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第陸肆話 『共闘戦線〈狙撃手ト弓手〉・参』

「もはやここまでか……まあ、やれることはやった」


 右目はつぶれ、胸も貫かれたことで体の力も入らなくなる愛沼。意識が消えかかる中で二人の兵士へ連絡をつなげる。もはや結界に()()()()()()()()()()()。己の死を悟りながらも、兵士として最後まで自身の責務を果たさなければならない。


「由良……光……貴様らがコイツを倒せ。これは命令だ」


 もちろん彼の言葉を受けた二人は困惑するも、愛沼は有無を言わせず通信を切る。非力な自分、それよりもまだ若者にしか託すことしかできない自分が歯がゆい。


 ………………

 …………

 ……

 戦争の数日前、戦線での作戦会議で、隊長レベルの隊員による少数の話し合いが行われた。そのとき、近藤から愛沼含めほかの兵士へある「お願い」をされた。だが近藤は十偉将副隊長という立場。実質命令のようなものである。


『もし強い魔人がいたのなら、なるべく破暁隊にぶつけてほしい』


 近藤はそう言った。理由はわからないが、何も考えずに発言するような男ではないと愛沼も知っている。そしてそのわけも安易に話す男ではないことも。

 愛沼は魔臣を破暁隊、今は由良と光と戦わせなければならないが、そのまま戦わせてしまえばおそらく二人とも負けてしまうだろう。それは大人として許せるものではない。


 意識が途切れる直前に愛沼は願う。


(右腕と左足は切った。これなら彼女らも勝ち目はある……頼んだぞ)


 愛沼の心に無念という感情が残されたまま、彼の意識は消えた。



 ***



 魔臣は愛沼に突き刺した腕を抜いたあと、彼を落とす。

 自分たちが、あの愛沼でさえ倒せなかった魔臣を撃破しろという命令を下され、由良は不安に駆られていた。


「……どうする? ここから奴を倒す算段はあるか?」


 一方光のほうはいつもの無感情な声色で由良へ聞く。けれど一ヶ月暮らしていたせいか、由良はなぜか光が恐怖していることが感じ取れた。


「あるわけない。あるわけ……」


 二人は恐怖とともに若干の後悔もあった。先ほどの愛沼と魔臣の空中戦で自分たちは遠くから魔臣の邪魔をすることしかできなかったから。だが少しでも参加すれば魔臣の返り討ちに会うことはふたりともわかってはいたが。

 だが二人で戦うとなれば、一方は魔臣を惹きつけ、猛攻をたえなければならない。

 スナイパーと弓使い。近距離で戦うにはどちらも不向き。

 動けないでいる二人のはるか下、魔臣が見える。

 苦しんでいるのか顔を振り、体を激しく振っているのだ。なんと魔臣の手足が再生していない。

 魔人は人間よりも再生能力が高く、魔臣にもなれば手足の修復もできるはず。

 なのに修復ができないということは……

 

零伐壱摧(れいばついっさい)か……」


 目がいい光は魔臣の傷口を見て気づく。

 切られたような傷とはじけたような傷が重なったおぞましい断面に。


 零伐壱摧(れいばついっさい)

 これはただ弾丸と斬撃を組み合わせ、威力を上げた攻撃というものだけではない。

 詳細は省くが、簡潔に言えば傷口を二重とすることで傷の回復を遅らせることができるのだ。

 その効果はより零伐壱摧(れいばついっさい)の技術を極めるほど高くなる。


 つまり愛沼のおかげで今魔臣が使えるのは残った左腕と右足のみ。愛沼がくれたこの上ない撃破の絶好の機会だ。

 だが零伐壱摧(れいばついっさい)は修復を遅らせることしかできなく、今攻めなければ意味はない。


 一人が覚悟を決める。



「私が行く……」


 発言したのは由良。弱弱しい声だ。

 彼女は右手で構えていたスナイパーを構えなおす。というよりもスナイパーライフルの砲身を左手で、スコープを右手で掴む。銃口を後ろに、銃床を前とする持ち方。

 彼女はスコープの出っ張りを押しながら銃口のほうへと移動させ、そうするとなんと銃床の一部分が伸びた。

 さながら銃床をヘッドとするハンマーのようだ。

 けれどそれだけではない。

 ただこの不格好な形であの魔臣へ挑むわけではない。なぜなら彼女が持つスナイパーライフル、八咫烏二九型は二つの役割がある武器なのだから。


 天城由良は覚悟とともに呟く。



「着剣」



 金属音とともに銃床から3つの刃が出現。形はまるで十文字槍。

 さらに由良は天翔武鎧を変形させる。ほかの天翔武鎧よりもブースターの数が増え、色も一般の天翔武鎧のような白金から青黒い材質へと変化。天翔武鎧の中心である胸の機械からは由良の腕に、足に細い金属の管が彼女の服の上から伸びている。

