郷総司令官は一言述べるだけ。動揺らしいものはしていない。
「大丈夫なのでしょうか? 南郷さん。翳都・蒼京への援軍は二時間……しかし62分後には何かが起こる! 一体どうすれば……」
井原青年が調べ、わかったことは翳都・蒼京には約60分後に結界都市を破壊するような何かが起きるということ、そして援軍はそれまでに間に合わないということ。南郷が感じ取った漠然とした不安がただ形を帯びただけであった。
南郷は受話器を手に取り、部下たちに命令を下している。一段落ついたのか、彼は受話器を置き、井原青年へと話しかける。
「井原くん、オペレーター、特に我々のような指揮系統が絶対にやってはいけないことは『動揺』だ。もしオペレーターが恐怖や不安で揺らいでしまえば、それは周りの人間へと伝わり、そして魔界で戦っている兵士へと届く。だからこそ我々は常に冷静に、冷徹に、客観的に、機械の如く働かなければならない。何が起こったとしてもね」
井原青年への言葉はそれだけ。井原青年の反応や返答を待つことなく、新しい命令を与える南郷総司令官。
「この魔法陣について調べてほしい」
そういって井原青年に見せた映像は結界都市を襲った円盤、その真下から撮った写真。そこにはうっすらとした文字で確かに魔法陣が描かれていた。おそらく、黎都・絢爛も魔臣が言っていた魔法だろう。井原青年はそう察する。
「しかし……これと同じ魔法なんて分かるのですか?」
「軍のデータベース上にはなかった。今は此度侵攻してきた魔王軍のなかにこの魔法陣を使った魔人がいるかを映像で調べているんだ。麾下のオペレーターにも協力してもらってね」
結局は人海戦術。大日輪皇國軍がずっと使ってきたものだ。しかしこれで失敗したことは今のところない。最終手段であり、最高手段。さらに魔王軍という一組織にいる都合上同じ魔法を使う魔人は多い。つまり円盤の下に描かれてある魔法陣も魔人の誰かが使っている可能性がある。
「わかりました。私は……何を見れば……」
「黎都・絢爛、そして遥都・カナタでの戦闘の映像を確認してくれ」
「了解」
井原青年デスクに座り、4つの画面に同時に映像を流し始める。
***
翳都・蒼京に円盤が襲う数分前。
場所は北東結界都市 『遥都・カナタ』。この結界は現界の都市を模した翳都・蒼京とは違い、一言で言い表すならば近未来都市だ。
空を見上げれば、まるで水面のように滑らかな透明のドームが都市全体を穏やかに包む。中央にある高さ八百メートルのタワーを中心として清潔感ある白金色のビル群は空へとそびえ、ガラスのように透き通った外壁が虹色の光を反射させる。さらにビルの中にはただの直方体型ではなく、曲がっているものや、円柱型、木の小型のものなど選り取り見取りだ。このビルどうしをつなげるかのように空中には大小さまざまなチューブが張り巡らされ、道路は汚れひとつなくまるで整備されたばかりのよう。道路の両脇にはすべて同じ形をした樹木が並び、ある意味不気味ともいえよう。
100年後の世界。遥か未来をモチーフにした結界こそが、 『遥都・カナタ』である。
だが結界に配置されていたのは未来の兵士などではなく、第三軍団。
第三軍団は職業、「侍」によって構成された軍団。完全なる実力主義である第三軍団は5つの師団によって構成されている。天剣師団・雲剣師団・気剣師団・地剣師団、そして補助師団だ。
補助師団は別として、戦闘員で構成されているのが天剣師団から地剣師団の4つであるが、構成員は約1000名前後と師団にしては非常に少ない。さらに特徴的なのは、実力主義の名の通り、その人の強さによってどの師団に配属されるかが決まる。「軍人」そして「侍」両方に就いた状態で軍に申請することで「第三軍団内部戦力序列表」に登録することができる。俗にいうランキングだ。このランキングを四分割して、一番強いグループが天剣師団、一番弱いグループが地剣師団に配属されるのだ。とはいっても地剣師団が弱いというわけではなく、一般の兵士と同じくらいか少し上程度の実力は持っている。
