第陸伍話 『共闘戦線〈狙撃手ト弓手〉・肆』
由良が接近戦を初めて5分。戦闘はほぼ拮抗状態であった。
魔臣は彼女らの激しい猛攻に精いっぱいで手足を回復することができない。しかしふたつの手足だけで耐え忍んでいることはその分魔臣が強いということだろう。
現に魔臣の外骨格を今持っている槍銃で壊せない由良は積極的に攻めるのをやめ、ただ注意を引く。そして魔臣が手足を回復する機会を作らないように動くことに集中しているのだから。
光も矢を放ち、魔臣の動きをけん制しているが当たることはない。弦輪を回す数はだいたい一か二。回せば回すほど威力も速度も増すが代わりにそれ以上やれば光の腕が持たないのだ。確実に当てるまではいつも使っている弦輪の数で狙う。
由良が全力で槍銃を振り下ろすも、魔臣は回避を選択。
魔臣は彼女の背後に高速で移動する。それでも魔臣は体のうち二つの四肢がもげているため体重が変化し、愛沼と戦ったときのような速度を出せてはいない。
けれど由良にしてみれば魔臣が瞬間移動したかのよう。戸惑いの表情を浮かべる。
『上だ!』
先ほどのように俯瞰視点から見ていた光が由良へと急いで連絡。光の言葉で由良は天翔武鎧のブースターを起動。その場から離れることで魔臣による背後からの攻撃の回避。
再び彼らの攻防が始まる。
今この場で一番歯がゆい思いをしているのはなんと光。
目の前で同じ隊のメンバーが命がけで戦っているのに、自分は遠くから魔臣に矢を撃つだけ。確かに光の役割は由良の援護であるが、それだけしかできない自分が、それだけしかさせてくれない声が許せない。
「……いや、そのままでいい。いつかは援軍が来る。それまで待てばよいのだ」
光の意志を無視するように『声』は現状維持を勧めてくる。
けれど今はこの声に疑問を持つ。ただそのきっかけをくれたのは今ではなく、
***
約3週間前、日課である射撃訓練を行おうとした光へ話しかける蔵王翔真。
「光さん、あんた『式神使い』だろォ?」
うしろから喋りかけられた光はゆっくりと振り返る。彼と会ったのは数日であまり接点を持っていない。二人きりで話すことなど初めてだ。そもそも光自身が誰かに話しかける性格ではないというのもあるが。
翔真に対し、光はいつもの低い声で聞き返す。
「……そうだが。なにか?」
「同じ式神使いとして相談があるんだがァ……」
「それは無理だ」
翔真の言葉を最後まで言うことなく、光はすぐに断った。
まさか初っ端から断られるとは思わず、翔真は声を漏らして驚く。彼も光が人と関わらない性格だとは知っているが、ここまで否定されるとは。
しかし翔真は下がらない。思い立った以上何か情報が欲しい。当時強くなるスパイスが欲しかった翔真は光に頭を下げた。
「頼むゥ!」
けれど光が断った理由はもちろん嫌味ではなく、ただ光は他の式神使いとは勝手が違うのだ。
「そもそも光、いや士道家は一家固有の式神を使うのだ。君たちのように一般の式神を使うわけではない」
「それはオレも知ってるゥ。ただ……何かねえかァ? 士道家にしか伝わらねえなにかとかァ……」
すがるような声で尋ねる翔真だが光はきっぱりと返す。
「ない。あっても一族の秘密だから話せん」
光の言葉は翔真の期待を打ち砕いた。同じように式神を使うのは光だけだったから。あの士道家の人間だということもあり、顔には出さないが落胆は大きい。
「…………なるほど。式神と会話すればどう、とのことだ」
「あ?」
まるで言伝のような言い方に翔真は混乱。式神はあくまで使うものであり、話す式神などとは聞いたことがない。
真意を聞こうとした翔真だが、それを言った後に光は訓練のため射撃場に入ってしまった。
最初はぎくしゃくとした会話から始まった翔真と光の関係だったがこの一ヶ月の間にとあるきっかけで親睦を少し深めていた。
といっても射撃場で雑談をしあう程度の仲ではあるが。
三魔王撃滅作戦の日、破暁隊の集合時刻の少し前に翔真と光は最後の射撃練習を行っていた。ただ二人は銃を使うわけではなく、翔真は火燕などの式神の調整。光は弓射の練習であり、銃以外を使う射撃場などこの破暁隊くらいだろう。
戦争直前の緊張から気を紛らわすためなのか光から「何か話せ」と無茶ぶりをされたことで、二人は軽いおしゃべりをしていた。
ふたりのやり取りが一時間ほど続き、集合時間を知らせるアラームが鳴る。
「少し緊張はほぐれたようだ。感謝する」
光の感謝にこちらこそォ、と翔真は応じる。弓を片付ける光と、その後ろを通り射撃場から出る翔真。
だが翔真が部屋をあとにする直前、彼は光へ躊躇いながらも言葉を投げかける。
「なァ……オレたちは式神使いだァ。あんたのいった、式神との会話ってやつもよくわからなかったァ。けどよォ……式神に使われるのは違うと思うんだよォ」
その言葉は彼自身ではなく、師匠の言葉。けれどなぜ翔真がこういったのかは彼が光の戦闘を訓練などで何回も見てきた中で気づいた違和感から。光の戦闘はどうしても一般の式神使いの戦い方と異なっていた。
