第陸参話 『共闘戦線〈狙撃手ト弓手〉・弐』
プレッシャーを感じ取った愛沼は円盤のほうに顔を向ける。
明らかに今戦っている魔人や、何度か戦ったことのある魔将の類ではない。それは愛沼にとっては点にしか見えなくとも、存在感を放っていた。円盤の底の中心が門のように開き、そこから高速で出てくる一匹のナニカ。
大きさは他の魔人と同じ程度だが愛沼含めプレッシャーを感じ取った軍人はまるで暗闇に浮かぶ光のようにはっきりと感じられる。
最初に動いたのはもちろん愛沼。
この強大な圧をかけてくる敵は間違いなく一般兵士ではなく自分のような実力者が向かわなければいけないと判断したのだ。向かうにつれて敵の姿がはっきりと見えてくる。佇んでいたのは蟲型の魔臣。まるで蜂の擬人化といったような形をしていた。背中から生え、残像を残して動いている翅脈に、金色に輝く外骨格。指はあらゆるものを貫いてしまうような鋭い爪。頭の複眼に愛沼を映したのか、魔臣は愛沼のほうに顔を向け、彼を睨みつけた。
ただでさえ恐ろしいプレッシャーが愛沼ひとりに集中したことで肌がピリピリと震えるような無意識の危機を実感。だが今このとき自分が逃げてしまえば目の前の魔臣は我が軍にどれほどの影響を与えるか分からない。
部下は今魔人を倒すのに集中している。
愛沼がすべきことは魔臣を撃破、少なくとも足止めはしなければならないことを彼は自覚した。
愛沼へ飛翔を始める魔臣。そのことを認識した愛沼は魔臣へ右手に持つ銃剣で狙いを定める。射程距離、いや部位破壊が見込める程度まで接近を試みる愛沼。敵も予想以上に速い。
どんどんと近づいていく両者。
愛沼は敵の胸に照準を合わせて引き金を引いた。
バン!
発射された弾丸が空を切りながら魔臣へと切迫。このまま命中するかと思った愛沼だったがなんと、
「避けた?!」
突如魔臣は方向を転換させ迫ってきた弾丸を回避。人間には絶対にありえないような、おそらくほぼ直角ともいえるような急転換だ。当たらなかったことを認識した愛沼は自身もすぐに進む向きを変える。もちろん魔臣の場所を確認しながら。
ほぼ側面、愛沼の右方向数百メートル先に魔臣は飛んでいた。
「天翔武鎧、加速!」
愛沼がそう叫ぶと天翔武鎧の噴出口から発せられるエネルギーが増大、彼を加速させる。
あの距離ですら敵には反応された。ならばもっと近づいてから発砲するしか他にない。けれど正面からの接近は衝突の危険があり非常に避けたい。そこで愛沼が選んだのはドッグファイトの基本、相手の背後を取るということ。
幸いブースターを最大限稼働させられれば魔臣より速く飛翔することは今わかった。だから愛沼は右に旋回し、魔臣の裏を突く。
魔臣の後ろに位置どった愛沼は再び狙いを定めて魔臣の背中へと発砲。だがやはりと言うべきか魔臣は愛沼が放った5発の弾丸を、左右に翻しながら飛んだことで当たることは無かった。
魔臣の動きはまるで弾丸の軌道が見えたような、後ろにも目が着いているようであり、ここで愛沼はより至近距離での攻撃でなくば当てることは出来ないと察する。
作戦を立てようと考え始める愛沼だが次の瞬間目の前に飛んでいる魔臣に対し、左方面から一発の弾丸が魔臣へと走った。しかし魔臣は体を大きく上へと運び回避。その速度は愛沼が撃った銃弾よりも速い。
愛沼の小銃よりも速度は上ということはつまりこの弾丸を放った人物はおそらくスナイパー。愛沼の考察と同時に彼の元へ通信がつながる。
「愛沼さん! えっと……加勢します」
通信先は破暁隊のスナイパー天城由良。
彼女もまた魔臣の存在に気づき、魔臣と愛沼の戦闘を察知して遠距離からの狙撃によって彼を援護しようとしたのだ。その後も数発撃つがやはり当たらない。
自信を無くす由良に対し愛沼は彼女へ通信をかけなおす。
「そのまま撃ち続けろ! やつの動きをけん制できるだけでいい! それと光! 貴様も加勢しろ! 私に当てても構わん! 四肢ひとつまで許してやる!」
由良、そして愛沼に指名された光が飛翔する魔臣へ攻撃を行う。二方向からの遠距離攻撃にもかかわらず魔臣にはあたらない。
けれど銃弾と矢をかわすために縦横無尽に飛び回っていることで、魔臣へ近づく機会を得る愛沼。ほぼ至近距離からの銃撃を試すために天翔武鎧のブースターを最大限稼働させて加速、魔臣の上へ位置取る。
魔臣と愛沼の間はおよそ50メートル。
愛沼はすぐには撃たない。おそらく愛沼が上にいることは魔神もわかっているだろうから。
タイミングは魔臣が二人の攻撃を避けた直後。光の矢を逃れるため右に逸れた瞬間、
ババン!
