第陸陸話 『危機一髪』
士道光。及び士道家には限りなく守護霊に近い式神が憑いている。
その式神は「意思」を持ち、式神を使用する人間とコミュニケーションを取ることもできる。式神の能力は、式神使いの特定の行動で「印」をつけられたところに、巨大な「手」から「印」にむけて光線を放つというもの。
光線の種類は式神、式神使い両方が指定でき、主導権は一応式神使いにある。だから「声」はあるときは未熟な式神使いに対しどの「型」を使えばよいかを命令するときもあるのだ。
だが依然として主導権は式神使い本人にある。式神がいくら説得しようと、本人の意思が変わらなければ、「手」は式神使いに従う。
光は魔臣を確実に仕留めるために車輪を五回回転させた。なぜならばそれでしかこの「型」は使えないから。
「貫空之型」
光の言葉で六つの巨大な「手」は一瞬にして、指先を魔臣のほうへ向けてまるで花のつぼみのような形をとる。
つぼみのなかからだんだんと青い光が漏れ始め、六つの手はつぼみというよりもそれはまるで光を抑え込んでいるようだ。
光が放った矢はこれまでの矢とは比べ物にならないほどの速度で魔臣へと接近。その速度は音速を超えており、目を凝らせばソニックブームが発生しているのだ。
いくら魔臣といっても片目が潰された瞬間に光の矢に反応することは、不可能。
バキンという砕ける音とともに魔臣の首へ光の矢が刺さる。出血はせず、ただ外骨格にヒビが入っただけ。
けれど光にとってはそれだけでいい。「印」を魔臣に当てるだけで式神の「型」は発動するのだから。
矢が刺さった瞬間、手のつぼみの先が、花が咲くように開く。内包した莫大なエネルギーがレーザーのように発射されたのだ。
このレーザーは音速を超える矢よりも速い。矢すら避けることができなかった魔臣は向かってくる直径二メートルほどの太い光線をさけられるはずもなく、
断末魔を上げる時間すら与えられずに、魔臣は消し飛んだ。
レーザーがきえたあと、魔臣は塵すら残っていなかった。
二人の緊張が解け、呼吸がだんだんゆっくりになる。ゲームのロード中のように、状況を飲み込むのに精いっぱい。
勝利の余韻というものを由良と光は実感できなかった。喜びも達成感もなく、彼女らにあったのはただひとつ。
安心感。
***
大日輪皇國軍総司令部でたくさんのオペレーターが必死に言葉を交わす中、ひとりのオペレーターが叫ぶ。
「蒼京の上空に出現した魔臣を天城由良、士道光両隊員が撃破しました!」
オペレーターの言葉は司令部全体の隊員を安堵させた。正義隊員と緋奈隊員による魔臣の撃破。翔真隊員と仄隊員による魔将の撃破。南郷総司令官やその他ベテランオペレーターが警戒していた魔人が次々と撃破されていき、十数分ほど前まで総司令部をつつんでいた緊張感も数段と軽くなっていく。
魔将や魔臣は大日輪皇國軍の上位勢、師団長や上位師団、軍団長レベルの軍人でないと対処はほぼ不可能なのだが、魔王が放った「神爪嵐」により彼らがいなくなったことで蒼京での戦力差は魔王軍側に偏っていた。
蒼京は都市の周りの地形などの理由でほかの結界都市よりも魔王軍や魔人に攻め込まれにくい場所となっている。だから兵士は配置させているものの、この結界都市に攻め込まれた状況がほとんどないことから、蒼京はほかの戦線や結界都市がピンチになり、結界から魔界への「流れ」が作られた場合の兵士の待機所として扱われていたのだ。だから今回の戦闘でこのような事態が起きた。大日輪皇國軍の油断が引き起こした状況ともいえる。
しかし現状を理解し反省しても戦況は覆ることはない。すべては蒼京にいる兵士にかかっているのだから。
危機感が下がっている今だからこそ油断はならない。魔王ガダンファルによる神爪嵐により蒼京で待機していた強い兵士が軒並み結界に避難している。破暁隊の活躍により戦力差が拮抗したならこの後すべきはただひとつ。押し返すのみ。
頭の中でこのあとの戦局を考えている南郷総司令官のもとにさらなる吉報が。
「報告! 登尾燐隊員と氷室彗隊員が転送魔法陣の核を破壊しました!」
「こちらからも報告! 樫野涼也隊員及び歩兵師団の一小隊が転送魔法陣の核の破壊に成功したとのこと!」
総司令部内で若干の歓声が上がる。もちろんオペレーターのほとんどは仕事に集中し、声を上げたのは一息をついていたり、この戦闘が初陣のオペレーターなど。
魔臣や魔将と戦っていた破暁隊のほかのメンバーも待機していたわけはなく、彼らも南郷総司令官が危惧していたもうひとつ、転送魔法陣。これを破壊しなければ魔人の数は増え続ける。けれど破暁隊の涼也、彗、燐三名が転送魔法陣を破壊してくれたことでこの心配もなくなり、蒼京においての反撃の目途が立ってきた。
だが南郷総司令官は未だ喜びなどの感情は湧いてこず、むしろ歴戦の勘により嫌な予感しかない。その様子を察したのか、隣にいる井原青年が尋ねる。
