第陸壱話 『共闘戦線〈炎使イト 獣使イ〉・陸』
翔真が仄へ連絡する少し前。仄は狼に対し受け目の姿勢で戦っていた。もちろん『火弾』や『火剣』などで牽制はしているが。
目の前の狼がただ殺すだけじゃだめだということがなんとなくさせられ、だからこそむやみに攻めるべきではないと判断したから。
狼の牙を、爪の攻撃を難なくかわす仄。何十のやり取りを行ったのは狼だけでなく仄も同じ。隙はいくつか見つけたもののいますぐに一撃をそこに放ちたい衝動を抑え、機会を待つ。
(くそが、ワンコと魔将をつなぐ管を攻撃しても意味がなかった。それとも魔将を殺せばこのワンコも死ぬのか?)
仄とて魔将とこの狼には管でつながっていることからこれを断ち切れば何か活路があるかもしれないと考えた。しかし狼の攻撃を避けたあと、素早く背後に回って管に一発拳を叩き込んだが、すかした。実体のない雲のように手ごたえがなかったのだ。ホログラムのように見えても触れることができない。
けれど嫌がってはいるのか、狼は吠えながらすぐに仄へ飛び掛かる。
直接破壊することができない今、ただ攻撃を受け流すのみ。
やりとりの最中に、ついさっき管に攻撃をしたがあたらないこと、攻撃されると激怒するということは翔真に報告。
次の瞬間、
『仄ァ! この戦いを終わらせるぜェ!』
翔真から聞こえる、自信満々の通信。自分に見いだせなかった解決策を他人が発見したことに少し悔しさを覚えつつも策を翔真に尋ねる仄。
火弾で敵と距離を置きながら。
『一瞬だ。一瞬こいつを止めるゥ。そこでしとめるぞォ』
『おーけぇ!』
通信を切った仄はそのときがいつきてもいいように準備を行う。
「陰陽火之道・煉」
体内に意識を向け、体温を上げる。火を練り、これから放つ技の威力と熱を高めるために。高温へ導くためにはエネルギーが必要。血管をめぐる酸素を見えない炎にくべるように意識する。
完全に回避へ専念しながら左手の温度を上昇させる仄。
チャンスは迸った。
***
目の前の魔将を殺す術は、パズルが完成したかのように閃いた。仄にはこの方法を詳しく説明する時間がない。けれど仄の力は知っている。
彼ならば一度の機会でもあの狼を倒すことはできるだろう。一ヶ月の付き合いでもそれぐらいはわかるし、信用できる。
問題は翔真のほう。これを失敗すればもう打つ手はない。結界に逃げ延びるしかないだろう。
恐怖もあるし不安もある。
負けるかもしれないというもの。
しかし覚悟はした。
戦い、勝つために行動を起こす覚悟。
ならやるしかない。
息を大きく吸い込み、ただの思考ではなく心の底からのを意志をもって言葉を発する。
「やるぞ」
翔真は大した攻撃ができないため、ずっと飛翔させていた火燕を魔将へ突撃。着弾させた瞬間火燕に命令。
「火燕、放」
魔将の顔、胸、そして両手で炎が大きく暴れる。火燕は体の一部を飛ばすのが主な攻撃手段だが、今回の命令は体全体の炎で相手を燃やす。もちろん威力は火燕が使う技で一番高い。だが体全てを燃やしてしまうためこの技のあとは火燕は使えなくなってしまう。
炎に気を取られた魔将へ翔真は「雷鳥」がまとわれた右手を向ける。
撃つのは雷の弾じゃない。雷鳥から細長い雷を枝分かれするように操作。もちろんこれは雷鳥の本来の使い方ではない。この一ヶ月訓練してきて今の自分に使える「知識」を動員したが故の技。緋奈の『血腕』と、光の『矢』、そして正義の変化弾。
「雷鳥・沿」
3つの雷が異なる軌道を描きながら魔将の顔へ命中。直線にしか飛んでこなかった弾丸が曲がったことに戸惑って魔将は一瞬反応が遅れる。雷の炸裂とともに翔真は式神を召喚。
「紐蛇・縛」
燃えた札から姿を現したのは10メートルを越える体をした白い蛇。紐蛇は尾のほうを右の上腕部に巻き付け、蛇の頭を魔将へと向かわせる。
雷が直撃したことで顔を抑え、痛みを掃う魔将の左腕に蛇がぐるぐるとつかみかかった。
翔真は紐蛇を放った瞬間に前方へ加速。
狙いは魔将ではなく、魔将と狼をつなぐ管。
(仄は、管を攻撃しても意味がないといったァ。けどあいつが攻撃したとき、魔将は嫌な顔しやがったァ。ってことはよォ……管は少なからず神経みてえなもんは通ってるってことなんじゃねえかァ? ならでけえ一撃ぶち込めばもっと油断が生まれるんじゃあねえかァ⁉)
魔将の下半身、翔真でも届く位置でふわふわと浮かんでいる謎の管。正体は何かはわからないが、今翔真にとって大切なのは管が魔将の弱点になりうる可能性があるということ。
火燕は使い切った。ここでもう後戻りはできない。なら全力で突き進むのみ!