翔真の言葉を聞いた光は振り返ることはなかったが、翔真への返事はいつもより声が低く、怒りを含んだような声。
「貴様には関係ない」
その覇気に押され、翔真は気まずそうに部屋を退出した。
翔真の意見は声によって一蹴されたが、実は……
***
空中戦を繰り広げる由良のもとへひとつの通信が届く。
はっきりとしたものではなく、こもったような、ぼんやり響くような声。
「300・15・8。誤差は3」
4つの数字がなにか。空中で戦う兵士なら全員が知っている。もちろん由良も。そしてそれ以上の情報はいらない。
その意味は絶対命中座標。
光がこの位置に目標があるのならば百発百中で当てられる座標だ。
つまり光は由良に対し、この場所に持ってきてくれといわば命令をしているのだ。
「……何をしている? 貴様らは何もしなくてもよいのだぞ?」
声は光の行動を否定し、疑問を投げかける。
結界内にいるオペレーターから、現在結界の外にいる空覇軍団の兵士が光たちへ援軍が来ているという情報は来た。つまり二人が積極的に攻撃を仕掛けなくとも軍としての勝利はあるのだ。
しかし光はそうは思わない。この行動は軍人としてではなく、破暁隊の仲間としてのものだから。
由良は命を懸けて戦っている。それも彼女は本来後衛の職業についているというのに。そんな彼女を見て動かない光ではない。
このときだけは、光は自分の意志で動いた。
連絡を受けた由良は一度魔臣から距離を取る。
魔臣だけでなく、光も視界に入れて、おおよその光の絶対命中座標を把握。狙撃手である彼女はそういった空間把握能力ならば破暁隊一だろう。
由良は魔臣と、ある程度距離を保ちながら機会を待つ。一秒一秒に意識を集中させ、決してチャンスを逃さないように。
ここでひとつの誤算。魔臣の手足の回復が始まったのだ。もっともすぐに生えるというわけではなく、徐々に徐々に四肢が伸びているように見える。もっとももし手足が完全に回復してしまったのなら敗北は必然。逃げるほかない。
活路を見出すのが先か、敵が回復するのが先か。
答えは……
「天翔武鎧! 出力最大!」
由良が叫ぶ。彼女は天翔武鎧のブースターを起動させ、魔臣へと飛翔する。
彼女が待っていたのは、由良、魔臣、そして光の絶対命中座標が一直線に並ぶとき。由良の視界で魔臣と絶対命中座標が重なった瞬間に由良は天翔武鎧を超加速。銃から生えた刃を魔臣に刺しながら魔臣を光の絶対命中座標へ持っていく。
体にかかるGで骨や内臓に痛みを覚えながら魔臣へ突撃。
由良が魔臣を絶対命中座標まで持っていこうとしたのを把握した光は矢を作って弓を大きく引く。
声はやはり光を否定。理解する素振りすら見せない。
だが声を黙らせるように、今度は由良が聞いたどもった声で呟く。けれど声には強い意志が乗っていた。
「回れ弦輪。数は……五鈎!」
光の言葉とともに弓の両端に備え付けられた車輪が回転。糸と車輪の擦れる鈍い音が鳴る。
回る数に対し、声は心配。
「それはまずいぞ……光。弦輪が回るほど貴様が狙える時間は減る。五鈎ともなれば貴様が狙える時間は五秒しかない」
声は光が無茶をしていることを指摘。光の車輪弓は回転すればするほど発射の威力が高まるが、弓を撃つ人が矢の発射の力に耐えられなかったり、そもそも糸の耐久の問題もある。光の弓はとある事情で特別性ではあるが、光自身の筋力に車輪五回転時のエネルギーを制御することに問題があるのだ。それ以上弓を溜めると命中精度が格段に下がってしまう。
光はそれでも五回転を選んだ。
由良の決死の覚悟に答えるため、彼女の期待に応えるため。この瞬間に由良が自身の絶対命中座標へと運んでくるのを信じて。
光の制限時間まで残り5秒。
由良は依然として魔臣に刃を向けながら飛び続ける。魔臣は羽ばたこうとするも押し出され、手足でスナイパーライフルを掴んで抵抗。斬られた手足は現在第二関節ほどまでしか再生できていない。
このまま突っ切ると考える由良。
残り4秒。
「なに!?」
突如魔臣の右腕が再生。由良のスナイパーライフルにつかみかかった。一瞬の出来事に由良は動揺。何が起きたかわからなかったが、実は魔臣は左足の再生のエネルギーを右腕に集中させたことにより、魔臣は右腕を瞬時に回復させたのだ。魔臣は再生した勢いそのままつかみかからんと由良の顔に腕を近づける。
残り3秒。
咄嗟に回避する由良だがその一瞬で由良は力を抜いてしまい、なんと魔臣が脱出。
絶対命中座標まで数メートルというのに、由良の油断で絶好の機会が失われてしまう。
残り2秒。
「まだだ!」
そう叫んだのは由良。
ずっと動けなかった魔臣は体を空中で止め、反撃をするために羽を動かし始める魔臣。
と同時に由良はすぐにスナイパーライフルを持ち替え、銃口を魔臣へ向ける。
残り1秒。
バン!
すぐさま引き金を引く由良。照準を合わせる時間などなかったがなぜか彼女はブレる照準を一瞬で目標に定めることができた。一瞬を何秒にも伸びたような感覚の中で。
銃弾は魔臣の右目へと着弾。魔臣は身体で重要な部位をやられたことで動作を止めてしまい、弾丸の勢いそのまま落下。
絶対命中座標へ魔臣が侵入する。