 

 由良が纏っているのは「天翔武鎧・迦楼羅(カルラ)試作型」

 

 通常の天翔武鎧と役割は同じだが、天翔武鎧・迦楼羅(カルラ)試作型はとある人物が由良のために作った代物。スナイパーである彼女が近距離でも戦えるようにと開発したものだ。ただ空を飛べるようにしただけでなく、今の天翔武鎧の形態は由良の身体能力を向上させるためのもの。

 由良の頭の中では二人の言葉が浮かんでいた。


『僕は君を戦わせたくないんだけどね。君も失う(つら)さは知っているだろ?』


 由良の天翔武鎧を作ってくれた人物の言葉。「迦楼羅」を作った理由は彼女本人の意志ではなく、製作者より上司からの命令だったことは聞いた。けれど彼女はそんな武装を受け取ってもこの戦争ではいつものようにスナイパーでしか戦うつもりはなかったのだ。


 今の今までは。

 由良を心配する言葉を受け入れたかったが、このときだけはもうひとりの人物が彼に答える。


 「それが俺の『義務』だから!」


 かつて正義が放ったもの。

 そして戦争前に正義から言われた言葉も由良の頭で反芻。

 

 『じゃあ、目的じゃなく……義務にすれば?』


 正義の一言が由良を動かした。理不尽なことも、嫌いなものもある世界で生きてきた彼女にとって、役割を選ぶよりも、役割を押し付けられるほうが実は性に合っていたかもしれない。


 天翔武鎧のブースターを起動させる由良は、光のほうへ振り返る。


「私が奴の注意を引く。光はさっきみたいに遠くから援護してくれ」


 一見提案のようだが由良は光の返事を待つことはない。前を向く直前、光が手を伸ばしたような気がしたがすぐに魔臣の元へ加速。


 心臓の鼓動がどんどんと速くなる。

 緊張と困惑。死への恐怖が接近してくるのを由良は実感。しかし今魔臣へと近づいているのは由良のほうなのだから少し滑稽だ。

 武器を持つ両手が震える。今まで遠くから攻撃をしてきた彼女にとって直接死のやり取りをするというのは初めて。

 近距離用の天翔武鎧の形態も数度しか訓練していない。怖いが故、ずっとスナイパーとして戦いたかったが故だ。


「魔臣を倒す。それが私の義務」


 飛翔する由良。彼女の目的である魔臣も由良に気づいたらしい。

 手足の再生は全く進んでいないものの、新たな敵を見つけた魔臣は殺意を彼女に向けて移動を開始。

 初めて感じる真の殺意に今からでも結界に逃げ込みたい由良。


 葛藤が、恐怖が彼女を侵食していくが、同時に魔臣も襲ってくる。優先すべきはもちろん魔臣。


 魔臣の左腕と由良の銃槍が激しくぶつかる。

 力は魔臣のほうが上。けれどすぐに力負けしたわけではない。

 天翔武鎧・迦楼羅(カルラ)試作型は彼女が近接でも戦えるようにした武装。彼女の服の上から這う金属が微弱な電気を彼女に流し、彼女が本来出せる以上の力を出させるのだ。

 力は互角、しかし()()はない。ただ武器を振るだけ。それでも彼女が死なないのは単に愛沼が右腕と左足を切り落としてくれたおかげだろう。

 激しい打ち合いの中、由良の振り下ろしに対して魔臣は左腕と右足で狙撃銃を抑え込む。

 拮抗する二人だが突如魔臣は狙撃銃を離し、由良と距離を取る。

 由良がその理由を考える前に、彼女の目前に一本の矢が素通りした。


 ふと横を見ればその先には弓を放ち終わった光が。

 どうやら光も覚悟を決めたらしい。

 二人の意志がそろう。


「「この魔臣を倒す!」」

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