右手の雷鳥に命令する。
「雷鳥・轟!」
式神に下した一言で右腕の雷が激しくうねる。それもそのはず。この一撃は火燕の「放」と同じ、雷鳥がまとったすべての雷を使いきる技なのだから。
翔真の激しい雷を腕から拳に、拳から拳骨へと徐々に集めていく。今翔真の目の前にある管は直径十センチほど。管に雷で攻撃するというよりも、管を電気のコードに見立て、内部で雷を流すイメージ。
タイミングはもちろん、管に触れた瞬間。
「ハアァ!」
管の中に雷鳥の残り全てを放電。電気は魔将へ、そしてもう一方、狼へと向かう。
『キギェア!』
翔真の予想は的中。翔真が放った電撃が魔将を麻痺させた。
それもさきほどの雷弾とは違う、魔将が叫びをあげて体をこわばらせていることから、より効果があったことが見て取れる。
雷鳥が消え、がら空きとなった右手に今度は左手で掴んでいた紐蛇に命令して尾をシュルシュルと絡める。紐蛇は尾側を翔真の右手に、頭を魔将の右腕に噛み、二人をつなげた。
これからもアドリブ。紐蛇が本来使える技ではない。
「紐蛇! 魔将へと引っ張れェ!」
紐蛇は翔真の腕を強く速く持ち上げ、体は魔将へと切迫。
その数秒の間に今度は左手の篭手盾へと命令。
「鼈盾!・撃杭頭起動ォ!」
翔真の言葉とともに鼈盾は縦に2つ線が生まれ、間ができるとともに3つに分裂。左右の2つは後ろに下がり、真ん中のひとつは前へ進み、そこから亀が甲羅から頭を出すように大きな釘が飛び出す。
さながらパイルバンカー。
鼈盾の能力は盾だけではない。受けた衝撃をそのまま撃杭頭で敵に返すのが真の使い方なのだ。本来の使い方はそれだが、今回は少し違う。ただ相手に殴り返すのではなく、その殴りに加速の勢いもつける。
これはそう、「涼也」の奥義。涼也のほうは上から「落とす」だが、今から翔真が撃つ一撃はアッパーゆえ逆。
ならばと翔真はこの技をこう名付けた。
「とどめだァ! 鼈盾・天昇ォ!」
翔真が鼈盾の撃杭頭を未だ麻痺している魔将の胸に鼈盾天昇で攻撃。
鼈盾に貯めたのは魔将自身の攻撃。これまで50を超える攻撃をこの鼈盾で受けてきた。ゆえに撃杭頭の一撃も翔真が放ってきた中で一番威力は高い。
金属のような硬い物質がぶつかる音がはじけた瞬間、鼈盾の刃が魔将の胸を穿つ。
人一人くぐれるほど大きな風穴があいた魔将はそのまま地上に落ち、動かなくなった。
***
翔真の電撃は仄が対峙する狼にも届いた。
体内に大量の電気が流れ、痺れで動きを止める狼。
これが合図だと悟った仄はすぐさま狼へと接近。「火之道・煉」で練りこんだ体内の炎を体内へと放出。全身が燃える仄だが、熱さは多少感じるだけ。
狼もこのままやられることはない。体の痺れを無視するかの如く歯を食いしばって走ってくる仄へ突進。
一度引こうとした仄だがこの一瞬にももしかしたら翔真は決着をつけているかもしれない。そうなればここで自分が攻めないのは相手を倒すだけでなく、翔真を信頼していないということにもつながる。
なればこそ、仄もここで前へ進むのみ。
狼の巨大な爪が仄に振り下ろされようとする。
………………
…………
……
『陰陽火之道ですが、今も新しい技は作られていますよ』
実技訓練だけでなく、多少の陰陽火之道の歴史や詳細についても小川先生は教えてくれる。その中で小川先生が仄に話したことのひとつ。
『へー。先生もなんか作ったことあるんすか? じゃなくてあるんですか』
『ありますよ。例えば……』
………………
…………
……
『陰陽火之道・蜃気炎』
仄の身体が揺らぐとともに狼の動きが止まる。
なぜなら彼はその一瞬仄がふたりいると認識し、戸惑ったから。視界に映る仄の姿、しかし狼の嗅覚と感覚ではそのとなりに仄はいる。
この現象に狼は困惑し、だからフリーズしたのだ。
仄は狼の左に潜り込み、再び左手に炎を込める。翔真はこの戦いを終わらせるといった。ならば自分も体から燃え盛る炎をすべて今この一撃で使いきると判断。
狙いは、狼の右足の付け根。そう、火矢と熾残炎激を放った場所。
仄が拳に炎を溜め終わったとき、彼の頭にはひとつの言葉が浮かんだ。
陰陽火之道の教科書、二ページ目に書かれていた句。
『火デ燃ヤシ 炎デ焦ガシ 焱デ灰ス』
今、仄は熾残炎激で焦がした。つまり、今から撃つ技で仄は目の前の獣を灰にしなければならない。いや、先ほどの言葉を実現するための技だろう。
『陰陽火之道・燎魔尽煤焱!』
左手から放出された炎が6つの花びらのような形が怪物の牙のように狼の身体を掴む、いや噛む。
炎は、氷の塊に熱した鉄球を落とすようにゆっくりと焼きながら狼の身体に入り込んでいく。
痛みと熱さで狼は叫ぶももううつてはなし。
「とどめだアアアア!」
仄は雄たけびとともに最後の力を振り絞れば、炎は狼を真っ二つに焼き切った。
第陸壱話を読んでくださりありがとうございます!!
鼈盾は力を溜めるといっても一度に受け止めることができる威力は限られてくるので翔真君は攻撃を見極めていたんですね。
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