「『遥都・カナタ』『黎都・絢爛』での戦闘が終わり、残すは翳都・蒼京のみ。まだなにかあるというのですか? 南郷さん」
南郷総司令官は井原青年のほうを向かず、厳しい表情のままで南郷総司令官の目の前にあるパソコンの画面へ次々と送られてくる情報に目を通していく。
「確かにまだ魔王がいますし、円盤もあります。けれどあと二時間もすれば魔界から結界への流れがなくなり、蒼京に援軍を送ることができます。現在『城都・彼岸』に待機している第六軍団含む魔界の戦線からも皇國軍の援軍が向かってますし、大丈夫かと」
井原青年の意見はごもっともだ。彼の意見によれば蒼京の皇國軍は耐え抜くだけでいい。それさえすれば蒼京の数的差もひっくり返る。魔王を倒すための戦力も、空中の円盤を破壊する戦力も蒼京に送ることができるはずだ。
「確かにそうかもしれないね、井原くん。けれど私はそうは思わない。三人、いや四人の魔王が協力しているこの戦いで、数や実力以外にも警戒すべきものがあるなのではないかと思っているんだ。何かを隠し持っているのかもしれない。そのナニカは今君が持っているような『余裕』をなくしてしまうものだろうと私は考える」
あまりに大雑把。いつも理論やデータをもって作戦を立てる南郷総司令官にとってはあまりに似つかわしい考察。もちろん彼の考えは「大日輪皇國軍総司令官」という職業の『権利』の類によるものではない。
抽象的な思考を行う南郷総司令官を訝しげに見つめる井原青年だが次の瞬間、南郷総司令官が井原青年へ指令を下す。
一枚の報告書とともに。
「井原青年……『でくとろおぜ』を日帝語に訳してくれ」
南郷総司令官が発した『でくとろおぜ』は魔界の言葉。
並列思考の極みともいわれるあの南郷総司令官ですら他者に考えさせるという事態は井原青年にとって初めて。彼にとって今はよほど切羽詰まった事態だということを彼は一瞬で理解した。
しかし大日輪皇國軍が確認した魔界語の数は1000を超える。しかもほとんど解読はできていない。つまりそのなかで『でくとろおぜ』にあたる言葉を探さなければならないのだ。
不安に襲われる井原青年。
何をすればいいかわからず、茫然と立ってしまいそうになる。
頭の良さから大日輪皇國軍にスカウトされ、南郷総司令官の弟子となった。けれど最近はずっと自身の無力さを痛感するばかり。長期戦を訴えたときもずっと恐怖が彼を襲っていた。それは自身が無能かもしれないと考える恐怖。再び居場所をなくしてしまう恐怖だ。もしここで役に立つことができなければ、井原青年のプライドは壊れ、もどることはできなくなるだろう。
誰かに頼りたい。南郷総司令官は集中してパソコンの画面を操作しており、彼のほかに井原青年が頼れるものはいない。
ふと、司令部の大スクリーンに目をやる井原青年。そこには自分と同じくらいの年齢の兵士、破暁隊の隊員が映っていた。
井原青年は思う。
(彼らは命を賭して戦っている。なのに私は、ただ茫然と立ち尽くしているだけか?)
ではどうするか。何をしなければならないか。
井原青年は報告書に目を通す。そこには黎都・絢爛にいた軍団長が円盤で攻めてきた魔王軍の大将らしき魔臣を撃破する瞬間、その魔臣が放った言葉。
『貴様らが勝つことはない。あと【でくとろおぜ】をもって円盤に込められた魔法陣が発動するからだ』
井原青年は、【でくとろおぜ】は時間の類の概念だと考える。おそらくタイムリミットだろう。考察としてあげられるのは、【でくとろおぜ】は一種の固有名詞だということ。魔臣が日帝の言葉を使う魔法を有しているのに【でくとろおぜ】だけはそのまま。
例えるならば「私は寿司が好きです」を英語にすると「I like sushi」となる。このとき「寿司」という言葉はそのまま「sushi」と置き換えられるがその理由は英語圏に「寿司」にあたる言葉がないからだ。そして今も同じ。【でくとろおぜ】が日帝語に訳されないのならば【でくとろおぜ】の意味を通訳するというよりも何を示しているかをしらなければならない。
しかし井原青年にとってそれは僥倖。そこからの選択肢が見えた今、井原青年は進みぬくしかない。
(大日輪皇國軍のデータベース、第13結界に何か書いてあるかもしれない)
井原青年専用のデスクに座り、パソコンを操作。第13結界では兵士の情報のほかに、魔界、魔人の情報も入っている。【でくとろおぜ】そのもの、魔人の時間の概念に関する資料や論文を隅々まで超高速で検索。「速読術」の普遍的権利を最大まで生かす。
調べ続けて5分後、もはや資料の10分の9を読み終え、なかったらどうしようと不安に駆られそうなそのとき、
「……あった」
とある資料の一文、【でいくとろおず】と、限りなく【でくとろおぜ】に近い、かつそれは時間を意味していた一語を発見。
そこにかかれていたのは……
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