右手と左手、両方の小銃を魔臣へ向けて発砲。銃弾は魔臣の背中へと直撃する。が、
「ふむ、やはり銃弾程度では……」
直撃したのは確かなようだが大した傷は見られない。
外骨格には弾痕のようなヒビが見られるも出血はなく、愛沼はあまりいい気にはならなかった。
愛沼が苦々しい気持ちを感じ取ったと思えばなんと愛沼の視界から魔臣が消える。
突然の出来事に戸惑いを隠せない愛沼。
と同時に由良から通信。
「愛沼さん! 上です!」
彼女の言葉で愛沼が振り返れば、なんと魔臣が愛沼の上で飛んでおり、さらに愛沼との距離を縮めて右の前肢を振りかぶっていた。
愛沼は咄嗟に右へスリップ。魔臣の腕はなんとか愛沼には当たらない。
そのまま加速して距離を離す愛沼。
「まさか、先ほどの飛行速度は本気ではなかったというのか……つまり奴の最高速度は我々より速いということか」
魔臣の奇襲に紙一重で逃れつつも、危機は去っていないためすぐに現状分析。もし魔臣が愛沼の予測通り速度で負けているのならばこの戦い非常に不利。
「まあ、だからと言って逃げるわけにはいかんがな……」
軍は戦うためにあり、軍人となった以上戦いからも、敵からも逃げるわけにはいかない。
銃を構え、覚悟を固めるように叫ぶ。
「天翔武鎧! 出力最大!」
愛沼が装備している天翔武鎧の噴出口からでるジェットが金切り音を上げて愛沼を動かし、今できる最大速度で魔臣へ向かう。
由良と光の魔臣への攻撃は続けてくれているが愛沼はそれを止めさせた。攻撃を止めさせたことで魔臣は愛沼にターゲットを切り替える。
切迫する二人。
愛沼は右手の銃剣を右斜めに、左手の銃剣を左下に伸ばし、挟み込むような構え。
魔臣もまた再び棘の生えた右の前肢を振りかぶる。
最初に仕掛けたのは愛沼。
攻撃のタイミングはほとんど同じだったが愛沼の挟撃が少しだけ早かった。
魔臣は愛沼への攻撃よりも防御に切り替え、両腕で銃剣を止める。ちょうど刃ではなく銃身を防いでいるため傷つけることはできない。しかし防ぐ速度があまりにも早く、愛沼も攻撃が届かなかった驚きが顔に出る。
すぐに退こうとした愛沼だが、魔臣は突如左足を引き上げる。
(なに? まさか蹴りを食らわせる気か! そうはさせ……)
ズバ!
「な!?」
強烈な痛みが顔の右半分を襲う。さらに右目の視界がなくなった。
戸惑うことよりもすぐに撤退。天翔武鎧の噴出口を正面に回転させ、魔臣と距離を取る。
残りの左目で魔臣を見れば何が起こったかは予想は突いた。
「なんだあの足……内側に曲がっているではないか……」
そう、本来後ろにしか足は行かない膝だが、目の前の魔臣は膝から先が前に曲がっているのだ。さらに足先は前肢と同じように、足というよりも手のような形。
(もう少し相手の身体を観察しておくべきだった。よく見れば気づけたかもしれないものを……)
後悔してももう遅い。考えるべきは右目を失い、空中戦にて必須の技術である空間把握能力や三次元的な視覚がなくなった今自分はどうするか。
結界に避難するかは絶対として、その前にやっておくことがある。
「天翔武鎧……出力最大……」
再び魔臣へと接近する愛沼。だが左目しか使えない愛沼は距離感がおおよそしかつかめない状況。
けれど今は問題はない。
再び切迫する二人だが愛沼は決して武器等構えず、なんと魔臣とすれ違った。無視されたと感じたのか、魔臣も彼を追う。
そのまま旋回し、地上へ向かう愛沼。減速などせず、地上へとぶつかる勢いだ。
まるで隕石のようなふたつの影は止まる気配はない。
(誘いには乗ってきたか、よし。ならあとは私の踏ん張りどころだ!)
地上へ目前の愛沼はここで急停止。
もちろん身体にはとてつもない「G」がかかり、内臓が圧迫されて悲鳴を上げる。血液は急激に足へと流れ込み、視界が一瞬暗転するほど。それでも元航空自衛隊の愛沼はもとより「重力加速度耐性」という普遍的権利をもっており、意識は失わない。
それに気づいた魔臣も同じように体にブレーキをかけるも愛沼ほど激しくはなく、そのまま愛沼を通り去ってしまう。もし愛沼と同じくらいの急停止をかければ耐性を持っていない魔臣は意識を飛ばしてしまうだろう。
魔臣の背後に陣取った愛沼は再加速。魔臣の背中へと突撃する。
しかしそのころには魔臣もほぼ停止、後ろの愛沼へと回転しながら振り向きざまに右腕で愛沼を攻撃しようとしたが、
愛沼が一瞬早かった。
「零伐壱摧!」
愛沼の左手の銃剣による零伐壱摧が魔臣の右腕を切り落とした。
魔臣も臆することなく、今度は彼の死角である左足で愛沼を蹴る動作をするも、
「見えているぞ! 零伐壱摧!」
今度は空いていた右手の銃剣で魔臣の左足を切り落とす。
魔臣の四肢のうち、ふたつを切り落とす愛沼。つづけそのまま交差した腕を開放してクロス斬りを放とうとしたが、
技を放ち終わった愛沼と違い、魔臣はまだ手はある。
グサリ
と魔臣の右足が愛沼の腹を貫いた。