ランキングは戦争時を除いて常に変動しており、上位に上がるためには決闘での勝利や試合の結果を出さなければならない。
ビル群の道路の上、数名の小隊のうち一人が電話をかけている。彼らは地剣師団の隊員。この戦争が彼らにとっての初陣である。しかし電話をかけている侍の青年は魔人などいないというのにひどくおびえた様子だ。
「え……と。第三四五ブロック、異常……ありません」
ただの報告というのに青年の冷汗は止まらない。まるで電話越しの相手刃を突き付けられたかのように。
『……ワカッタ』
電話越しの男は要件を終えるとすぐに電話を切る。報告をした青年は緊張の糸はほぐれたのか大きく息を吐いた。
「うへぇ! 死ぬかと思ったぁ! なんだあの人! 電話越しの圧だけで人殺せるぞ!」
呼吸を荒げ、他二名の同僚に愚痴をこぼす。同僚は彼の様子を半ば面白がっていた。報告を誰がするかということを揉めた三人だが、その理由はただひとつ。電話越しの相手があの軍団長だから。通話を見ていた同僚のうちひとりが笑いながら口を開く。
「これは……まじで怒ってるねえ。噂は本当だったか。まあ軍団の集会で様子はおかしかったからなんとなくは予想できてたけど」
さらにもうひとり。
「そうそう。軍団長の隣に座ってた副団長まじで居心地悪そうだった。普段と表情変わらねえのになんであんな雰囲気は違うんだろうなあ」
彼らが話していたのは軍団長、武御雷弥生。もともと地剣師団の三人は彼と接点は全くなく、試合などで見たことがある程度であり、そのときはなんとなく厳しい軍人のような人物だと思われていた。
が、戦争が始まる前に一度軍団で集まりがあったのだが、そこでの第三軍団長はまるで触れてはいけない禁忌の存在かのようなオーラをまとっていた。彼の周りの兵士は非常に軍団長を刺激しないように立ち回っていたのは誰の目にも明らかであった。
「一体何を怒っているのか……魔人に親族でも殺されたとか」
頭の後ろで手を組みながら呟く兵士。隣の兵士がそれに続く。
「いやあ、これは噂ですけどね。なんでも……」
一人の兵士が自身が聞いた驚くべき情報を言おうとした瞬間、兵士たちの周りが暗くなる。上空を見れば巨大な円盤が浮かんでいた。
「敵襲か!」
「しかしあのUFOなんだぁ? 俺たちの刀じゃ届かねえし……」
小隊の武器はもちろん刀。だから空中に浮かぶ円盤に届くはずはない。一応彼らは戦闘態勢に入るが無駄だとはわかっている。上空からの攻撃などされればたまったものではない。
受け身にならざるを得ないと考えていた三人だったが……
「おい、あれ……」
三人のうち一人が指さしたのは中央のタワー。すべての結界都市の中央には結界都市の「中核」が存在し、これを壊されれば結界都市、『門の核』へと至る道が開いてしまうのだ。
そのタワーの壁を一人の男がてっぺんに向かって走っていた。重力に逆らうようにほぼ垂直の壁を車ほどの速度で駆け登る人物。発見した兵士は目がよいため、誰が走っていたかがわかった。それは……
「……あれ軍団長じゃね?」
特徴的な髪型。細身ながらも一目見ればわかるガタイのいい体つき。そしてなにより遠く離れてもわかるプレッシャー。
「まじ?」
「うん」
軍団長が走って塔を駆け登っていくのを見つめるしかない三人。目のいい兵士が実況のように様子を伝える。
「てっぺんまで走っていくぞ」
「「まじ?」」
「そのまま跳んだぞ」
「「まじ?」」
「めっちゃ跳んでる。円盤とタワーの真ん中くらいに今いる」
「「まじ?」」
何が起きたか飲み込むことで精いっぱいの三人に次の瞬間衝撃的な光景が飛び込んできた。
兵士三人、目を丸くする。
円盤が真っ二つに割れたのだから。
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